盗人と番人

特にない。あ、無職です。
7
前へ 1 ・・ 5 6 次へ
帽子男 @alkali_acid

「馬鹿!これじゃ同じじゃないか!むぐ!恥ずかしいだろ!ほかの亡者が…見てむぐ!」 人獅子は少年を抱えたままぐるぐると回り、玄室の床を踏み鳴らした。墓所の音楽はますます狂おしく、にぎやかになり、水煙管をふかす干からびた骸の群は一斉に同じ律動に合わせて揺れた。

2024-01-22 22:31:44
帽子男 @alkali_acid

「おい!おろせ!テフム!おろせってば!今すぐ!」 盗人がわめくと、番人はとうとう双丘から矮躯を剥がして、ほっそりした二本足で立たせた。 「まったくもう!しゃがめ!しゃーがーめ!」 ヒブラが飛び跳ねると、テフムはまたがに股になる。 「うー…その恰好…ちぇっ、それより、ほら」

2024-01-22 22:33:34
帽子男 @alkali_acid

少年は懐から盗んだ首飾りを取り出し、巨女の喉元に回した。 「返してやるよ。この墓のだから」 番人は前髪に半ば隠れた顔貌をかすがに傾げ、それからごつい手て首飾りを触った。尻尾がかつてない勢いでぱたぱたと揺れる。

2024-01-22 22:35:53
帽子男 @alkali_acid

盗人が形の良い小さな鼻からふんと息を吐くと、いきなり墓所全体が激しく鳴動し、音楽が止んだ。 ひしり泣くような鳥の叫びが無数の玄室、広間、倉庫、隧道すべてにこだまし、亡者の群はのろのろと水煙管を打ちやって動き出した。

2024-01-22 22:39:32
帽子男 @alkali_acid

「なん…」 ヒブラが目を見開くと、テフムがいきなりまた小さな相方をひったくり、胸元に大事そうにかばってずんずんと歩き出す。 「おい…うわ」 亡者の群が一瞬浮き上がり、人獅子の巨躯さえ宙に泳ぎかける。あるものは壁に叩きつけられ、あるものは天井に頭をぶつける。

2024-01-22 22:41:15
帽子男 @alkali_acid

「なんだよ…」 盗人は番人の胸の下であたりをうかがい、重みが消えかけているのを悟った。何かが墓所の旋回を阻害している。 「俺の乗ってきた籠は切り離したぞ…でも…じゃあ」

2024-01-22 22:42:37
帽子男 @alkali_acid

亡者の群はどこからか運び出してきた矛や鉞を次々仲間に手渡し始めていた。 「武器…武器って…」 テフムがすっぽりと掌でヒブラを覆う。 「何が来るんだ!言えよ!お前が危ない目に遭うのか?駄目だ!」

2024-01-22 22:45:04
帽子男 @alkali_acid

だが男児の問いに答えるものはなかった。周囲にいるのは屍だけだ。動いて、踊り、奏で、そして戦うことができるだけの。 もの言わぬ番人と戸惑う盗人、さらに干からびた扈従の群は大回廊へ差し掛かった。 干戈の交わる響きがかなたから聞こえてくる。

2024-01-22 22:50:05
帽子男 @alkali_acid

少年は人獅子の巌のような掌の間から、音の源を鋭く一瞥した。 細長い獏(バク)の仮面をかぶった黒い膚の戦士の一隊が、錫杖を揮って押し寄せ、迎え撃つ亡者の群を粉砕しようとしていた。 招かれざる客はいずれも逞しい青年の肢体を備えているが、どこかしら生者と異なるたたずまいがあった。

2024-01-22 22:52:19
帽子男 @alkali_acid

よく見れば手足の数や頭の数、配置が人間のそれとは微妙に異なる。継ぎ接ぎをしてあるようだ。しかし歪さの中にも均整があり、優美で洗練した機能を持っているようだった。 「屍接…」 獏の面の戦士どもは、明らかに墓所を守るため反魂の術で骸にくくられた死霊より精密かつ正確に動作し、

2024-01-22 22:54:47
帽子男 @alkali_acid

動揺も混乱もなく、より不安定な敵をやすやすと破壊しつつあるようだった。 「この!お前の仲間を…おろせ!俺が…」 ヒブラがわめくと、テフムは前髪に半ば隠れた顔貌を傾け、もう一度ぎゅっとたわわな胸毬に相方を押し付けtから、いきなり落とし穴のひとつに放り捨てた。

2024-01-22 22:57:24
帽子男 @alkali_acid

「テフム!!」 宙でもがきながらしながら少年はまた重みが消えるのを感じ、慌てて穴の中の尖った杭の一つにつかまった。すぐに戻ろうとするが、落とし穴の入り口は閉じている。 「テフム!おい!おいってば!」 石蓋を叩き、耳を当てると、また干戈の交わる響き、何かを力任せに叩きつけ、

2024-01-22 22:59:25
帽子男 @alkali_acid

圧し潰す音がする。 「馬鹿!俺が!テフムったら!もう!この!」 盗人はもはや喚いても無駄と見切りをつけると、落とし穴を動かすからくりの隙間をすり抜け、歯車と発条の間を泳ぎ渡って、別の穴から這い出る。

