小話集2

小話まとめ
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「めげない」

森猫アキラ @Shinbyou_A

土星に結婚を申し込んだ友人がふられた。何でも、土星はたばこの煙で上手な輪を作れる男に夢中らしい。めげない彼は、今度は三日月に一目惚れした。彼女に釣り合うように俺も痩せるんだとダイエットし、だが彼が痩せる頃には月は満月。慌ててドカ食いし始めたが、おまえそんなことしてると星になるぞ。

2012-02-24 20:26:47

「法」

森猫アキラ @Shinbyou_A

人を笑わせてはならないというのがこのオアシスの法だ。人々は一様に陰鬱な顔をしている。夜中、旅人は啜り泣きに気づいた。湖の縁で美しい女性が嘆いている。旅人は得意のおどけを見せて彼女を微笑ませた。翌朝、水が干上がり、旅人は即座に逮捕されて縛り首。女性は再び泣き始め、砂漠の命綱が蘇る。

2012-02-25 20:45:02

「時計の中には」

森猫アキラ @Shinbyou_A

時計の中にはネズミがいる。奴らはたいてい意地悪で、君がお説教されている時には針をほとんど動かさないくせに、デートの時にはぐるぐる回してあっという間に楽しい時間を終わらせてしまう。でもネズミ取りを仕掛けるのは賛成しないな。それをやった友人は、なんと時計の読み方を忘れてしまったんだ。

2012-02-26 19:32:53

「九回裏」

森猫アキラ @Shinbyou_A

九回裏三点差二死満塁フルカウント。四番打者とエースの対決。陽光の下、静けさに満ちたマウンドで投手が振りかぶり、打者が構えた――が、ボールもバットもぴくりともしない。そこにいるのは選手の影だ。世界は試合より先に終わってしまった。いくら結果を知りたくとも、彼らにゲームは続行できない。

2012-02-27 20:31:32

「唱えよ」

森猫アキラ @Shinbyou_A

一心に主の御名を唱えよ。罪深き我らは主を再び地上に呼び戻すことによってのみ救われる。ただ唱えよ、ただ。……御名を正確にお呼びすれば主はご降臨される。それはこの濁世にはない発音だというが、百万遍唱えればいつか正しい御名に届こう。主の偉大な力が地を浄化する時を夢見、私も詠唱に加わる。

2012-02-28 20:33:34

「ひらがな」

森猫アキラ @Shinbyou_A

老人は一番簡単なひらがなの本を所望した。あらゆる書を所蔵し、生涯一度しか閲覧できないその図書館で。 「儂は生まれた瞬間から経営書を読み聞かせられ、丸暗記した。だが、自分で読んだことはないのだ」 渡された本を開き、老人は不器用に字を辿る。あおいあまがさ。いるかがいる。うみにうきわ。

2012-02-29 20:23:15

「折り方」

森猫アキラ @Shinbyou_A

捕虫網を振ったら紙飛行機が採れた。 「何をする!」乗っていた魚に叱られた。「七年かけて折ったのに! ああ翼が……」 平謝りしてノートをちぎる。指示通りに折ってできた紙飛行機は、魚が乗るなり勝手に太陽へと飛んでいった。以来何度も同じものを折ろうとしたのだが、手順を思い出せずにいる。

2012-03-01 20:56:54

「糸玉」

森猫アキラ @Shinbyou_A

糸玉を持った恋人が迷宮の闇に消えるのを待ち、私はぱちんと糸を切った。これでいい。これで私は彼の口癖、「いつでも君のことを思っているよ」を永遠に疑わなくて済む。私はもう心配しない。大丈夫。役立たずの糸玉を手に彼がどんな呪詛を叫ぼうと、その目が光の下で最後に見たのは私の顔なのだから。

2012-03-02 21:17:59

---------------20話-------------------

「戦」

森猫アキラ @Shinbyou_A

隅にいるのは戦で焼け出された者たちだ。食欲と睡眠欲が寄り添い、向学心は戦場に飛び込もうとする激怒を羽交い締めした。悲哀は死んだ歓喜を抱えて泣く。戦っているのは恋心と理性。恋心の熾烈な攻撃に理性は片膝をつき、遂に禁呪を唱えた。彼女には婚約者がいるんだよ! 恋心は四散し、あとは焦土。

2012-03-03 20:14:05

「どれが」

森猫アキラ @Shinbyou_A

詩人が語る王国の物語は聞く度に変化した。平和の街。飢える民。恋の歌。王は捕らわれた王妃を救う旅に出る。そして王子は磔に。 どれが本物だ。詰め寄る王に詩人は竪琴をかき鳴らす。 「王のお気に召したものが本物です」 もはや異を唱える者はおりません。無人の焦土に、詩人の笑い声が響いた。

2012-03-04 20:08:56

「集会」

森猫アキラ @Shinbyou_A

月の宵、いつも猫がいる空き地で枕の集会を見た。そば殻も羽も低反発も頭を抱えている。主人を悪夢から確実に守る方法は? そんなの簡単さ、と躍り出た枕が語る。主人が横になったら即座に顔に乗るんだ。そしてぐっと口を押さえる。そうすると夢も見ず寝てくれるよ! おお素晴らしい、戻って試そう。

2012-03-05 22:02:17

「ピッケル」

森猫アキラ @Shinbyou_A

今更、星が少々増えたところで誰も気づくまい。登山家は暗い天球にピッケルを打ちつけた。彼が空を登るにつれ闇が零れ、星座が乱れる。……早く、早く頂点へ。満月へ。あれだけの光が漏れている穴からなら必ず脱出できる。地上は終末の大混乱の中だ。天をゆく登山家の思い通り、誰も上など見ていない。

2012-03-06 20:14:38
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