2010年5月29日

連載小説 「深夜の電話」 藤若亜子 @akof

クロージングポスト連載(平日1ポスト連載)第二弾 深夜に電話が鳴る。それをうける小学生の少年。 ──────────────(設定は1970年代前半、黒電話しかない時代です)
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藤若亜子 @akof

未明に電話が鳴る。そういえば父親は出張で不在だ。尾上少年は目をこすりながら電話をとる。「はい、尾上です」「こちらは河馬多署です……」(え?警察!なんで?)「えーと、尾上先生はご在宅でしょうか?」(先生って、父ちゃんを探してる?)……続く

2010-05-10 18:30:10
藤若亜子 @akof

「父ちゃ……『ちち』は、いないです」「どちらへ」「学会であさってまで、たぶん東京」「連絡先は」「わからない……です」警官の問に、未だ小学生低学年の少年は、慣れない言葉で、しかしなんとか答える。「そうですか」。やや間があって警官がおもむろに「実は、先生の患者さんが、」……続く

2010-05-11 19:02:22
藤若亜子 @akof

「閉鎖病棟から抜け出して、自殺を試みたようです。なので先生とはどうしても急いで連絡がとりたいのです」プライバシーなんて概念も無いような頃ではあるが、小学生の尾上少年には到底受容不可能な話を突きつけてくる。当たり前だが、尾上少年は「あ……」と絶句したきりだ。……続く

2010-05-12 18:58:07
藤若亜子 @akof

「いいですか、可及的速やかに先生にこの事をお伝え下さい」警官は一方的に捲し立てて電話を切った。明けて少年は周りの大人と相談して父と連絡をとろうと様々試みたが、何の手立ても無く徒労だった。結局父は学会を終えて漸く直接病院に行ったらしい。その前にその患者さんは亡くなっていた。……続く

2010-05-13 18:27:29
藤若亜子 @akof

父母はそれと明確には言わないものの、少年に医者になることを希望してるようで、少年もなんとなくそうかなと思っていた。が、今回、人の生き死に騒ぎへの対応について、いきなり責任を負わされて、少年は強い圧迫と理不尽を感じた。僕は、その自殺したという人と、無関係なはずではないのか?……続く

2010-05-14 18:08:54
藤若亜子 @akof

深夜に電話が鳴る。父親は今夜も出張で不在だ。少年は電話をとった。「はい、尾上です」「庄司佳博といいます、尾上先生いはりますか?」少年は父親が電話で同僚と話す中に庄司佳博の名前を聞いたことがあった。始終問題になる強迫神経症の患者さんの名だ。「薬が切れちゃったんですよ」……続く

2010-05-29 08:44:47
藤若亜子 @akof

庄司のふわふわ不安定な声が続く「ゼパスが。ゼパスないと困るんです。先生はどこですか。薬処方してくれるよう先生に頼んで下さい」。ゼパスが睡眠薬であること、そしてそれがいつもいつもこの患者さんの起こすトラブルの元である事を既に少年は知っていた。とにかく追い払わないと厄介だ。……続く

2010-05-29 08:44:56
藤若亜子 @akof

「先生は今不在で連絡つきません。薬のことは判りませんから先生に直接言って下さい」少年は自分でもびっくりするような大声で、キツイ口調で言った。わざわざ「先生」などという言葉まで選んで。「わかりました、スミマセン」──“チン”。か細い返事とともに呆気無く電話は切れた。……続く

2010-05-29 08:45:02
藤若亜子 @akof

面倒事にせずに電話を終えられたことに安堵の溜息をつきながら、少年は父の話を思い出した。「看護婦とか事務員とか秘密にしてれ言うてても、患者さんはどこからか家の電話番号を調べ上げてくるんや。それに、普通の病気と違ごうて、精神科の患者さんはどんな重病でも電話かけられるしなぁ」……続く

2010-05-29 08:45:36
藤若亜子 @akof

「それで患者さんからの電話を僕がとることになるのかよ」少年は口を尖らせながら、さらに続いた父の言葉を思い起こそうとした。が、それを遮って再び電話が鳴り出す。「はい尾上です…………」電話の向こうから、先ほどと同じ遠くのおしゃべりが聞こえる。また病院からだ!少年は身構える。……続く

2010-05-29 08:45:58
藤若亜子 @akof

「ちょっと、あんた先生どこ隠したのよ!」野太いおばさんの声がガンガンと響く。「あ、あの、どなた様でしょうか?」戸惑いつつ少年は問うた。「はーぁん?庄司よ!」尊大な口調は、私をどうして知らないのかと言わんばかりである。(あ、さっきの患者さんの関係者──たぶん母親だ!)……続く

2010-05-29 08:46:02
藤若亜子 @akof

受話器から罵声が怒涛のように噴出し始めた「あのねぇ!嘘ついて隠しても無駄なのよ。先生出しなさいよ!」「いえ、ここには居ません」「ガキのくせにふざけんじゃないわよ、いるのはわかってるのよ、出さないと承知しないからね」「出張でいないんです」「嘘おっしゃい、酷い目に遭わすよ」……続く

