茂木健一郎(@kenichiromogi)さんの連続ツイート第618回「電車で靴を脱いで窓に向かって座る、子どもたちがいた風景」

脳科学者・茂木健一郎さんの6月8日の連続ツイート。 本日は、昨日、なんとなく思い出していたことについて。
6
茂木健一郎 @kenichiromogi

しゅりんくっ。ぷれいりーどっぐくん、おはよう!

2012-06-08 06:32:36
茂木健一郎 @kenichiromogi

連続ツイート第618回をお届けします。文章は、その場で即興で書いています。本日は、昨日、なんとなく思い出していたことについて。

2012-06-08 07:31:03
茂木健一郎 @kenichiromogi

でこ(1)子どもの頃、電車に乗ると、必ずといって良いほど自分でもやっていたし、他の子もやっているのを見た景色があった。窓際の座席に、外を向いて座るのである。夢中で座っていると、大人が、靴を脱ぎなさい、そうでないと座席がよごれるでしょう、とたしなめる。

2012-06-08 07:32:25
茂木健一郎 @kenichiromogi

でこ(2)時には、兄弟で座っている子どもたちもいた。座席の前にちょこんと靴が並んで置かれている。子どもたちは外を見るのに夢中で、靴下をはいた足が、ぴょんぴょんとはねるようにならんでいる。そんな光景の中に私自身もいたし、他の子どもたちもいたように思う。

2012-06-08 07:33:48
茂木健一郎 @kenichiromogi

でこ(3)子どもは、「好奇心」に満ちた存在である。なにしろ世界のさまざまが物珍しいので、目を輝かせて見ている。好奇心を満足させるためには、なりふりなどかまってはいられない。他人の存在など関係なく、とにかくキラキラと外を眺めている。好奇心には、生を浄化させる作用がある。

2012-06-08 07:35:40
茂木健一郎 @kenichiromogi

でこ(4)好奇心が充たされないと、退屈になる。だから、子どもの退屈の強度はそれだけ強い。「あ〜つまらないな」「なにかおもしろいことないかな」とつぶやいた経験は誰にでもあるはずだ。退屈は、それだけ好奇心を満たす対象を求めることが強いということであり、欲望の強度の表れである。

2012-06-08 07:37:00
茂木健一郎 @kenichiromogi

でこ(5)大人になると、さまざまなことを知ってしまうから、次第に好奇心を失っていく。退屈する能力も失い、退屈にすら気づかないこともある。新しいものに目をキラキラすることを忘れた大人は、いわば、慢性退屈症にかかっている。退屈が空気のようなものになって、当たり前だと思ってしまうのだ。

2012-06-08 07:38:22
茂木健一郎 @kenichiromogi

でこ(6)何人かの大人が、それでも、好奇心を持ち続ける。「奇跡のりんご」の木村秋則さんでびっくりしたことがある。木村さんの地元、弘前で会があった。壇上に私がいて、目の前で有志がマジックをやってくださった。木村さんは客席の最前列にいて、私と、そのマジックを見ていた。

2012-06-08 07:39:52
茂木健一郎 @kenichiromogi

でこ(7)そしたら、本当に驚いた。マジシャンの手元を見る木村秋則さんは、口をあんぐりと開けて、目を輝かせて、もう夢中になってしまっている。木村さんは歯が一本もないが、その表情は5歳児そのもので、大人でこんな顔をする人は見たことがないと、震撼し、そして感動したのだった。

2012-06-08 07:41:04
茂木健一郎 @kenichiromogi

でこ(8)「奇跡のりんご」が誕生するに当たっては、好奇心がどうしても必要だったろう。りんごに着く虫はどんなものか、土はどんなものがいいのか。一度は死を覚悟するところまで追い詰められた木村秋則さん。前に進むエネルギー源の一部は、好奇心から来ていたのだろう。

2012-06-08 07:42:38
茂木健一郎 @kenichiromogi

でこ(9)大人になると、電車に乗っても、外を見ずに仕事をしたり、眠ってしまうことも多い。靴を脱いで、窓に向かって座っていたあの子どもの頃の灼熱の好奇心。自分がその風景の中にいるのも、誰かがその風景の中にあるのを見るのも、すがすがしく、人生の停滞を吹き飛ばすさわやかな風となる。

2012-06-08 07:44:38
茂木健一郎 @kenichiromogi

以上、連続ツイート第618回「電車で靴を脱いで窓に向かって座る、子どもたちがいた風景」でした。

2012-06-08 07:45:19