医療における偶有性の概念と物語的行為について

医療の持つ一つの本質として「偶有性:contingency」という概念が挙げられる。偶有性とは、「何が起こるかは完全には予想できないが、ある程度は予想できる」ということである。医療における偶有性の具体例と、そこから導き出される「物語的行為とは何か」について。
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斎藤清二 @SaitoSeiji

①医療の持つもう一つの本質として「偶有性:contingency」という概念が挙げられる。偶有性とは、「何が起こるかは完全には予想できないが、ある程度は予想できる」ということである。

2012-02-15 17:44:37
斎藤清二 @SaitoSeiji

②「完全には予想できない」というほうを強調すれば「医療とは何が起こるか分からない怖いものである」という不安を誘発するが、「ある程度は予想できる」に焦点をあてれば、「混沌よりはましである」という相対的な安心感が担保できる。ある意味で、医療とはしょせんその程度のものではないだろうか。

2012-02-15 17:46:10
斎藤清二 @SaitoSeiji

②例えば、5歳の小児が39度を超える発熱で診療所を訪れたとする。発熱が3日も4日も続き、子供はぐったりしているし、いっこうに熱が下がる気配はないということになれば、親としては非常に心配になることは当然である。

2012-02-15 17:47:38
斎藤清二 @SaitoSeiji

④ところが4日目くらいになって、全身に水疱を伴った発疹が出現すると、経験を積んだ医師であれば「これは水痘らしい」ということが分かる。しかしそれでも発熱が続けば、親としては、診断が告げられただけで不安が消えるわけではない。

2012-02-15 17:48:32
斎藤清二 @SaitoSeiji

⑤しかし子供の両親が診察しているかかりつけ医師を信頼しており、その医師が「これは水痘ですから、約1週間で熱が下がります。現在のところ合併症の兆候はありませんから、抗生物質も必要はありません。あと2,3日の我慢です」と見通しを丁寧に述べたとすれば、親の不安はかなり軽減するだろう。

2012-02-15 17:50:38
斎藤清二 @SaitoSeiji

⑥そして医師の予告通り、1週間目に見事に解熱するならば、医師に対する信頼は揺らぎのないものになるに違いない。考えてみると、なぜ医師はこんなことができるのであろうか。もちろん教科書的な知識やそれまでの経験によって「水痘という病気の定型的な経過」を知っているからである。

2012-02-15 17:59:12
斎藤清二 @SaitoSeiji

⑦同時に医師は、水痘であってもまれには合併症を起こすことがあることも知っており、そういう兆候がないかどうかにも最新の注意を払っている。もしそのような兆候が認められれば、専門の病院へ直ちに紹介できるようなネットワークも確保している。

2012-02-15 18:00:02
斎藤清二 @SaitoSeiji

⑧この医師は、まさに「何が起こるかは完全には予測できないが、ある程度は予測できる」という「偶有性」の原理を受け入れ、それにしたがって臨床判断を行い、それを両親に丁寧に説明するという形での対話を行うことによって、診療の現場に安心感と信頼感を醸成しているのである。

2012-02-15 18:05:40
斎藤清二 @SaitoSeiji

⑨医師は自らの知識と経験から「水痘の典型的な経過」というストーリー(物語)を理解し、身につけている。もちろんこの物語は「未来を完全に保証」するわけではない。しかもこの「水痘は通常一週間で解熱する」という物語は、決して無作為抽出試験(RCT)によって実証されたエビデンスではない。

2012-02-15 18:10:31
斎藤清二 @SaitoSeiji

⑨物語とは「出来事を時間系列にそって語る」ことであり、それは「始まり」と「物語の展開」と「結果」を含むものであり、過去と現在だけではなく未来を含むものである。物語は、単なる知識や情報の伝達ではなく、語り手と聴き手を結び、共に生きる体験を共有させるものである。

2012-02-15 18:12:04
斎藤清二 @SaitoSeiji

⑪もちろんこのような医師のストーリーが、患者や患者の両親をただちに安心させるとは限らない。医師のストーリーが受け入れられるためには、医師と患者や患者の家族との間に良好な関係が存在していなければならない。このような良好な関係は一般に「信頼関係」とか「ラポール」とか呼ばれるものである

2012-02-15 18:13:06
斎藤清二 @SaitoSeiji

⑫このような関係を構築するために最も有効な作業は、患者や患者の家族の語りを医療者が丁寧に傾聴することである。そしてこの「私が伝えたいストーリーを十分に理解してもらえた」という患者あるいは家族の実感が、医師に対する信頼関係を醸成する。

2012-02-15 18:15:00
斎藤清二 @SaitoSeiji

⑬その信頼関係を基盤として、医師のストーリーが共有され、それが医療の不確実性に対抗する「安心感」をもたらし、さらにそのような体験を通じて、医療者と患者の信頼関係がさらに強化されるという螺旋的な関係が進展するのである。

2012-02-15 18:15:45
斎藤清二 @SaitoSeiji

⑬医療者は古来、物語的対話を通じて患者や家族と交流し、共に人生の不条理に対抗し、人生をともに生きて来たのである。物語を紡ぎだし共有することは、人生の避けえない不確定性、複雑性を受け入れつつ、偶有性を創造する有力な手段となるだろう。

2012-02-15 18:16:49
斎藤清二 @SaitoSeiji

⑮このように、物語的行為は医療の原点であると言える。現代までに発展してきた科学的医学の知見をも生かしつつ、現代の医療の困難さを、医療者と患者が共に生き抜いていくための基盤として、物語的行為の重要性が再度見直される時が来ているのではないだろうか。 以上で連続ツイートを終わります。

2012-02-15 18:20:39