ザ・ファンタスティック・モーグ #4
バンドは30秒後に再びステージに戻ってきた。「あらまあ!同じ連中だよ!じゃあ何で引っ込んだんだ!」「そりゃ、気合い入れんだよ!そのままやったらカッコつかねえだろ?自分でセッティングもやるんだ。DIYだよ!」ツインモヒカンが説明した。バンドのボーカルが叫ぶ「アンタイセーイ!」 23
2012-04-05 19:03:07と、そのとき、いきなりギターリストがそのボンズヘアーボーカルをギターで殴り倒し、マイクスタンドを奪った。「俺たちは!マゲナイだ!今日はアベ一休は出ねえ!」ブーイング!「うるせえぜ!1.2.3.4!」ドラマーが太鼓タムを乱打!ベーシストが弦を乱打!轟く爆音!「ギャー!」 24
2012-04-05 19:09:13モナカは耳を塞いだ「たいへんだ!たいへんだよ!」バーテンがウンザリした顔で彼女の頭にヘッドホンをかぶせた。倒れていたボーカルが起き上がり、ギターリストを蹴飛ばしてマイクスタンドを奪い返す。そして叫び出した。「俺は!なんにもすごくねえ!俺は!お前より貧乏!俺はカッコいい!」 25
2012-04-05 19:12:09「アンタイセイ!アンタイセイ!」ベーシストが合いの手をいれる。アンタイセイとはアンタイ(反)とタイセイ(体制)を組み合わせた合言葉。伝説的パンクバンドのアベ一休というバンドの発明だ。今ではパンクスに広く共有されるソウルワードとなっているのだ。「アンタイセイ!アンタイセイ!」 26
2012-04-05 19:16:14「俺はナメられてる!俺は道で絡まれる!俺はカッコいい!」「アンタイセイ!アンタイセイ!」「アンタイセイ!アンタイセイ!」「ウォー!」興奮した客が次々にステージに上がる!ボーカリストが客を殴った「ここは俺のステージだ!」たちまち殴り合いが始まった!27
2012-04-05 19:23:10「ウォー!大変だ!」モナカがカウンターの上で腕を振り回した。「やめてよ!」バーテンが降ろそうとする。ステージは殴り合いのケオスだ!「ああ、暴動だァ、ブレイズ=サン早くどうにか…アー」バーテンはうなだれた。ステージ上の暴徒の中に、率先して近くの者を殴るブレイズを見つけたのだ。 28
2012-04-05 19:27:14「無い……無い……無い……無い」ナンシーの高速タイピングが熾烈にキーボードをヒットする。やがて彼女は視界に立ち現れたコトダマイメージの中に突入する。無機的な石の庭に並ぶ箱がつぎつぎに蓋を開いてゆくのを、ナンシーは走りながら確認してゆく。「もっと深く……深く……」 30
2012-04-05 20:29:23カコデモンの襲撃をやり過ごした彼女は、そのまま営業時間外のサラカイカ社に再び潜り込んだ。彼女は今、社内データセンターに物理的に潜入し、UNIXへの直結を試みている。実際かなり危険な判断と言えた。いつニンジャが嗅ぎつけるかわからぬ。しかしもはや、翌朝以降の潜入機会は無いだろう。31
2012-04-05 20:39:45彼女の現在のタイピング速度でどこまでできる……!かつて彼女はLAN直結タイピングを用いず、デッキに触れずとも、自由にコトダマ空間へ飛び込む事が可能だった。今やその力は失われ、取り戻す事かなわない。かわりに彼女は身体を鍛え、力を養った。それでもこうした時にはもどかしさを感じる。32
2012-04-05 20:39:48やがて彼女の目の前に石造りの井戸が現れる。より深い階層への進入路だ。今のタイピング速度で突入できるか?確信は無い。低階級社員の人事データ改竄についても、巧くいったものと彼女は実際考えていた。だが結果はご覧の通り、カコデモンに尾を踏まれ、生死の綱渡りをするはめになった。 33
2012-04-05 20:50:03頭上では選択を迫るかのように黄金の立方体がゆっくりと自転している。近いが、遠い。かつての彼女と比べると、ずっと遠くなった事だろう。気を散らすな……ナンシーは集中した。ザゼンドリンクに頼る事は二度とできない。タイピング速度が加速する! 34
