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ボカロに対する一考察

musikkoさんの発言に端を発した生楽器演奏者によるボカロについての会話が興味深かったのでまとめてみました。
音楽 ボカロ VOCALOID
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Ikko Isimoto @musikko
支持する人、聴く人が多い音楽にはとりあえず飛び込んでみる。なぜ支持するのか?どこが好きなのか?どうして聴き続けるのか?「ボカロ」もその1つ。
Ikko Isimoto @musikko
中学生はなぜ「ボカロ」にはまるのか?
Ikko Isimoto @musikko
1つには「歌わされる」ことへの否定?
Ikko Isimoto @musikko
10代の子が「ボカロ」にはまる理由をあれこれ考えてみている。「サンホラ」もそうだけど、1つには独特の世界観がある。「恐怖」「残酷」「ファンタジー」「不思議」などのグリム童話的空想世界が2Dの画面(サンホラはステージだけど)という「絵本」の中で繰り広げられる
Ikko Isimoto @musikko
10代が「ボカロ」にはまる理由その2。生音でほんものの音楽をあまり聴いたことがない?その3。その世代特有の「恥じらい」からくる「リアル共有」の苦手感とそれでも人と繋がっていたいという「共有願望」?
Ikko Isimoto @musikko
その2は大人たちの責任かもね。J-POPに聴きたい曲がないという人、その通りかもw
Ikko Isimoto @musikko
あ、それ。その4。共感できる歌詞。なんつーのもありますね。
Ikko Isimoto @musikko
そして、なんの裏づけもない自分がコピーしてきただけの音楽を子ども達に教えようとしているピアノレスナーや学校の音楽指導者が押し付ける「音楽」よりも、非力でも多少偏っていても自らの感性と意思とで作り共感しあう「ボカロ」のほうがよっぽどいいと思うのです。【拡散希望】
taro terahara @srgmtaro
それを聞いて思い出すのは小泉文夫のカラオケ論。それまで否定的に捉えられることの多かったカラオケを、小泉文夫は肯定的に評価しようとした。曰く「日本人は人前で歌うことを罰ゲームにしてしまった、世界でも稀有な民族。しかしそれは元々そうであった訳ではなくて、
taro terahara @srgmtaro
(続き)戦前戦中の軍国主義教育がそうさせた。カラオケは、そんな日本人が歌を取り戻すきっかけになるのではないか」…もう20年以上も前に読んだのでうろ覚えですが。当時、音楽識者は軒並みカラオケを「音楽性がない」「物真似」と揶揄、けれどもかつてトラック運転手の趣味だったカラオケは
taro terahara @srgmtaro
瞬く間に世間に広まり、市民権を得、人々の歌唱力は飛躍的にアップし、歌うことは自然になった。生活に歌が取り戻された。小泉文夫が正しかったのは今や明らかだ。歌うことが罰ゲームだったなんて、今の子たちには想像もできないんじゃないか。僕が子供の頃は、でもた確かにそうだったのだ。
taro terahara @srgmtaro
今でも、歳が上の世代になると、全然歌えない(音がとれない)人や、歌うこと自体を恥ずかしがる人はかなりいると思う。かつてのそんな日本人に、カラオケが歌を取り戻させた。歌うことより、歌えないことの方を恥ずかしいと感じるようになった。
taro terahara @srgmtaro
識者がなんと言おうとカラオケが大衆に受け入れられ広まっていったように、音楽学者や業界や教育者がなんと言おうと、事実CDはまったく売れなくなり、 ボーカロイドは若い世代の間で熱狂的に受け入れられ広まっている。
taro terahara @srgmtaro
かつてロックがそうであったように、かつてカラオケがそうであったように、ボーカロイドは今、お仕着せでつまらないオンガクから抜け出して他の誰のものでもない自分たちの声を取り戻す、そういう大きなうねりになっている。
taro terahara @srgmtaro
自分の曲に自分の詩を載せ、自分の想いを伝えることへの敷居が低くなり、そこから才能やアイディアがバンバン出てくる。いいことだよね。カラオケが歌を特殊技能じゃなくしたように、ボカロは楽器の呪縛から人々を開放する。そういうことなんだろう。いやいや、全然いいと思うよ、それで。
taro terahara @srgmtaro
そんな訳で、僕も全然知らない世界だけど、今日たまたま聴いた3曲をシェア。いや、よくできてるなと思って。ほんと。「百年夜行」→ http://t.co/4RSjZUw5
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taro terahara @srgmtaro
「千本桜」2011年の大ヒット曲だそう。歌詞はちょっとアレだけどw http://t.co/BAY01J3m
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taro terahara @srgmtaro
「桜前線異常なし」なるほど三三七拍子。時代はこういう形で和風回帰するのかと。歌詞がストレートで良いな。 http://t.co/HJYHxPsq
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taro terahara @srgmtaro
そっから先だよね、敢えて言うなら本当の音楽に出逢うのは。
Ikko Isimoto @musikko
実は、心配していた。「西洋音楽を表面だけ真似した音楽」「『捻れ化』した音楽教育」に駆逐され、日本の音楽は滅んでいってしまうのではないか…と。でも希望が見えてもきています。手法やツールは変われども、模索しながらまっすぐに「日本」を求める若い方達を応援したいと思っています。
taro terahara @srgmtaro
という訳で、RT読んでハッとしていくつかボカロ曲聴いてみた感想でした。皆様のオススメあったら教えてくださいね♪
@cazuo_ogino
@srgmtaro ボカロ殲滅運動家としては、音楽行為が身体と切り離されて、単なる「音楽」というマテリアルと化す事に肯定的には成れません。最後の一人になっても歌を身体から切り離す事を絶対認めない。ボカロの存在は「聴く」という行為に対する答えであり「音楽行為」に対する答えでは無し。
taro terahara @srgmtaro
@cazuo_ogino 僕もそう思ってたんですが、、今朝まで。でもシンセサイザーが発明された当時もやはり人はそう言ってたんですよ?
@cazuo_ogino
@srgmtaro 確かにキャッチコピー的にはそうです。でもシンセにしろ他の電子楽器にしろて身体によるコントロールを前提としている。そもそも身体や既存の楽器をシュミレーションする道具ではないのです。シンセは。
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コメント

寺原百合子 @yurikoterahara 2012年10月3日
まとめを更新しました。すみません、ライムラインを整理しました。
れんちるーと @lenchroot 2012年10月28日
音楽って人と人をつなぐツールでもあるんですよね。一緒にごはんを食べるのと同じで。その時テーブルに並ぶのが昔からの手造り料理なのか添加物入り冷凍食品やお菓子なのかって話で。偏食ヨクナイ。
きゃしゃん@てつや @chasyan 2012年10月28日
興味深く拝見させて頂きました。ただ、cazuo_ogino さんのご意見には一点疑問が。最後に他者による歌唱を介さないだけで、そこまでは思いっきり手作業なのがボカロ。表現は決して自動化されていません
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