「龍の“逆鱗”というのは、『韓非子』以外の文献での言及はないのだろうか」ことの発端は友人のふとした指摘。逆鱗から始まった話もついには龍の起源に迫る話へと発展。辰年の今だからこそ知っておきたい龍にまつわる話。

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森瀬 繚@セーフモード @Molice

贋作ホームズを偏愛する職業的クトゥルー神話研究家、曲亭馬琴とトールキーン教授に私淑する時代錯誤の百科全書派。RetroPC.NETの中の人。ProjectEGG企画者。翻訳やシナリオ、ゲームやコミックの設定や解説も。ご依頼は仕事サイトのメールフォームから。ʅ(。,,,°)ʃ(親しくない方からのタメ口リプはスルーします)

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森瀬 繚@セーフモード @Molice

少し前、故事成語を小説で用いることの是非の話題に関連し、「龍の“逆鱗”というのは、『韓非子』以外の文献での言及はないのだろうか」との友人の面白げな指摘により、ちょっと調べてみたお話。

2024-03-26 19:32:40
リンク Wikipedia 逆鱗 逆鱗(げきりん)とは、伝説上の神獣である「竜(龍)」の81枚の鱗(うろこ)のうち、顎の下(喉元)にあって1枚だけ逆さに生えているとされる鱗のことをいう。当記事においては、主に「逆鱗」を用いた慣用表現について述べる。 「竜」は、元来人間に危害を与えることはないが、喉元の「逆鱗」に触れられることを非常に嫌うため、これに触られた場合には激昂し、触れた者を即座に殺すとされた。このため、「逆鱗」は触れてはならないものを表現する言葉となり、帝王(主君)の激怒を呼ぶような行為を指して、「逆鱗に嬰(ふ)れる」と比喩表現さ 7 users 57
森瀬 繚@セーフモード @Molice

「逆鱗に触れる」という故事成語は、『韓非子』の「説難篇」に出てくる、君主をむやみに怒らせずにうまいこと説得するための例え話が出典です。以下は該当箇所の抜粋とざっくり訳。

2024-03-26 19:32:46
森瀬 繚@セーフモード @Molice

「夫龍之為蟲也、柔可狎而騎也。然其喉下有逆鱗径尺。若人有嬰之者、則必殺人(そもそも龍という生き物は、従順な性格で、飼い馴らして騎乗することができる。だが、その喉元には長さ一尺ほどの逆鱗がある。もしこれに触れる者がいれば、必ずその人を殺してしまうのだ)」

2024-03-26 19:33:14
リンク nbataro.blog.fc2.com 嬰逆鱗(韓非子) 書き下し文と現代語訳 今回は、故事成語「嬰逆鱗」の白文(原文)、訓読文、書き下し文、現代語訳(口語訳・意味)、読み方(ひらがな)、語句・文法・句法解説、おすすめ書籍などについて紹介します。【嬰ニル逆鱗一ニ:逆鱗に嬰る:げきりんにふる】 《韓非子:かんぴし》<原文>夫竜之為虫也、柔可狎而騎也。然其喉下有逆鱗径尺。若人有嬰之者、則必殺人。人主亦有逆鱗。説者能無嬰人主之逆鱗、則幾矣。<逆鱗に触れるの意味>目上の人の怒りを買...
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韓非は紀元前3世紀、中国戦国時代の七雄のひとつ韓の公子とされる人物です(『史記』)。『韓非子』は彼の思想をまとめた全20巻、55篇から成る著作で、秦の始皇帝に大きな影響を与えています。この本は、同時代の教養書として相当多くの人間に読まれました。

2024-03-26 19:34:14
森瀬 繚@セーフモード @Molice

中国で龍が神聖視されるようになったのは秦漢時代とされます。『韓非子』における逆鱗の記述は、文献としてはかなり古いものということになりますが(龍を従順な騎獣とする概念もあまり見ませんね)、残念ながら自分の調査範囲では同書を参照したもの以外に古い時代の文献記録が見つかりませんでした。

2024-03-26 19:35:35

中国で龍が神聖視されるようになったのは秦漢時代とされます。

の部分については後述で指摘あり

森瀬 繚@セーフモード @Molice

ただ、だいぶん時代が降った3世紀の文献に、面白い記述があったのでご紹介。中国三国時代の251年、呉で仏典の漢訳に携わっていた康僧会が翻訳した『旧雑譬喩経』です。これは、仏教説話集めいた物語性の高い経典で、日本語訳も出ています。

