いわゆる「全能の逆説」について救世軍の山谷少佐のお答え
- nisikawahari
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@makotoyamaya お疲れ様です。質問を1つ。無神論者が「全知全能の神が存在するなら、その神は『全知全能の神が知らない物』または『全知全能の神が持ち上げられない大きさの岩』を作れるか。という疑問が解決できない以上、全知全能の神は存在しない」と言いますが、どう答えますか
2012-04-21 16:02:21@nisikawahari 全能の神は、全能の神である「子」を生みました。子は十字架を担って倒れました。すなわち、十字架を自力では持ち上げることができませんでした。そして死にました。しかし、三日目に復活し、勝利者となりました。ここにおいて、神の全能は担保されていると考えられます。
2012-04-21 20:25:48@nisikawahari 全能の神である「子」は宇宙を創造しました。人となった子は、最高法院で殴られ「おまえを殴ったのは誰か言い当ててみろ」と言われましたが、当てることができませんでした。そして死にました。しかし、三日目に復活し、勝利者となられました。これもまた担保の一例です。
2012-04-21 20:31:29@nisikawahari それゆえ、神が全知全能の神であるためには、神は万物の創造者であり、受肉して人となり、最高法院で殴られ、十字架によろめき倒れ、自ら立ち上がることができず、死んで、しかもなお三日目に復活し、勝利者となられる神。そのような神でなければなりません。
2012-04-21 20:33:47@nisikawahari 全知全能の神は「子」を生みたまい、子は神としてのあり方を捨てて、人のかたちを取り、十字架の死に至るまで「父」の御心に従いとおされました。受肉と十字架において全知全能の神は神の全知全能を放棄したまい、復活において神の全知全能を取り戻しておられます。
2012-04-21 20:37:09@nisikawahari ゆえに結論として、全知全能の神がいたもうとするならば、それは主イエス・キリストとその父なる神、また、父と子の愛の交わりとしての聖霊でいたまわなければなりません。栄光が三位一体の神に、いまも、のちも、とこしえまでも、世々限りなくありますように。アーメン
2012-04-21 20:39:25以上は@nisikawahari 「無神論者が「全知全能の神が存在するなら、その神は『全知全能の神が知らない物』または『全知全能の神が持ち上げられない大きさの岩』を作れるか。という疑問が解決できない以上、全知全能の神は存在しない」と言いますが、どう答えますか」に対するものです。
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