〔AR〕その10
「つ、つまり……文通、ということでしょうか」 阿求にとっては願ったり叶ったりだった。かねてより憧れを抱いていた作家に、ダイレクトなアプローチをかけられるというのは、ファン冥利に尽きる。 「それはもう……こちらからお願いしたいくらいでしたよ!」
2012-08-25 22:20:26>バイオネットの機能上、頻繁なお手紙のやりとりはできないとは思いますが、なにとぞ、よろしくお願いいたします。 >それでは、簡素な返事となりましたが、今回はこれにて失礼します。 >敬具
2012-08-25 22:24:29「うわ、うわ、うわぁ……どうしよぉ……」 手紙を読み終わった阿求は、言葉とは裏腹に、心底嬉しそうな顔をして見せた。 「どうしよ、なんてお返事書けばいいかなぁ、まずはなにから聞けばいいか、うふ、うふふ、困っちゃうなぁ……」
2012-08-25 22:28:57他人から見れば、逆に心配になってくるような気色満点の笑顔である。別に、阿求が日常的に感情表現が乏しいから、というわけでもないのだが(むしろ直球気味である)。
2012-08-25 22:29:15「すぐに書かないと……ああでも、勢いで出したら、拙い文言になるし、返事をせっついてるようではしたないかな……うん、とりあえず、一日くらいおいて出そう、うん」 無意識でたぐり寄せた紙にぐりぐりと無意味な落書きをしつつ、阿求は至福の心地に浸っていた。
2012-08-25 22:31:27阿求が『Surplus R』に寄せる憧憬は、半ば信仰にも近いレベルだった。そこには打算が働く余地はなく、純粋に彼方の存在へ応えたいとする意志があった。 そして、もう一つ沸き上がってくるのは、『Surplus R』を知りたいと願う感情である。
2012-08-25 22:34:44もとより、手紙を送ったのは、『Surplus R』からのリアクションを期待してのことだった。それが実現した今、次のステップとして、相手がどのような人物であるのか(妖怪の可能性もあるが)知っていくことだ。
2012-08-25 22:38:46ふと、そこで、阿求はいつかの慧音との会話を思い出す。思い出すというのは比喩表現で、正確には意識を向けるといったほうが彼女にとっては正しい。 「慧音先生はあのとき、何か含みを持たせていたけれど、どういうことだったのだろう」
2012-08-25 22:45:44寺子屋で『Surplus R』について話したとき、慧音はどこか阿求の探求心を窘めるような調子だった。その理由がなんなのか、今でも阿求はよくわかっていない。
2012-08-25 22:46:09ただ、『Surplus R』が匿名でバイオネットを利用しているのに、なんらかの事情があるということは、勿論阿求もわきまえている。今後手紙のやりとりの中で、素性に肉薄するような情報を、相手は避けてくるかもしれない。
2012-08-25 22:46:19一方の阿求が、なぜペンネームを用いて手紙を送ったのかと言えば、それは「相手が匿名を使っているのだから自分も同じようにしよう」という程度の考えだった。ちょっとしたいたずら心といえるような些細な理由だ。あえて素性を隠すような物言いも、その延長にすぎない。
2012-08-25 22:53:17よって、阿求は自分の素性がばれることについて危機感をもっていなかった。故におそらく、今後の文通では、特別断りをいれることなく日常的な話を出していくことになるだろう。さすがに、あからさまに個人を特定されるようなことは控えるつもりだが。
2012-08-25 23:01:06いやー、でも楽しみだなー、なんか秘密の暗号をやりとりするみたいで」 喉が渇いてきたので紅茶を淹れるか、と思って時計を見ると、そろそろ、昼食の支度ができていそうな頃合いだった。
2012-08-25 23:03:00「ふむ、それじゃあ部屋に茶器だけ運んでおいて、お昼の後に淹れることにしようっと。ふんふんふ~ん♪」 鼻歌の響くまま、色々と楽しい想像を膨らむだけ膨らませつつ、阿求は席を立った。
2012-08-25 23:03:32