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茂木健一郎 @kenichiromogi
しゅりんくっ! ぷれいりーどっぐくん、おはよう!
茂木健一郎 @kenichiromogi
連続ツイート第620回をお届けします。文章は、その場で即興で書いています。本日は、昨日の連続ツイートへのみなさんの反応を読み、改めて。
茂木健一郎 @kenichiromogi
かわ(1)明治維新は、世界史でもまれに見る改革の成功例であったから、日本人が繰り返し振り返るのは当然だろう。その担い手になったのが、薩摩と長州の志士たち。なぜ、彼らが改革を進めることになったのか、ということについて、私なりの仮説がある。
茂木健一郎 @kenichiromogi
かわ(2)それは、薩摩も長州も、「負け組」だったということ。闘いを挑んで、完膚無きまでに粉砕された。何も、国内の権力争いにおいてではない。当時の世界で、植民地獲得競争を繰り広げていた、西洋列強との闘いを経験し、その実力を痛感したのである。そのような意味での「負け組」だった。
茂木健一郎 @kenichiromogi
かわ(3)薩摩は、薩英戦争によって、英国のアームストロング砲などの最新の科学技術の威力を思い知った。砲撃によって、鹿児島市内が火の海になり、大きな被害を受けた。その後、薩摩は、西洋列強の最新技術から学ばなければ危うい、と危機感を強めるようになる。
茂木健一郎 @kenichiromogi
かわ(4)長州藩も、イギリス、フランス、オランダ、アメリカとの間に「下関戦争」を経験して、大きな被害を受けた。長州藩は、それまで「攘夷」に傾いていたが、列強の実力を知り、一転して西洋の技術に学んで、近代化へと走ることになる。完膚無きまでに負けたからこそ、方針を転換できたのである。
茂木健一郎 @kenichiromogi
かわ(5)薩摩も長州も、当時の最先端の文明や技術に触れ、我彼の実力差を肌で知ることによって、近代化へと疾走することになった。一方、江戸幕府の動きは鈍かった。危機は共有しつつも、二百数十年間積み上げた権力機構の中に安住して、本当にお尻に火がついていなかったのである。
茂木健一郎 @kenichiromogi
かわ(6)現代の日本も、同じことであろう。大企業、大学、官庁、メディアなど、戦後の日本で数十年にわたって積み上げられた成功体験と権力機構の中にいる人たちが、観念としては「危機」を理解できても、本当に自ら動くはずがない。明日の自分たちの生存が危うい、と思わない限り、人間は動かぬ。
茂木健一郎 @kenichiromogi
かわ(7)ここ二十年を見れば、日本の「負け」は明らかである。グローバリズムと、インターネットという二つの文明の波に、日本のメディアも、統治機構も、教育も、産業も適応出来ていない。しかし、その危機をどれくらい肌で感じているかは、人によって違うだろう。
茂木健一郎 @kenichiromogi
かわ(8)アップルやグーグルといった企業の成功の本質を理解している者、偶有性に基づくネット文化の破壊力を感じている者、世界的な能力の大競争を目の当たりにしている者、シンガポールや上海、香港の沸き立つ空気を知っている者、そのような「負け組」の中から、改革者が出てくるしかない。
茂木健一郎 @kenichiromogi
かわ(9)現代日本の文脈に守られた「幕府」に改革が担えるはずがない。現代文明の最先端に果敢に勝負を挑んで、完膚無きまでに打ちのめされた負け組だけが、日本を変えることができる。だからこそ、志ある者は、果敢に勝負を挑んで欲しい。そして徹底的に負けるがいい。そこから、疾走は始まる。
茂木健一郎 @kenichiromogi
以上、連続ツイート620回「改革は、私やあなたが負けることから始まる」でした。

コメント

1 @akenomyoujo 2012年6月10日
今までと逆を目指せば間違いないわけだ。天才バカボンみたいなのだ。
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