2024-03-26 19:36:06
森瀬 繚@セーフモード @Molice

同書上巻の「龍に生まれ変わった沙彌」(邦訳タイトル)というエピソード中、龍への生まれ変わりを望む沙彌(修行中の僧)を諭すべく、龍の抱える苦しみを並べ立てる中に、「龍の背には逆鱗があって、砂や石がその中に入ると、その痛みはやがて心臓や胸にまで達する」というものがありました。

2024-03-26 19:36:20
森瀬 繚@セーフモード @Molice

ざっくり調べた程度ですので『旧雑譬喩経』の原典まではたどり着きませんでしたが(ご専門の方の知見に期待)、ともあれ龍の弱点である“逆鱗”にまつわる話は、どうやら3世紀のインドでも知られていた可能性があるようです。(原典ではどう書かれていたか確認できないので、あくまでも可能性)

2024-03-26 19:40:22
森瀬 繚@セーフモード @Molice

今回参照した『旧雑譬喩経』の邦訳はこちらです。amazon.co.jp/dp/4863272146

2024-03-26 19:43:33
森瀬 繚@セーフモード @Molice

さらに進めると、東アジア各地に伝わる、腋の下などに龍の鱗ないしは羽が生えている人間(超人的な能力者だが、そこが唯一の弱点とされる)にまつわる民間伝承とも関わってくる話になるようです。自分の興味はおおむね満たせたので、とりあえずここまで。

2024-03-26 19:46:35
森瀬 繚@セーフモード @Molice

実際の話、“龍の逆鱗”なるものが、韓非が話の都合でそれっぽくでっちあげた話なのか、それとも彼の生前、実際そういう風説が流れていたのか、自分にはちょっとわかりません。それっぽいものが描かれた龍の図像が見つかると良いのですけれどね。(-,,,- cir.nii.ac.jp/crid/105084576…

2024-03-26 19:59:35

龍は足(爪)がある龍と足(爪)のない龍の二つに分類できる (pp. 2-4)
・足がある龍 
伝承、文献上の龍の特徴とワニの特徴が近い
龍のイメージとして、6,000年前には足のある龍がすでに存在していた(西水坡遺跡の貝殻龍)
・足のない龍 
とぐろを巻いている姿で描かれるなど、ヘビのイメージが強い
“中国第一竜”とも称される後述の「碧玉C形竜」はこちらのタイプ

龍に神性があるのは雷電との結びつきから (p. 7)
足がある龍はワニと、ない龍は大蛇と雷電を同一視した結果、生まれた

大河周辺の諸農業民族からは農業神として祀られていた龍であったが、秦漢の統一王朝時代には天意の象徴とみなされ皇帝権力と龍が結びつくようになった (pp. 9-10)

王震中, 西山尚志(2008). 「龍の原型」
https://kansai-u.repo.nii.ac.jp/records/12709

西水坡遺跡の龍虎

森瀬 繚@セーフモード @Molice

なお、スレッド中「『旧雑譬喩経』の原典」と書いているのは、康僧会が漢訳した(おそらく)サンスクリット語の原典を指しています。

2024-03-26 20:37:53
森瀬 繚@セーフモード @Molice

逆鱗について「竜の81枚の鱗のうち、顎の下に1枚だけ逆さに生えているとされる鱗のこと」との言説がWEB上で散見されます。『韓非子』には鱗の数が書かれていませんが、たとえば北宋時代の辞典『埤雅』に「龍八十一鱗具九九之數九陽」とあり、このあたりとの折衷なのかなと。kanripo.org/edition/WYG/KR…

2024-03-27 17:31:19
森瀬 繚@セーフモード @Molice

明代の李時珍『本草綱目』には、南宋の羅願『爾雅翼』からの引用として、「背には八十一の鱗があり、九九の陽数をそなえる」の記述あり。81枚というのは背中の鱗の数であって、この中の1枚を逆鱗とするのは顎の下ではなく背中にあるものと認めることになり、コンフリクトしますね。無格好な設定だ。

2024-03-27 18:01:49
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