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Leethoo_Tat
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閉塞状況っていうか、このところツイッター上のネタ(テンプレネタとか)でも重圧の魔みたいな感情を押圧するようなのがしつこくRTされてきたりするんだけど、こないだのロバさんのパロディだけはそうやって押圧された感情をバネのように弛緩してくれるような笑いだった、という個人的笑い体験。
2012-06-01 23:21:22![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
@ikoishy 存在の話になると、テレビのお笑い史を総ざらいしないと断言できないです。ただ、視線の強さは、テレビに対するクレームが一般化した後の話なので、80年代以降に限定しても数えるほどしかいないと思います。視線の強さを逆手に取るのって、かなりの才能が必要だと思うんですよ。
2012-06-01 23:25:46![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
@wak ええ。相当の才能、それも高い知性とセンスに裏打ちされた才能が必要だと思います。ちょっとわからないのですが、視線の強さはクレームの強さや多さによって計られるということでしょうか?
2012-06-01 23:29:47![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
@ikoishy 昨今のイギリスのお笑いについて詳しくないんですが、サーシャ・バロン・コーエンのようなタイプのコメディアンは、イギリスでは一般的なんですか?
2012-06-01 23:42:20![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
@wak なるほど。では、視線の強さに対抗し得ないのは、その圧倒的な強さが故なんでしょうか? それとも、視線の強さに対抗できる価値の不在ということでしょうか?
2012-06-01 23:42:43![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
@wak サシャバロンコーエンどの要素をもって一般的とするかですが、そうですね、例えば「特定の社会的階層やそこに根ざす価値観を揶揄するタイプの笑い」というものでしたら、イギリスにはけっこうあると思います。
2012-06-01 23:45:03![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
@ikoishy 圧倒的な強さと、それを扱うスキルを持つ芸人の少なさが原因だと思います。クレームが強いほど、芸人の笑いに取り込まれてしまうのは、たけしの笑いによくあると思います。あと、対抗できる価値があったとしても、それをクレーマーが聞くのか分かりません。
2012-06-01 23:50:42![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
@wak なるほど。よくわかります。ただそもそもニーズがあるのかは気になりますよね。正確に言えば、そういう強さとスキルを兼ね備えた芸人が出てきたら、それを受け入れ、賞賛する感受性が少なからぬ視聴者にあるのかということになります。
2012-06-01 23:53:55![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
@wak ちなみにクレーマーが「対抗できる価値」を聞かないという問題は大したことないと思います。というのも、そもそもそのような笑いは、笑われる特定の層には、絶対受け入れ不可能でありざるを得ないからです。誰も傷つかない優しい笑いではないということです。
2012-06-01 23:57:31![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
@ikoishy あ、ちょっと曖昧でした。「特定の層や価値観を揶揄した後、それい対する反応も笑いの対象にするコメディアン」は、イギリスで一般的なのか知りたくて。『ボラット』はモキュメンタリーなので、揶揄に接した人も映してしまう。そこがスケッチと違う点なのかなと。
2012-06-01 23:58:38![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
@ikoishy あ、なるほど。確かにそうですね。揶揄を受けた人も含めて対象とする笑いを受け入れられるのは、普段から、自分も含めて客観的に見る経験を積んだ人なんじゃないかなと思います。
2012-06-02 00:03:16![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
@wak はい。実は僕もそう思うんですよ。何でもすぐ「オマエモナー」に回収してしまう自己を中心にしてしか全体性を把握できない、論理性や他者性、自己反省を欠いた日本の空気では成り立たない。そしてそれがそのまま閉塞感に繋がっている。
2012-06-02 00:07:34![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
@ikoishy ああ、なるほど。個人的には、他者性も自己反省も欠いた人や、他者性は欠いてるけど自己反省だけある人が増えて、閉塞感に繋がっている印象を持ってます。
2012-06-02 00:14:23![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
昨今の生活保護の件も、他者性を欠いたために失敗したトリックスターという印象を受けるんだよな。聖域を取り崩すという意味では似てるけど、自分と他者を公平に見る視点が欠けているため、暴力性だけむき出しになり、笑いすら枯れた笑いという印象がある。
2012-06-02 00:17:23![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
@wak 丁寧に小骨まで取り除いた優しい笑い、それは必然的に自己卑下や仲間受けの笑いになってしまうわけで、それはそれで良いものですが、そればかりが蔓延る状況は、ヴァルネラビリティと地続きで、「絶対安全」の原発や、モンペを産み出す土壌と同じものから発生すんじゃないかな、と。
2012-06-02 00:20:27![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
@ikoishy 誰も傷つかない優しい笑いには、誰も対象にしない笑いと、誰かを対象にした上で傷つけない笑いの二つがあるかなと。前者は、『饅頭怖い』とか。後者が、あいこいさんの仰ってる笑いですね。同じ土壌から発生するっていうのは、分かります。
2012-06-02 00:26:37![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
@ikoishy ちょっと絶望的な気分になってきたけど、自己卑下や仲間受けの笑いばかりが流行る場合、それを是正するための対策ってあるんですかね。
2012-06-02 00:27:34