2010-05-29 08:46:11
藤若亜子 @akof

「あんたなんかじゃ話にならないわ!先生いないというなら母親を出しなさいよっ」少年の顔つきが変わる。“敵”が、守らねばならない防衛ラインまで来てしまったのだ。そもそも、年端も行かぬ少年がこんな深夜の電話をとるのには理由があった。尾上少年の母は病気を患っていたのだ。……続く

2010-05-29 08:46:19
藤若亜子 @akof

慢性気管支炎。そんな病名だった。死ぬような病ではないが、気温の下がる夜半から朝は声が全く出せず、喉が痛み悶え苦しむ。全く眠れないこともあるようで、翌朝にヒステリックに少年や物に八当たりするのも珍しくなかった。そんな母を単に苦しめるために起こすなど少年には許されなかった。……続く

2010-05-29 08:46:26
藤若亜子 @akof

「母は病気で出られません」決意を込め、少年が凛と答える。そんな少年の語気の変化にも気付かないのか「このガキは何をいいかげ……」と庄司の母がさらに罵ろうとするのを遮り、「この野郎、お前はお母ちゃんを殺す気くぁ」少年の震える怒声が響き渡った。……続く

2010-05-29 08:46:36
藤若亜子 @akof

実際以上に大袈裟なことを、大袈裟に叫んで、逆に少年は落ち着きを取り戻した。同時に、庄司の母の罵声も止んでしまった。耳を澄ませたが、遠くの話し声がかすかに聞こえるだけだ。暫しの沈黙の後、受話器の向こうから“ゴンッ”っと何かを打撃するような鈍い音が漏れ聞こえた。……続く

2010-05-31 18:28:18
藤若亜子 @akof

続いてさらに、鋭い「ウンッ」という鼻息とも呻き声ともとれる呼気とともに、物が転げたり散らばったりする破壊的な音が聞こえる。電話の向こうで庄司の母が物に当り散らしているいるらしい。大のおとなが臆面も無く暴れてるらしき様子に少年は少々驚いたが、それよりも奇妙なことに気付いた。……続く

2010-06-01 18:07:49
藤若亜子 @akof

庄司親子からの電話口の近くから、ずっと話し声が聞こえきていた。その会話は明らかに看護婦や医者によるものだ。しかし暴れ続ける庄司の母を止めようともせず、訝しがる様子さえ見せず、談笑が途切ず続いている。(自分達の患者の家族が、こんな暴れて迷惑なことをしていて平気なんだ)……続く

2010-06-02 17:25:26
藤若亜子 @akof

庄司の母が暴れてもごく当然かのようなこの風情と、父の今までの庄司親子の手こずりようから、一つの推測が思い浮かぶ。庄司親子は、薬を処方しろと今日も医局に捩込み散々ごねた。その要求は受入れられず、今度は主治医の自宅に電話することにした。それを勧めた職員さえいるかも知れない。……続く

2010-06-03 18:28:43
藤若亜子 @akof

(今日父ちゃんが家に居ないことなど医局の人は知っているはず。でも、自分さえ良ければどうでもいいのだろう。何でも『適当にお前がやれ』じゃないのか。その相手がたとえ子供でも。いい気なもんだ、『お前が』『お前が』って言ってりゃ……)「そうだ、お前が、」電話から声がする。……続く

2010-06-04 18:27:07
藤若亜子 @akof

「薬出せ」庄司の母が唸るように言う。「お前が処方しろ。ゼパス出せ。……早く。愚図愚図しないで、今直ぐ。」無茶苦茶な。主治医である父でさえも、カルテの確認できない自宅では決して薬の指示はしない。「薬出すなんて無理です」少年は冷たい声で返す。……続く

2010-06-07 18:09:01
藤若亜子 @akof

「ゼパスが要るの。でないと困るのよ。大変な事になるの!だから薬出しなさいよ」食下る庄司の母の声は次第に高くなる。「できません」「あんたは薬出さなきゃいけないのよ」こんな会話を続けていても埒はあくまい。父が苦労してるのも、庄司佳博の病気よりも、薬寄越せのこの遣取なのだろう。……続く

2010-06-08 18:22:15
藤若亜子 @akof

庄司の母の異様なしつこさに、少年は密かに舌打した。(ちぇっ、すぐに諦めて電話を切った病人本人の方がよほど普通だよ)精神科医の父が言うには、難治の患者さんの社会生活の99%以上は全く問題ないのだそうだ。社会生活に支障のある派手な症状の人は意外と薬で簡単に治る事が多いらしい。……続く

2010-06-09 18:46:44
藤若亜子 @akof

急に庄司の母の言動に病的なものを感じ始めて少年は尋ねる。「薬なんか出せるわけないのに、どうしてこんなことするんですか?」庄司の母は自明な事を問うなと言わんばかりに答える。「どうしてって、天の命令だからよ」(『天の、命令』だって!?)想像外の衝撃的な言葉に少年は狼狽える。……続く

2010-06-10 18:44:35
藤若亜子 @akof

(き、キチガイ!?)少年の拙い理解では、天の声が聞こえ、その命に翻弄されて途轍もない言動を起こすのは、強迫神経症のはずだった。しかし、面倒事を起こすけれども庄司の母は決して精神病ではないと、父は言っていた。(強迫神経症患者さんはまともだけど、その母親の方は、兎に角マトモじゃない)

2010-06-11 17:53:33
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