『ネクストソサエティ』(ドラッカー)の教育を考える

ドラッカーの指摘の通り知識社会化が加速している。 その中では教育のあり方も変化していくべき。
教育 総合 知識社会 ドラッカー ゆとり IT 瀧本哲史 学習
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Jmatsu @JMAT710
知識社会の到来。知識労働者は組織と同格、自立した存在。知識は急速に陳腐化する→継続教育必要。知識は相続できない、また共有される→上方移動が容易→激烈な競争→癒しの場必要...『ネクスト・ソサエティ』ドラッカー 読みなう。10年前の本だけど十分に新しい。自分が古いからかw
Jmatsu @JMAT710
「先進社会では、農民は数を減らすほど団結し、利益集団として不釣り合いともいうべき発言力をもった。」団結すれば発言力は高まる、多様化し個々人がバラバラになるほど団結する集団の発揮する力は増す。団結の外にいる人間にとっては心地良い状態ではない。
Jmatsu @JMAT710
「保護主義は、経済的な利害と政治的な力学に加え、情緒的な郷愁と偏狭な愛国心によって勢力を伸ばす。」だが「成熟産業に対する保護は無効(農業を見よ)」→「一時解雇された高年者を助け、若年層を再教育し再雇用」することに金を使うべき、と。
Jmatsu @JMAT710
その教育も従来の製造業がメインだった時代に合わせたものではなく、知識社会の中で生き抜くための教育であるべきだな。総合的教育もこの文脈から再評価すべき。情報や知識を如何に得て、処理して、発信・発揮するか。それを学ぶことに重心を置かないと。
Jmatsu @JMAT710
本当に何をどうやって学ぶべきか を判断するのが難しい時代。偏差値を高めるのも依然として重要。←「大学は人と情報の集まる見晴らしの良いハブ」「準拠集団がどこになるかは人生の可能性を考える上でとても大切」(瀧本哲史氏)だが、僕が中高で受けた教育では情報社会を生きるには足りない。
Jmatsu @JMAT710
中高では知識の詰め込み、大学で知識の使いこなしをするのも一つだが、知識の詰め込みの段階で(退屈故に)脱落することが多いと思われる。中高生のうちにアウトプットを意識する仕組みづくりをしたい。目的なく(大学に入りたいは直接的目的ではない)知識を得るのはなかなかしんどい。
Jmatsu @JMAT710
ゆとり教育って揶揄されがちだけど,総合的学習が小中高生のうちからできてたってのは本当にうらやましい。知識社会に総合的教育はマッチしていると思うのよ。

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