東日本大震災 坂総合病院リハビリ部門の活動報告 まとめ

東日本大震災における坂総合病院リハビリ部門の医療活動の報告を聞いて,備忘録のためにまとめたものです.
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佐々木隆徳(救急医?) @SGH_ER

東日本大震災時の坂総合病院リハビリスタッフの活動報告.震災前からリハビリ部門もマニュアル作成していた.H21より運用開始.搬送訓練やトリアージ学習会も行なっていた. #disaster

2012-04-19 14:17:54
佐々木隆徳(救急医?) @SGH_ER

リハビリ室は従来から黄色エリアとして設定されていたので,震災時は設営作業を実施.他にリハビリ訓練の患者を搬送,緑エリアの支援,メッセンジャーの役割を担っていた. #disaster

2012-04-19 14:18:48
佐々木隆徳(救急医?) @SGH_ER

メッセンジャーは災害時の部門間の情報共有を支える上で大切な役割.トランシーバーや院内PHSを保管する重要なロジスティクスとして活動していた. #disaster

2012-04-19 14:19:38
佐々木隆徳(救急医?) @SGH_ER

患者搬送については事前にマニュアルを作成.黄色エリアの設営もマニュアル化してある. #disaster

2012-04-19 14:20:10
佐々木隆徳(救急医?) @SGH_ER

一方,災害急性期から訪問リハビリも取り組んでいた.震災前は訪問リハビリの利用者に対して,避難場所の確認や指導なども実施していた.これにより家屋修繕や要援護者支援制度の導入,停電時の対応なども行なっていた. #disaster

2012-04-19 14:21:44
佐々木隆徳(救急医?) @SGH_ER

課題は要介護4,5の人が避難するための手段が残っていた. #disaster

2012-04-19 14:22:23
佐々木隆徳(救急医?) @SGH_ER

震災時,リハビリ室の被災は壁や柱の一部倒壊のみで,機能上の問題はなかった.傷病者は一人もいなかった.10分後には設営作業がほぼ終了していた.リハビリ中の患者さんも6人一組を3チーム編成して,各病棟へ搬送した. #disaster

2012-04-19 14:23:28
佐々木隆徳(救急医?) @SGH_ER

トリアージ部門では,黄色エリアの他に,緑,黒,本部などでも支援活動した.この中で,黒エリアでの活動は想定外であった. #disaster

2012-04-19 14:25:41
佐々木隆徳(救急医?) @SGH_ER

震災で初めて2交代勤務(夜勤)を経験した.きっかけは交通整理をしているスタッフが夜に帰宅してしまい,病院前が夜間でも渋滞して救急車が入れなかったため.寒くて30分ごとにスタッフが交代してずっと対応していた. #disaster

2012-04-19 14:26:42
佐々木隆徳(救急医?) @SGH_ER

大きな課題として,勤務表の作成と人員の確保が挙げられる.2交代制だったこと,交通機関の麻痺,ガソリン不足,保育所や学校がやっていない,家族の食料確保が困難なことなど.身体が元気でも仕事にいけない状況であった.. #disaster

2012-04-19 14:27:58
佐々木隆徳(救急医?) @SGH_ER

連続勤務は3-4日まで,夜勤は2日まで.体調や家庭状況を配慮.連休を作るようにした.理由は,1日は家庭の対応(食料確保,片付け),もう一日は休息確保のため. #disaster

2012-04-19 14:28:58
佐々木隆徳(救急医?) @SGH_ER

災害急性期はリハビリ的な仕事は少なかった.一方で入院患者の退院にあたり,リハビリ指導などを求められる場面もあった.そんなときに「あ,リハビリやっていてよかったな」とホットする自分がいた. #disaster

2012-04-19 14:29:48
佐々木隆徳(救急医?) @SGH_ER

災害急性はリハビリ業務は中断していたが,長期化すると入院患者の廃用症候群が進行する.そのため途中からリハビリ業務も再開.時間はあまりかけられなかったので,内容を吟味した.退院先が避難所になることもあり,トイレ訓練なども重点的に実施. #disaster

2012-04-19 14:31:59
佐々木隆徳(救急医?) @SGH_ER

自宅退院時に同行して,家屋調査や指導などを行いながら,退院促進の役割も担っていた. #disaster

2012-04-19 14:32:40
佐々木隆徳(救急医?) @SGH_ER

訪問リハビリ利用者約60名のうち,避難所に避難していたのは約10名のみ.殆どが避難所にいけていなかったのが判明.行政や消防との連携はとれていなかった.自宅被災者への災害急性期からの支援が重要. #disaster

2012-04-19 14:34:31
佐々木隆徳(救急医?) @SGH_ER

ALS患者では,停電ですぐに病院にかけつけたケースもあれば,一晩中BVMで用手的に家族が人工換気していたケースもあった. #disaster

2012-04-19 14:35:15
佐々木隆徳(救急医?) @SGH_ER

震災や津波によって自宅環境が変化したために介助量が増えたケースあり.その結果,寝たきりになったケースも少なくない.ガソリン不足で訪問リハビリは縮小して活動せざるを得なかった. #disaster

2012-04-19 14:36:05
佐々木隆徳(救急医?) @SGH_ER

一方で,周辺地域の避難所にも訪問して,避難所環境の改善,指導などを行った.避難所は人が多く,自分の空間は少なく,動けるスペースが少ないため寝たきりになることが多かった.元気な人はいいが,障害が少しでもあれば非常に過酷な環境であった. #disaster

2012-04-19 14:37:07
佐々木隆徳(救急医?) @SGH_ER

支援での仮設トイレや仮設入浴は,要介護者にとって利用がほとんどできず.障害者の利用も想定した避難所生活を考える必要ある. #disaster

2012-04-19 14:37:49
佐々木隆徳(救急医?) @SGH_ER

近隣のデイサービスが福祉避難所として機能していることが判明.そこへの支援を行ったケースもあり. #disaster

2012-04-19 14:38:58
佐々木隆徳(救急医?) @SGH_ER

多賀城市の避難者数は当初11000人程度いた.65日間,延べ80回の避難所支援をリハビリ部門として実施した.現地では患者,家族と面談してカルテファイルを作成.ダンボールなどで仕切りができていると,リハビリ支援ができないこともあった. #disaster

2012-04-19 14:40:56
佐々木隆徳(救急医?) @SGH_ER

足湯サービスを展開したところ,被災者とのコミュニケーションが生まれやすい環境になり,リハビリ介入に繋げることもできた.足湯は予想以上に効果が大きかった. #disaster

2012-04-19 14:41:45
佐々木隆徳(救急医?) @SGH_ER

うまくいかなかったこともある.支援者のリハに対する視点が様々であった.そのため支援者の統括が重要であることを実感. #disaster

2012-04-19 14:44:00
佐々木隆徳(救急医?) @SGH_ER

全体を見渡すと,要介護者は避難所での生活が困難なため,被災自宅や福祉避難所で生活.しかし避難所に比べて十分な支援がなかった.そのため急性期からの,これらに対する支援介入が必要だと実感. #disaster

2012-04-19 14:44:53
佐々木隆徳(救急医?) @SGH_ER

震災後から宮城県から健康支援事業(リハビリテーション支援事業)が開始している.当院も参加している.昨年末に延べ10回参加,石巻方面へ向かい,トイレや浴室に手すりを設置してきた.積極的に行かないとなかなか玄関を開けてもらえなかった. #disaster

2012-04-19 14:46:52