2012年5月13日

生物文明 虫の利用2・蚕

生物文明シリーズです。今回はカイコ。インターネット上の豊富な画像・動画資料とともにまとめていきます。絹製品は昔も今も稀少な高級品だけど扱いにくいということ、研究が進められ新規用途も模索されているものの、イノベーションの効果は限定的だということなどです。
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メテオラシャワー @meteor_showr2

今日は生物文明シリーズの続きを書いていこうと思います。虫の利用ということで前回は蜂をやりました。http://t.co/KXLj4rO3 今回は蚕(かいこ)をやります。

2012-05-13 11:42:58
メテオラシャワー @meteor_showr2

"カイコは、野生回帰能力を完全に失った唯一の家畜化動物として知られ、人間による管理なしでは生育することができない" カイコ - Wikipedia http://t.co/AIeq5lfS

2012-05-13 11:47:25
メテオラシャワー @meteor_showr2

"カイコは中国大陸北部で発生したとされ、カイコの祖先は東アジアに生息するクワコ (Bombyx mandarina) であると考えられている" カイコ - Wikipedia http://t.co/fdB6jjd2

2012-05-13 11:48:41
メテオラシャワー @meteor_showr2

約4700年前のものである中国の銭山漾(せんざんよう)遺跡から絹織物が出土している。これが世界最古の絹利用の証拠。衣類の中では、毛皮、植物性繊維の織物よりも後発の技術。http://t.co/d7DDCyxF

2012-05-13 12:07:18
メテオラシャワー @meteor_showr2

絹織物はその美しさが重宝されてきた。綺麗という言葉は絹織物を意味する「綺」が風にそよぎ、光沢が鹿の群れ(「麗」)のように動くさまを表したものなんだとか。http://t.co/vBpNuda8

2012-05-13 12:13:09
メテオラシャワー @meteor_showr2

"絹は中国から陸路でも海路でもインド、ペルシャ方面に輸出されていた。これがシルクロード(絹の道)の始まりである。" 絹 - Wikipedia http://t.co/Cf46euC2

2012-05-13 12:34:50
メテオラシャワー @meteor_showr2

まゆ玉は一本約1000メートルの糸からできている。これを茹でてほぐし、繊維を引っ張って巻きとっていく。 Silk thread-making. 絹糸作り(製糸) - YouTube http://t.co/Dm1YAveJ

2012-05-13 12:54:03
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メテオラシャワー @meteor_showr2

シンプルに繰っただけのものを生糸、膠成分であるセリシンを灰汁などアルカリで除いたものを練糸と呼ぶ。

2012-05-13 12:57:02
メテオラシャワー @meteor_showr2

カイコは5齢で繭糸を吐く。絹糸腺に貯められた液状絹が吐糸管を通って固まり、吐糸口から吐き出される。

2012-05-13 16:47:36
メテオラシャワー @meteor_showr2

蚕の繭糸は繊維成分のフィブロイン2本と、それらを接着する膠成分のセリシンからなる。どちらもタンパク質。

2012-05-13 14:38:18
メテオラシャワー @meteor_showr2

フィブロインの横断面は三角形。これが光沢を生み出す。

2012-05-13 15:01:43
メテオラシャワー @meteor_showr2

蚕は桑の葉を偏食する。桑葉の萎縮病などが大発生すると養蚕業も打撃を受ける。

2012-05-13 14:50:56
メテオラシャワー @meteor_showr2

養蚕技術発達史(養蚕の歴史)/カイコ,マユ,クワ,シルク,蛹,繭,桑,絹 http://t.co/AlfmZWtI

2012-05-13 15:12:08
メテオラシャワー @meteor_showr2

日本の養蚕が本格化したのは江戸時代。鎖国が終わり開港、明治維新と西洋との貿易路が拡大するにつれ、養蚕業と絹は外貨獲得の手段として重視された。 養蚕業 - Wikipedia http://t.co/1pAzyv0W

2012-05-13 15:24:34
メテオラシャワー @meteor_showr2

西洋でも養蚕は行われていたが、カイコの微粒子病が大流行したため、日本(当時幕末)からフランスやイタリアへ卵が輸出されたり、アメリカでブームになった婦人長靴下用として生糸が製造された。

2012-05-13 15:35:22
メテオラシャワー @meteor_showr2

日本の養蚕の最興隆期は大正から昭和初期にかけて。一時は農家の40%が養蚕を行い、全畑地の1/4が桑畑、製糸工場は1200以上、従業員は53万人という状況に。また、輸出総額の半分以上を生糸・絹織物が占めた。

2012-05-13 15:45:28
メテオラシャワー @meteor_showr2

"外貨獲得に大きな役割を果たし、日本の近代化と富国強兵に寄与した。" もっとくわしく|養蚕とは http://t.co/TGYSCxKy

2012-05-13 15:45:50
メテオラシャワー @meteor_showr2

国の絹輸出は第二次大戦を機に転換する。代替品としてアメリカでナイロンなどの化学繊維が発明され、それらに市場を奪われてしまった。日本の農家も養蚕ではなく食料生産に専念せざるをえなくなった。

2012-05-13 15:50:53
メテオラシャワー @meteor_showr2

戦後初期には国内で和服の需要が高まり、養蚕もいくらか活気を取り戻した。しかし、現在は和装も減り、海外との価格競争に負けたことなどから低迷している。

2012-05-13 15:53:35
メテオラシャワー @meteor_showr2

10コのまゆ糸を合わせて一本の糸にしている。 蘇州シルク工場1 - YouTube http://t.co/uuyOLzk1

2012-05-13 16:09:59
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