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芝村裕吏さんによる英雄の話「織田信長と源義経 他」

芝村さん 「英雄を英雄として生き生きと活写するのは、やはり物語です。 どちらがらしいかと言えば、物語の方がらしいんですよね。歴史より。 それでも歴史が正しいとあくまで関係性を強く描くと、英雄は同時代の熱狂や人々の興奮を記述出来ずに終わってしまいます。」
人文 織田信長 物語 芝村裕吏 源義経 英雄
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芝村裕吏 @siva_yuri
ということで、引き続き難問、話題お待ちしております。
永遠のネズミ @lastofmouse
@siva_yuri 織田信長があそこまで勝てた要因ってなんでしょうか?私の把握している限りではあまり他の大名との相違がよくわからなかったのですが。
芝村裕吏 @siva_yuri
織田信長があそこまで勝てた要因ってなんでしょうか?私の把握している限りではあまり他の大名との相違がよくわからなかったのですが。 ですか。 勝つ=政治的に、と言う意味ではそりゃもちろん。寛容かつ、信義に厚かったからですね。
芝村裕吏 @siva_yuri
織田信長は信義の人です。と、江戸時代の歴史講義では教えていました。今とはイメージが随分違うのですが、新発見とかいって、前と違うことを言わなければいけない出版業界のレールの上での変質をおいて、より当時に近い一般感想を拾うとそう書いてあいrます。
芝村裕吏 @siva_yuri
さて、信義の人織田信長ですが、この人、政治的な動きはものすごく分かりやすくて、裏切りはなるべく許す、自分からは原則裏切らない、機会平等に腐心する。を徹底しています。武田信玄とはこの辺が対照的で、結果はご存じの通りであるように思えます。
芝村裕吏 @siva_yuri
織田信長は終生裏切られ続ける人でしたが、これにこりず、人を登用し、また未知の人材であっても抜擢を恐れずやっていました。 この人の約束を守る点は律儀というだけでは足りないものでして、結果この人は軍事的に負けてもただちに負けではないという異様な体制を確立します。
芝村裕吏 @siva_yuri
信長は結果的に裏切られて終わってしまったので、自身の戦略手法をおとしめている部分もありますが、生涯を通じて言うと、この戦略は文句なく大成功をおさめています。信じること、立場や身分にこだわらぬ事、約束を守り抜くこと。この三つの力は織田の力と言えるでしょう。
芝村裕吏 @siva_yuri
まあ。終わりが悲しいお人でしたが、だからといって彼の手法が悪かったとは、思いません。 江戸時代の武家も多くはその様に感じて、資料を残しています。このあたりの意見の変質は武田の残党を大量にかかえた徳川家(とくせんけ)の動きもありまして、今にいたっているわけです。
芝村裕吏 @siva_yuri
さて、戦国時代の信義の人といえば、上杉謙信ですが、この人、信長との同盟は裏切ってます(笑) 逆に言えば信長はこの例一つをおいても律儀な人でした。 戦国の分かりやすいキャラ立てのために信長はそう言う部分でも損してますね 以上説明終わり。
永遠のネズミ @lastofmouse
@siva_yuri なるほど、面白い視点ですね。どうもです。
↑もつなべ太郎← @zousuikaisi
@siva_yuri はじめまして。同じく功名を上げながら非業の死を遂げた源義経についてはどう評価されますでしょうか。
芝村裕吏 @siva_yuri
同じく功名を上げながら非業の死を遂げた源義経についてはどう評価されますでしょうか。 ですか。 うーん。源義経は政治とかそういうものとは無関係な、野戦指揮官とも違う、しいていえば英雄でして、英雄を歴史というカテゴリで評価するのはフェアではないと思います。
芝村裕吏 @siva_yuri
英雄は物語の存在です。 物語の中で大活躍する。それは歴史の中で実際に起きたものではありますが、歴史という関係性を重視する学問では、英雄を記述することはできません。 歴史はいつもここで途方に暮れるのです。 英雄はいる。でも歴史では記述できません。
芝村裕吏 @siva_yuri
英雄を英雄として生き生きと活写するのは、やはり物語です。 どちらがらしいかと言えば、物語の方がらしいんですよね。歴史より。 それでも歴史が正しいとあくまで関係性を強く描くと、英雄は同時代の熱狂や人々の興奮を記述出来ずに終わってしまいます。
↑もつなべ太郎← @zousuikaisi
@siva_yuri 戦術家としては大成功していたが、政治の力には全く太刀打ちできなかった、と考えられますか?
芝村裕吏 @siva_yuri
源義経はどう評価するかについていえば、 おそらく同時代の腕に覚えある豪傑どもは、一目その姿をみた瞬間に股間を熱くしていたと思いますよ。 ぎらぎらした顔を笑わせて、どら、俺もやるかと戦場にでていたでしょう。 ぶっちゃけそんな風に解釈しないと関係性を維持出来ないシーンばっかです。
芝村裕吏 @siva_yuri
心を躍らせる何かだったんでしょう。 これからこの崖降りて戦うね。と言われてイヤッフー!とか言い出す団体を作ったり、扇を打ち抜いてにやりと笑って去っていくような、そういう場面をつくるような中心人物です。 これを歴史用語で記述すると学問ではなくなります。なんで評価は不能ですね。
芝村裕吏 @siva_yuri
まあ。歴史的に言えば、兄だけは違ったんですな。 義経の魔性というか、心躍らせるなにかに、兄は踊らされなかった。あたりがいい説明ではないかと思います。 肉親だったからかも知れません。 この部分一つについても、歴史的にいうのは難しく思います。
↑もつなべ太郎← @zousuikaisi
@siva_yuri なるほど。ありがとうございますm(_ _)m
↑もつなべ太郎← @zousuikaisi
@siva_yuri 鵯越の話は子供心にワクワクしましたが、よくよく考えたら「えっちょっとなんで」ですね。義経の生涯が成功だったのか、失敗だったのか、知りたかったのですが歴史的には評価不能なのですね。それが英雄なのですね。
芝村裕吏 @siva_yuri
@zousuikaisi そうです。それが英雄です。
時雨ハイエボリューション @sigre210
@siva_yuri 歌舞伎になったり判官贔屓という言葉ができたりするのもうなずける魅力があったわけですね>義経
献血ヒザゴリラ@ @baburu27
@siva_yuri こんにちは。バイトする勇気がなく、働かないままでいます。休んでしまったらどうしよう、などの心配事ばかりが先攻してしまい、足がすくんでしまっています。新しいことに挑戦することにする際、どのようにすればよいのでしょうか。
芝村裕吏 @siva_yuri
次。バイトする勇気がなく、働かないままでいます。休んでしまったらどうしよう、などの心配事ばかりが先攻してしまい、足がすくんでしまっています。新しいことに挑戦することにする際、どのようにすればよいのでしょうか。 ですか。
芝村裕吏 @siva_yuri
新しい事に挑戦する方法は、とりあえず挑戦してみてから考える事です。 失敗すること、躓くこと、考えていたら脚なんて動きません。脚を動かす方法は一つ、脚を動かすことです。 考える事ではありません。 考えと動きに本当は関連性なのないのです。
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