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trickenさん、語る、語る

@trickenの修論をベースに。
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tricken @tricken
村上春樹の文学がどうも最近多くの人にうすっぺらく感じてしまわれる原因の一つには、みんな村上春樹が考えてるほど「身体と向き合う」ってことについてそんなに面白みを感じてないからだと思うよ。
tricken @tricken
内田樹さんがあんなに村上春樹シンパなことを自分は(その議論にあまり興味はないけど)よく理解できて、それは彼が合気道の師範になれる程度には身体に適応する面白さというリテラシーを持っているからです。だから『下流志向』で徒弟制度を、なんて素朴なことを言っちゃうのは問題なんだけど。
tricken @tricken
僕は身体に適応する面白さをよく知ってるから、『1Q84』の青豆さんの描写には痺れるし、村上春樹の肉体の書き方はもうあれは信念の域に達していると思う。「身体を確かめる」ってことに現代的意味を求めてる。でも僕は、それに個人的共感を覚えながら「みんなに押し付けるのは無理だろ」って思う。
tricken @tricken
だから、身体論というリテラシーを持ってる人間の『1Q84』受容と、そうでない人の受容の差というのはあると思ってる。身体に関心がない人が適応対象として求められるのは観念やら人工物の世界で、それってあんまり現代的に面白いものって(ある程度教養がないと)見いだしにくい。いやな時代。
tricken @tricken
たしかにー。肯定否定以前にそれはある。 RT @nnnnnnnnnnn: それ以前にまず、村上春樹が自ら演出している「うすっぺらさ」をベタに受け取るだけで、その「演出の理由」に気付かないとか認められないということのほうが、現象としては多く発生しているのではないでしょうか。
tricken @tricken
「注意のカーソルが身体に向く」「それを言葉にできる」って能力がもたらす善さみたいなものを、善くも悪くも村上春樹は肯定してると思いますね。 RT @nnnnnnnnnnn: 僕が指摘した現象の理由として、やはり身体論のリテラシーがあるような気もしてきました。
tricken @tricken
実は『海辺のカフカ』がイマイチだと思われてる理由もそこ。RT @allgreen: RT @tricken 村上春樹の文学がどうも最近多くの人にうすっぺらく感じてしまわれる原因の一つには、みんな村上春樹が考えてるほど「身体と向き合う」ってことについてそんなに面白みを感じてないから
tricken @tricken
海辺のカフカがやったことって、「35歳のオッサンが身体鍛えててもしょうがないから15歳の少年にもその善さを知ってもらいたい」っていうような含意があるようにも取れる。でも15歳の少年には、観念の世界に浸りたい子もたくさんいるでしょう。
tricken @tricken
だから @kazuyo_k さんや @hazuma さんが考えている「35歳問題」だけじゃなく、村上春樹は海辺のカフカで「15歳問題」とでも言うべき何かを考えていて、でもそれは「ある程度大人になっていて/身体論的なリテラシーを文学に読み込むことに関心がない人」には響かない。
@Lie_Lay_Land
@tricken 了解です。そうですね、ルールを助けにすることで伝えるための位置づけを情報により正確に与えられますね。「必要」をより的確にあぶり出せますし。 JSRStyleを受け入れて、というのはそれを受け入れていくつもの文を書き、徐々に構成を発展させていかれたのですか?
tricken @tricken
西垣通の〈存在拘束性〉、チクセントミハイの〈フロー〉、コスターの〈チャンク〉、ゴフマンの〈フレーム〉、グッドマンの〈ヴァージョン〉、ミードの〈me〉、パースの〈信頼〉、ブルデューの〈ハビトゥス〉、レッシグの〈制度〉。これらは全部、「難(可)塑性」とでもいうべきものの推移を問う。
tricken @tricken
だから僕は再帰性そのものにはあんまり興味がなくて、「エフェメラリティが前景化してしまう再帰的近代において、それでも〈プラクティス〉を実現できちゃうわれわれの日常的なルールデザイン=再編の知ってなんなのよ?」ってことなんですよね。このポストが僕の今後の課題のすべて。
@Lie_Lay_Land
@tricken ありがとう。これは書くにあたって参考とした文献の表、という受け取りでいいですか?
