小話集2

小話まとめ
3

「表示設定」

森猫アキラ @Shinbyou_A

激情に駆られて文鎮を相手に振りかざし、私は周囲に漂うものに気づいた。透き通る立方体のブロックが空間を埋めている。 「ああ編集記号を表示してしまった。スペースが見えてる」 突然の声とともにそれらは消え、文鎮を持った私と何も気づかぬ相手が残される。私は、私の激情をもはや信用できない。

2012-02-12 20:44:50

「密造酒」

森猫アキラ @Shinbyou_A

密造月光酒による急性月光中毒。それが友人の死因だった。死に顔はもう満月になっていたそうで、感染を防ぐため棺桶は閉じたきり。それでも蓋の隙間からは光が漏れた――俺は一瞬、それを見てしまった。以来俺の空には夜ごと彼の顔が浮かび、窓に杯をおけと囁いてくる。月光を満たしてやるから、さあ。

2012-02-13 20:25:04

「橋の向こう」

森猫アキラ @Shinbyou_A

大丈夫よと微笑む少女を信じ、旅人は橋を渡り始めた。傷んだ木製の橋で、行く先は霧に包まれている。だが村人は平気で彼を追い越していくし、向こうから来る人ともすれ違った。安心して歩く足が朽ち板を踏み抜く。真っ逆様に転落する彼を、半透明の少女が見送った。 「大丈夫、渡れるようになるから」

2012-02-14 20:42:05

「感染者」

森猫アキラ @Shinbyou_A

子供たちの間にバク転や綱渡りがはやり始めた。気づいたときには既に、村の子の多くがサーカスに感染している。私は息子を監禁したが、広間に現れたピエロの呼び声はここまで届いた。気づけば息子は鍵をかけた部屋から消えている。彼はピエロとともに旅立ち、サーカスの脱出マジシャンになるのだろう。

2012-02-15 21:00:58

「夢の支え」

森猫アキラ @Shinbyou_A

その七万歳の老人は、体に管を張り巡らされ苦痛に喘ぎながら眠っていた。 「しっ。この方は君を夢見ているのです」医者は唇に指を立てた。「君に黄金の日々を送らせるためにこの方はこの状態を望みました。ご安心を、私は決してこの方を目覚めさせも死なせもしません。……かくれんぼの続きをどうぞ」

2012-02-16 20:53:36

「クエスト」

森猫アキラ @Shinbyou_A

「よくぞ来た、勇敢なる新入社員よ!」 社長直々に使命を与えられ、私は魑魅魍魎の資料室へ挑む。伝説の会議録は一体どこに。足下に蹲る人を発見したが、返事がない。只の屍のようだ。先人に黙祷した直後、背後の没企画の山が崩れて襲いかかってきた! 「おお新入社員よ。死んでしまうとは情けない」

2012-02-17 20:57:05

「どこへ行っても」

森猫アキラ @Shinbyou_A

どこへ行っても奴が追ってくる、と酒場で出会った酔っ払いは呻いた。どういうことです? 「皆が鏡と呼ぶ板きれから、奴が俺を睨むんだ」 「なんだ。それは貴方自身ですよ。ほら鏡の中には私もいます」 一緒に鏡を覗き込む。だが映っているのは私だけで、やっと解放されたと喜ぶ彼には足がなかった。

2012-02-18 19:22:52

「夜族館」

森猫アキラ @Shinbyou_A

真昼の国で人気の場所といえば夜族館だ。ガラスの回廊に夜を満たしたそこでは、真夜中の国から取り寄せた街灯やネオン、蝙蝠や夜行性人間の生態を観察できる。ただ、飼育下では再現できないものも多い。ここの月は天球を巡れないせいで太ってしまいいつでも丸いが、野生では定期的に痩せるのだという。

2012-02-19 19:39:39

「悪夢」

森猫アキラ @Shinbyou_A

一度、獏が来たことがある。僕は余程いい悪夢の匂いをさせていたのだろう。だが、僕は手を広げて獏から悪夢をかばった。苛めっ子の嘲笑や拳や破られたノートを、食べさせはしなかった。……そして今、悪夢は充分に成長した。僕の心から滋養を得て巨大化した彼は僕を乗っ取り、苛めっ子の眠る窓を叩く。

2012-02-20 19:48:59

「箱」

森猫アキラ @Shinbyou_A

道に落ちていた箱から泣き声が聞こえた。捨て猫か? ぴたりと閉じたその箱を、私はカッターで切ってみた。声が一際大きくなる。力任せに開けたが中には何もない――瞬間、天から降ってきた巨大な箱が私を押し潰した。 「ああ何てこと。こんな無残な姿に」 親箱は裂かれて死んだ子箱を前に慟哭する。

2012-02-21 20:47:18

-----------------10話-------------------

「ドレミ」

森猫アキラ @Shinbyou_A

叩いてみたのは、その誰のものとも知れぬ肋骨が実に見事だったからだ。長さの違う骨はドレミファソラシド、正確な音階になっていた。私は、持ち歩くうちに白骨化してしまった己の左腕をばちにして世界最後の音楽会を開く。ティンクル・ティンクル・リトル・スター。腐臭の中で、音はキラキラと輝いた。

2012-02-22 20:34:25

「集会」

森猫アキラ @Shinbyou_A

月の宵、いつも猫がいる空き地で二人称代名詞の集会を見た。 「何故おまえが失礼だと言われるのかな。御前は元は敬意表現なのに」 「貴様もだ。お互い辛いな」 「おまえさんらは大変だね」 「あなたは黙っていて!」 「おまえも貴様も使われるだけまだ良かろう」 嗄れた尊公の声。皆が平伏する。

2012-02-23 21:00:08
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