〔AR〕その7

東方プロジェクト二次創作SSのtwitter連載分をまとめたログです。 リアルタイム連載後に随時追加されていきます。 著者:蝙蝠外套(batcloak) 前:その5(http://togetter.com/li/325450) 続きを読む
1
BIONET @BIONET_

西から東へ、茜色から藍色に至るグラデーションが空を流れる刻限。 ――『お嬢ちゃんは、魔法が好きかしら』

2012-07-13 23:00:54
BIONET @BIONET_

そう書かれたページの片隅に、暖かい水滴がこぼれ落ちた。 「う……うううぅぅ……」

2012-07-13 23:01:58
BIONET @BIONET_

書見台に向かい、紙の束の文章を書かれていた阿求は、堪えようのない涙を溢れさせていた。視界はもう数ページ前からぐちゃぐちゃだ。

2012-07-13 23:07:11
BIONET @BIONET_

しかし阿求は涙を拭うこともせず、しめやかに、残された最後のページまでを読み切った。物語の締めくくりだ。それはとある魔法使い二人と、その二人を取り巻く者達の、暖かい箱庭の物語だった。

2012-07-13 23:07:20
BIONET @BIONET_

書見台に紙の束を置いた阿求は、既に号泣状態であったのにも関わらず、さらに堰を切ったように、一層の感涙を迸らせた。 「うううぅぅ……なんて、なんて綺麗なお話なんでしょう……」 着物の袖口で目元を抑えながら、阿求の嗚咽は止まらない。

2012-07-13 23:10:05
BIONET @BIONET_

阿求は今日も一日『Surplus R』の小説を読みふけっていたのだった。 『Surplus R』は、バイオネット上に幾つかの創作小説を発表していた。そのジャンルは幅広く、絵本のような御伽噺から、冒険活劇、ミステリ、サスペンス、ホラーに至るまでカバーしている。

2012-07-13 23:11:59
BIONET @BIONET_

多様なジャンルの作品に共通する作風として、丁寧かつ緻密な心理描写と読者の感情を揺さぶる巧みな構成がある。それは時に、文字がナイフとなって心の傷を抉り出してくるのかと思えるほど、的確かつ苛烈であり、間違いなく読了には気力を要する。

2012-07-13 23:13:44
BIONET @BIONET_

故に、阿求は『Surplus R』の作品の虜となっていた。魂を剥ぎ取られたかと錯覚するほどゾッとする奇譚もあれば、今の阿求のように感情を制御できなくなるほど泣かせてくる物語もある。あらゆるタイプの作品で、確かに心へと訴えかけるものを出してくるその筆力に、阿求は敬服すらしていた。

2012-07-13 23:14:59
BIONET @BIONET_

阿求も生業として、宿業として筆を執る者である。しかし彼女が書くのは、あくまで事実を、真実を伝搬するために記される言葉だ。喜ばせたり楽しませたりするものではなく、突き詰めれば損得のために成立させねばならない。

2012-07-13 23:15:53
BIONET @BIONET_

文脈に筆者の感情が介入することは避けなければならないし、そうなるよう感情を廃するよう努めてきた……と阿求は自分では思っていた

2012-07-13 23:15:57
BIONET @BIONET_

だからこそ阿求は、フィクション――言ってしまえば「事実でも真実でもない」言葉でもって心を動かす『Surplus R』に強い関心を抱いた。それはまさに自分にとって対極の存在であった。

2012-07-13 23:17:25
BIONET @BIONET_

無論、阿求はこれまで、フィクションに触れていなかったとか、心を打たれたことがなかったということはない。むしろ、始祖の古事記暗誦に始まり、九度打ち出された幻想郷縁起にいたるまで、常人よりも遥かに多くの物語と出会ってきたはずだ。物語を読むという行為が衝撃的だったわけではないだろう。

2012-07-13 23:19:09
BIONET @BIONET_

そこで、では何故自分はこんなにも揺さぶられているのか、と阿求は自問自答する。『Surplus R』の作品がが自分にとって素晴らしいものだったのは間違いないが、それだけではない。きっとそれだけには至らない答えがあるような、気がしてならなかった。

2012-07-13 23:19:22
BIONET @BIONET_

とまれ、物語を読了し、その余韻に浸る阿求の頭の中は、そういった目まぐるしい思考の輪廻によって、涙に曇った視界よりもさらにぐちゃぐちゃとなっていたのだった。

2012-07-13 23:20:41
BIONET @BIONET_

「阿求様、お客様がお見えで……ど、どうされました!?」 そんなわけで、女中が要件を伝えに来たとき、阿求は咄嗟に自分の様態を取り繕うこともできなかった。

2012-07-13 23:21:02
BIONET @BIONET_

「もう夜も近いというのにすまないね、日中時間が取れなかったのよ」 客間にて、阿求と客人は卓袱台を挟んで向かい合った。 「で、何か、随分慌ただしかったようだけれど、大丈夫かしら?」 「い、いえ……何でもありません」

2012-07-13 23:24:24
BIONET @BIONET_

赤く腫れぼったい目の阿求は、その赤みと同じくらい頬を羞恥で染めていた。内心はある程度落ち着きを取り戻したのだが、未だ顔は上気したままだ。 「それにしても、藍さんがお出でになるのは珍しいですね」

2012-07-13 23:24:48
BIONET @BIONET_

「そうね。あの方はお忙しいので、私が代わりに使いとして来たのよ」 今阿求の目の前に居るのは、八雲藍。九尾の狐にして、かの妖怪の忠実なる式神である。阿求とは、もちろんその繋がりの仲である。

2012-07-13 23:25:09
BIONET @BIONET_

「お忙しいというと、やはりバイオネット絡みですか」 「ええ。今しばらくはアルファ版の運用で手一杯とおっしゃっていたわ」 「アルファ版?」

2012-07-13 23:27:43
BIONET @BIONET_

耳慣れない言葉だ。阿求が訪ねると、藍は言葉を間違ったと苦笑いを浮かべる。 「ようはお試し版ね。外の世界で慣例的に使われる」

2012-07-13 23:28:07
BIONET @BIONET_

「お試し版、ということは……やはりまだバイオネットは完成ではないということですか」 「そう。基本的な機能は今の段階でもほぼ揃っているけれど、特に運用面については、実際にやってみる必要があるからね」

2012-07-13 23:31:43
BIONET @BIONET_

「運用面……サービス開始から一ヶ月になりますが、日々対応が必要なことが増えている感じがしますね」 阿求は慧音共々、人里のバイオネットの管理者的な役職をこなしていた。立ち上げの時から二人は様々な取り決めを人里の者達に提案してきている。

2012-07-13 23:31:58
BIONET @BIONET_

バイオネットは着実な盛り上がりを見せているが、誰しもがその未知の技術に対応できているわけでもない。また、阿求の言う通り、バイオネットが始まってから、実に様々な問題が散発している。阿求と慧音は、バイオネットの利用者だけではなく、非利用者との折衷も行わざるを得ない状態だった。

2012-07-13 23:33:07
BIONET @BIONET_

「例えば、現在差し迫った問題の代表が、紙の流通ですね。人里での紙の流通量は比較にならないほど増加しまして、それで職人や問屋は対応に頭を捻っているとか」

2012-07-13 23:37:17