Whitebellsweet さんによるカール・セーガンの科学論の紹介

いま私たちが「科学」と向き合うために必要な,とても大事なエッセンスをWhitebellsweetさんが抜粋してつぶやいてくださったのをまとめました。 他の部分も大変示唆に富んだ内容だそうです。気になる方はぜひ「人はなぜエセ科学にだまされるのか」を直接ご覧ください。
科学 タブ リテラシー
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しろがねさん @whitebellsweet
@mogmemo これからちょっと抜粋して連ツイします。カール・セーガン「人はなぜエセ科学に騙されるのか」新潮社版より。
しろがねさん @whitebellsweet
①世の「バックリーさん」たちは、言葉づかいもきちんとしているし、教養も好奇心もある。宇宙の不思議に触れたいというごく自然な欲求ももっているし、科学のことだって知りたがってはいる。それなのに、現代科学のことはほとんど何も知らない。
しろがねさん @whitebellsweet
②彼らのところに届く前に、どこかで「科学」が抜け落ちてしまうからだ。文化も教養も情報メディアも、こうした人々の役に立ってはいない。社会がかろうじて与えるのは、上っ面な情報と混乱だけだ。彼らは、真の科学と安っぽいまがいものとの見分け方を教えられたこともないし、科学の方法のことなど
しろがねさん @whitebellsweet
③これっぽっちも知らされていないのだ。(中略)だまされやすい人たちを陥れるまがいものの説明は、そこらじゅうにころがっている。一方、懐疑的な説はなかなか人々の目に触れない。それというのも、懐疑的なものは”売れない”からだ。
しろがねさん @whitebellsweet
④もし科学について何も教わったことがなければ(いわんや科学的方法のことなど何も知らなければ)、自分の信じているものが似非科学だとはわからないだろう。
しろがねさん @whitebellsweet
⑤似非科学は、誤りを含んだ科学とはまったく別のものである。それどころか、科学には誤りがつきものなのだ。その誤りを一つずつ取り除き、乗り越えてゆくのが科学なのである。誤った結論は毎度のように引き出されるけれども、それはあくまでも暫定的な結論でしかない。
しろがねさん @whitebellsweet
⑥科学における仮設は、必ず反証可能なようにできている。次々と打ち立てられる新たな仮説は、実験と観察によって検証されることになるのだ。(中略)もちろん、自分が出した仮設が反証されれば嬉しくはないけれども、反証が挙がることこそは、科学的精神の真骨頂なのである。
しろがねさん @whitebellsweet
⑦科学的な思考法は想像力を必要とすると同時に、訓練によって鍛えられたものである。そして、まさにその点こそが、科学が成功している理由なのだ。科学は、たとえ予想に反していても、事実は事実として受け入れるようにわれわれを励ます。
しろがねさん @whitebellsweet
⑧また、仮説はいくつも用意しておいて、事実にいちばn合うのはどれかを見きわめなさいと教えている。そして、新しいアイディアが出れば、それがどんなに奇妙なものであっても心を開いて受け止める一方で、新しいアイディアであれ定評ある学説であれ、とことん疑ってみるよう強く迫るのである。
しろがねさん @whitebellsweet
⑨さらに言えば、科学者という人たちは、自分のやっていることが正しいと断言することにはとても慎重なものである。推測や仮説は当然ながら暫定的なものでしかないし、くりかえし検証されてきた自然法則でさえも、絶対に正しいとは言い切れない。
しろがねさん @whitebellsweet
⑩なぜなら、まだ調べられていない新しい状況があるかもしれないからだ。(中略)科学がいざなう先にあるのは、ありのままの世界であって、世界はこうあってほしいという願望ではない。
@mogmemo
ありがとうございました!勉強になりました。 RT @whitebellsweet 時間切れでござる~(;´Д`)これらが前半くらいに出てきます。また気がついたらつぶやけるときにつぶやきますね。
しろがねさん @whitebellsweet
では昼の続きをちびちびと。出展はカール・セーガン著「人はなぜエセ科学に騙されるのか」新潮社版です。
しろがねさん @whitebellsweet
⑪科学は傲慢だと思っている人もいる。とくに、長い間信じられてきた観念を否定したり、常識に反するような突飛な概念を打ち出したときには、傲慢にもみえることだろう。慣れ親しんだ考え方にケチをつけられたり、頼りにしてきた教義をゆるがされたりすれば、人は深く動揺するものだ。
しろがねさん @whitebellsweet