2012-04-05 20:52:16彼女の体は石の井戸に引き寄せられ、吸い込まれてゆく。重力の方向が変わり、緑色の格子模様渦巻くトンネルを彼女は走っていた。トンネルの奥にはモノクロームの小さな書斎。彼女は錠付きの書物を手に取る。表紙には別の人間の指紋がついている……まだ新しい。「ヒトミ=サン」 35
2012-04-05 21:06:18彼女の手の中で偽装鍵がウネウネと形を変える。ただしい形を探り当てる事がすぐにできない。タイピングが……遅い……遅い。ゴシック様式の窓の外、黄金立方体が嘲笑うように光っている。やがて一つの形が定まる。彼女はそれを鍵穴に挿し込んだ。 36
2012-04-05 21:15:52ガチャリ!錠が弾け飛び、ナンシーは数字の羅列に取り囲まれた。やり取り……複数の記号……会わない合計値……行政指導……恭順……ぼんやりと見える、狭い茶室……チャを汲みかわす三人……サラカイカCEO、そしてドロムラ、そしてもう一人……彫像めいて整った褐色の……「ンアーッ!?」 37
2012-04-05 21:26:53ナンシーは背中にツララを刺し込まれたような激痛と冷たさに仰け反る。書物を取り落とす。書物が落ちると床にヒビが拡がった。ヒビは黒い茨となってナンシーの身体を這い登り始める。ナンシーは出口を探した。出口を……明かりを……目印を……這い登る茨……!「ンアアア!」「ナンシー=サン!」38
2012-04-05 21:29:23声!彼女の知る声。ノイズにまみれているが、その声が彼女の命綱めいて、ゴシック様式の窓の外に細い筋道を浮かび上がらせた。(フジキド=サン……)窓が開く。「ナンシー=サン」「ナンシー=サン」飛び出す……迫る茨……飛び出す!「ナンシー=サン!」 39
2012-04-05 21:31:50ナンシーは耳の後ろのケーブルを引きちぎるように抜いた。脇腹や腿に鈍痛。内出血だ。逃走時の負傷とは別の怪我だ。たった今ついた傷だ。フィードバックが起こったのだ。彼女はUNIXを見下ろした。端末のスピーカーがザーザーと不穏なノイズを発している。彼女は訝しんだ。「ナンシー=サン」 41
2012-04-05 21:35:31彼女は耳をこらした。声。彼女をコトダマ空間から脱出させる標となった声だ。「ザザッ……シー=サン。ナンシー=サン」怪奇現象めいた声。まるでユーレイのようだ。墳墓のユーレイ……社内の伝説……「ニンジャスレイヤー=サン!」ナンシーは答え、耳を凝らした。「ザザッ……IRC……」 42
2012-04-05 21:38:23ナンシーは慌てて携帯端末を起動させた。ニンジャスレイヤーからのリクエストだ。それにしても、この歪んだ音声は?UNIX端末から無理に音声を吐き出したような不可思議な現象……これは一体?『つないだわ。どこ?私はサラカイカにいる。ニンジャは撒いた』『ザザッ……墓……墳墓だ』 43
2012-04-05 21:42:29『墳墓?裏の企業墳墓なの?』『ナンシー=サン……ヒトミ=サンは生きている』『生きて……何ですって?』『ザザッ……我々は遠回りをしてしまっていたのかも知れん……それは敵も同様に……遠回りを……彼の……』 44
2012-04-05 21:46:41『ニンジャスレイヤー=サン?』『ザザザ……継……私は産業道路をひっきりなしに走るウキヨエ・トレーラーの……違法無線を中継……IRC……ヒトミ=サンがやったように……ザザッ……彼が……電信センター……墳墓から……今、彼と同じように……』45
2012-04-05 21:51:40このとき、まず、ナンシーは「やられた」と率直に思った。この二人には常に、どこか互いに競い合うようなところがあった。戦闘能力では到底ニンジャスレイヤーの足元にも及ばぬ非ニンジャのナンシーであったが、こと探索ミッションに関しては自身が常に上をゆくものと、無意識に決めつけていた。 46
2012-04-05 22:09:41(やれやれ、そうね、探偵)ナンシーは息を吐いた。彼は彼自身のやり方で真実のより近くまで到達し、ナンシーを待っている。今回は彼女の負けだ。(最初は何を言い出すのかと思ったものだけど)『ザザッ……そこから……ザッ……墳墓のセキュリティ・システムに……ザッ……アクセスを……ザザッ』47
2012-04-05 22:19:02