2024-01-22 23:01:04
帽子男 @alkali_acid

「あの馬鹿!あの馬鹿!」 男児が走り出すと同時に、前方の角を曲がって獏面の戦士が駆けて来る。錫杖を構え、憎悪も殺意もない致命の攻撃に移りつつある。 ぎくっとするが、すぐに息を小さく吸う。屍接。反魂の術による死霊に頼らない、機械だけの純粋なからくり。真に生きていない骸。

2024-01-22 23:04:30
帽子男 @alkali_acid

だったらためらう必要はなかった。少年は素早い一蹴りで石床の一か所を蹴り、吊り天井を動かすと、標的と入れ違いに滑り抜け、相手が罠にはまって潰れるのを確かめもせずに先を急いだ。 「テフム!」 もう二度、獏面の戦士、屍接の兵に出くわし、それぞれ丸鋸と突き上げ杭に誘い入れて破壊する。

2024-01-22 23:08:30
帽子男 @alkali_acid

盗人は、地上にある模造の陵で、すべての仕掛けの位置を知り尽くしていた。どんな亡者より詳しかった。いわんやいずこから来たか知れぬ屍接よりはるかに。 邪魔をすべて排除して、幼賊は辿り着いた。番人のもとに。

2024-01-22 23:10:32
帽子男 @alkali_acid

人獅子は、壁に並ぶ棺の間にもたれるようにして待っていた。全身に錫杖の鋭い石突が突き刺さり、周囲には無数の屍接の残骸が転がっていた。 「テフム!テフム!ちくしょう!」 飛びついて乳房を貫く錫杖の一本を抜こうとすると、怪物はかすかにみじろぎし、尻尾を振った。 「待ってて…すぐ…え…」

2024-01-22 23:13:15
帽子男 @alkali_acid

テフムは何かを求めていた。ヒブラはわなないた。 「ほかのことなんか頼むな!お前が先だ!お前まで!おやじや!ご先祖みたいに!お前が…」 巨女は男児に乞うていた。言葉もなく。でも不思議と通じた。死せる番人は、かりそめの命より大切な何かを、生ける盗人に望んでいた。

2024-01-22 23:15:08
帽子男 @alkali_acid

「結晶…水煙管の…煙の源…墓所の真ん中にある…あれを…奪われたくないんだ…ちぇっ…なら…俺が…先に奪ってやる!!」 盗人は叫ぶと、串刺しの番人を置いて駆けだした。途中で無事な獏面を一つ掴んで被る。

2024-01-22 23:18:05
帽子男 @alkali_acid

ほとんどの亡者はばらばらになっていたが、屍接の部隊にも甚大な被害が出ていた。主にテフムが薙ぎ払ったようだが、ともかくヒブラが混戦の中を駆け抜けるには十分な隙があった。 長い梯子にたどりつきよじ登り始めると、途中で幾度も重みが消えかけ、振り落とされそうになる。だがしくじらない。

2024-01-22 23:21:01
帽子男 @alkali_acid

盗人ヒブラは凄腕なのだ。天狼星の光差す結晶の間に辿り着くと、すでに先客がいた。屍接だ。錫杖で結晶をかち割り、内にある光、まばゆい宝珠を、角灯に収めようとしていた。正確でよどみのない仕草。恐れもためらいも持たない。だが、強い力で叩けば壊れるか、少なくともよろめきもする。

2024-01-22 23:24:11
帽子男 @alkali_acid

戦士は作業に集中しているようだった。少年は梯子にしがみついたまま身を屈め、じっと待った。 待った。 待った。 再び墓所の旋回が何かに妨げられ、重みが消えかける。

2024-01-22 23:25:27
帽子男 @alkali_acid

ヒブラは飛び出し、矢のように空を過って宝珠を収めた角灯をひったくった。 「ざまあみろ!」 叫びながら梯子を蹴って降下してゆく。重みはまだ完全に戻らない。振り返ると同じように戦士も投身して後を追ってきた。幾度も梯子を蹴って加速してくる。

2024-01-22 23:27:53
帽子男 @alkali_acid

だが小さな賊徒は先に床まで到達し、ぶつかって、弾むと、宙を泳いで逃れた。戦士はすぐに方向を修正してより無駄のない動きで追尾する。 重みが戻った。少年はたたらを踏んでから駆け出す。前方に別の戦士、通路を曲がって逃れる。駆ける。さらに別の戦士。集まって来る。

2024-01-22 23:30:08
帽子男 @alkali_acid

残ったすべての屍接が、ヒブラの奪った宝珠を求めて包囲の輪を作ろうとしているようだった。亡者と同じく声は発さないが、互いに離れていても会話ができるのかもしれない。 盗人は落とし穴に飛び込み、からくりの間を抜けて別の穴から這い出す。だがそこにも見張りの戦士がいて、すぐに他を呼ぶ。

2024-01-22 23:33:04
前へ 1 ・・ 5 6 次へ