⑫それでも私はあえて言いたいが、科学はある意味でとても謙虚なのである。科学者は自分の願望を自然界に押しつけたりはしない。それどころか、自然に対して謙虚に問いかけ、わかったことを素直に受けとめているのだ。立派な科学者でもまちがうことがあるのを知っているし、
しろがねさん @whitebellsweet
⑬(承前)人間の不完全さもよく承知している。そして、できるだけ多くのアイディアが出ることを強く望んでもいるのだ。問題はないかとたえず突つきまわり、疑問を投げかけ、矛盾を探し、しぶとく隠れているミスをたたき出そうとしているし、ほかの説明のしかたはないかと頭をしぼり、異説が出れば
しろがねさん @whitebellsweet
⑬(承前)喜んで受け止めようとする。そして、科学者がいちばん高く評価するのは、確立された概念をひっくり返すような仕事なのだ。
しろがねさん @whitebellsweet
⑭重ねて言うが、科学がうまくゆくのは、エラー修正機能が組み込まれているからだ。科学に問うてはいけないことなど何もない。聞くのがはばかられるような微妙な問題もなければ、冒すべからざる神聖な真実もない。科学は、新しいアイディアに対して心を開くと同時に、どんなアイディアも疑いの目で
しろがねさん @whitebellsweet
⑮(承前)厳しく調べ上げ、それによって価値あるものとそうでないものとを選り分けていくのだ。ここでは頭の良さも人柄の良さも関係ない。誰であろうと、専門家の厳しい批判の前で自説を証明しなければならないのだ。さまざまな意見を出し合って討議することに価値が置かれ、それぞれの意見を徹底的に
しろがねさん @whitebellsweet
⑯(承前)ぶつけ合うことがよしとされる世界なのである。(中略)そこには部外者を驚かせる一面がある。それは、批判することが奨励され、歓迎さえされるという面だ。
しろがねさん @whitebellsweet
⑱(承前)この主張には相応の根拠があるか?推論にとどまっている部分はないか、もしあるなら、それを立証させるために、いったん著者に論文を差し戻して再提出させるべきではないか?こうした検討がすべて匿名でなされる。
しろがねさん @whitebellsweet
⑲(承前)論文の著者は、批評しているのが誰かを知らないのだ。これは科学界ではごくあたりまえのことである。(中略)それでも科学者は批評者に向かって「ちょっと待ってくれ。これは本当にいいアイディアなのだ。私はこのアイディアをとても気に入っているのだ。あなたに迷惑はかけない。頼むから
しろがねさん @whitebellsweet
21 (承前)放っておいてくれ」と言ったりはしない。そう言う代わりに、科学者はつらいけれども公正なルールに従う。そのルールとは、うまくいかないアイディアは捨てるということだ。(略)そんな暇があったら、新たなアイディアを生み出し、データをよりよく説明できるようにすべきなのだ。
@mogmemo
科学とはなんなのか。その柔軟さ,ストイックさ,そして自身の持つ修正機能について,カール・セーガンが簡潔に説明しています。 http://t.co/UsXEeDXL
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コメント

youri djorkaeff @youri_djorkaeff 2012年2月10日
似非科学批判と科学の啓蒙で大活躍したセーガンだったが、過去にトンデモな行為があった。 今際の際、昏睡となった病床の父に投げた最期の言葉は「お体を大事に」 これがSF小説「コンタクト」(後に映画化)の核となる。
youri djorkaeff @youri_djorkaeff 2012年2月10日
奥さんのアン・ドルーヤンも動物行動学(?)の本を出版してるんだけど、発情期におけるオスチンパンジーの交尾行動を微に入り細に入り・・・カールは相当バツの悪い思いをしたに違いない。
北岡修二:S.KITAOKA @regedry33 2012年2月11日
もう少しレベルの高いところでこの問題を考えてみたいと思います。セーガンではなくポワンカレーの自伝あたりで。ベクレルの放射能の発見に寄与したというだけでなく、ポワンカレーのきわめて刺激的な着想そのものが真に<科学的>であると考えるからです。
北岡修二:S.KITAOKA @regedry33 2012年2月11日
エセ科学批判は<科学>とは何か?という根本的な反省を我々に迫るものであり本質的な議論を求めるものです。そのためにはヴォルテールからポワンカレーへ、啓蒙の世紀から科学的大発見の相次いだ19世紀後半に至る流れをもう一度再検討する必要があるのでは?実は大問題なんですよ、これ・・・。
neologcutter @neologcuter 2012年2月11日
M・ガードナーとM・シャーマーのはあるから今度買ってみるか・・・
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