tricken @tricken
@Lie_Lay_Land すべてじゃないですけどね。アンカーしてるところです。そしてこれは全部、同じルールで書いてます。
tricken @tricken
ニコニコ動画が面白いのは、べつにそこにボカロ東方アイマスがあるからじゃない。ソワカちゃんがあるからだ。——じゃなくて。この適応対象が見いだし得ない世界で、「思わずRTSしちゃうような適応対象=アーキテクチャを提供しているから」(濱野智史 GDC2008の主張)ってことですよ。
tricken @tricken
そしてそれは、文学的面白さがコンテンツとしてなくても、べつに成立し得てしまうような種類の面白みなんですね。しかし、そのうちMMDとかが「伝統芸能化」してしまう将来はありえて、その時MMD文化の人たちは後続のアーキテクチャを「作品として劣悪」と言ってしまうだろう。それはお題違い。
tricken @tricken
あーーーミクロ社会学にこだわりつづけてよかった!!
tricken @tricken
そんなに変わるわけではないけど、そう思い込むと大変なことになる。だから憲法学者のレッシグは〈アーキテクチャ〉の可塑性を隠ぺいする権力について論じたんですよ。RT @nnnnnnnnnnn: 難塑性という視点はかなり面白いですね。
tricken @tricken
簡単ですよ。荻窪のアシュタンガヨガ教室で、3300円払って90分間いじめぬかれただけですw 僕は合気道経験者なので、それでもなんとかできるんです。 RT @takamatti: @tricken トリックンさんは、ヨガをどのようにして学ばれたのですか。
tricken @tricken
基礎教室3300円(レンタルマット含む)と自前のヨガマット3000円で、基本的なこと全部そろってしまうアシュタンガヨガはけっこうよい。
tricken @tricken
といっても僕はスリヤナマスカラAでずっとぐるぐる回ってるだけで、プライマリ全部回せないから「やっている」うちにも入らないけど。まずは身体作り。首回りの凝りはこれでずいぶんとよくなりました。
tricken @tricken
可塑性、非可塑性、そして社会的に構築される制度という難塑性。可塑性と非可塑性はわかりやすいが、この難塑性は、西垣通の〈存在拘束性〉という概念と、レッシグのアーキテクチャ批判を経由して考えていかないと非常に分かりにくい。
tricken @tricken
ウェブサービスは、難塑性をもつメディア環境を提供するのであって、非可塑的な権力を押し付けることに完全に成功することはありえないのですよ。なぜなら人間がそれをつくっている以上、いじる技術はあるからです。
tricken @tricken
つまり、言語だけではどうにもちんぷんかんぷんだった「デザイン実践/批評言語/デザイン言語」の三区分が、デザイン言語にいろんなステークホルダが建築の専門知識なくても全員関与できるような共通の土台を築けば、けっこうスピーディに話はつくってことです。
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コメント

高良むつみ @t_mutsumin 2010年1月16日
.@klov さまの纏めたリストに追加しました。
tricken @tricken 2010年1月16日
じゃ、もちぺったん。(とでこれーと)
tricken @tricken 2010年1月16日
2010-01-14 10:36:47のところ、〈I〉じゃなくて〈me〉だな。〈me〉が社会習慣的なわたし、〈I〉が反省的なわたし、と僕は捉えている。
tricken @tricken 2010年5月9日
デコレーション減らしてみた。
tricken @tricken 2010年5月9日
本人です。05月上旬段階で冗長なところを削りました。(そもそも、1tweetごとの連関などあってないようなものですが、「こらアホだなあ」と思う部分は削った)。 修論終了前後の熱狂に駆られた当時のアイディアメモのようなものなので、論文的な構築的知とは真逆のものしかありません。くれぐれも期待しないで読んでくださいね。