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〔AR〕その16

東方プロジェクト二次創作SSのtwitter連載分をまとめたログです。 リアルタイム連載後に随時追加されていきます。 著者:蝙蝠外套(batcloak) 前:その15(http://togetter.com/li/385977) 続きを読む
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BIONET @BIONET_

阿求は幻想郷縁起での取材をこいしに行った際、地上に姿を現さないさとりについても共に訊ねていた。さとりの幻想郷縁起の記述は、実際に会ったことのある霊夢と魔理沙、そして関係者であるこいしと火焔猫燐から得られた情報を構築して書かれた。

2012-10-08 21:09:43
BIONET @BIONET_

霊烏路空に関しては、阿求は直接取材できていない上、伝聞を聞く限り、彼女からまともな情報を引き出すことは期待できなかった。 「そうですね。縁起のさとりさんの項目の多くは、こいしさんの証言が元になってますよ。本を読んだり書いたりすることとか……」 「ストップ」

2012-10-08 21:09:59
BIONET @BIONET_

アリスは阿求の言葉を遮り、針に糸を通す際の慎重さを思わせる調子で言う。 「短絡的な発想なんだけど、もしかして『頼れるアルフレッド』の作者って……古明地さとりなんじゃないかしら」 突如、沈黙が去来する。

2012-10-08 21:14:01
BIONET @BIONET_

他の客の話し声、通りから伝わってくる騒音さえ、初めから存在しなかったかのような無音の領域が、三人のいるテーブルを切り取る。 「え……それは……どういう……」 阿求はか細く声を絞り出した。その反応が意外すぎて、アリスの方も落ち着かなくなった。

2012-10-08 21:14:26
BIONET @BIONET_

「本当に思いつきよ。私も改訂された幻想郷縁起でさとりの項目を見たけれど、彼女は書き物をするんでしょう? その一方で、『Surplus R』が書いた小説では、地霊殿にかつていたペットに似ている犬が主人公になってる」 アリスは、すぐに論拠を示した。

2012-10-08 21:17:41
BIONET @BIONET_

「読んでいて何となく感じたんだけど、『頼れるアルフレッド』は、どこか作者がペットを慈しむような視点で描かれていると思うの」 そう言われて、阿求も作品を読んだときの感触を想起する。あの作品の語り口調は、いつになく柔らかかった。

2012-10-08 21:19:49
BIONET @BIONET_

「つまり、『頼れるアルフレッド』は、古明地さとりがかつて飼っていたペットを想って、それを題材にしたと考えることもできる。物語のアルフレッドが死なないのは……まぁ、願望でしょうね。だれしも、物語の中だけは現実の悲しみと無縁でいてほしいと思うだろうし」 「いや……それよりも……」

2012-10-08 21:20:05
BIONET @BIONET_

阿求にとっては、作品の考察よりもずっと大きな事実が首をもたげてきていた。アリスの考察と類推は、自動的に一つの結論を導き出すことになる。 「『Surplus R』先生は……古明地さとりということなんですか!?」 「『Surplus R』が複数人の共同ペンネームでなければ、ね」

2012-10-08 21:23:33
BIONET @BIONET_

衝動的に声を張り上げた阿求とは対照的に、アリスは静かに切り返した。 「勿論、状況証拠としても材料が少なすぎるし、単なる思いつきの域を出ない考えよ。ただ、ありえない話ではないと思う」 「お姉ちゃんの部屋には、ついこの間までバイオネットの端末があったよ。今は部屋の外に置いているけど」

2012-10-08 21:28:05
BIONET @BIONET_

黙って話を聞いていたこいしは、どこか真剣味を帯びた顔つきで口を開いた。 「地底にも、バイオネットのサービスは行き届いていたってことね」 「ほ、ほんとですか……」 アリスの思いつきが、いきなり仮説として補強されたことで、阿求の動揺はさらに高まった。

2012-10-08 21:31:21
BIONET @BIONET_

古明地さとりと直接会ったことはない。その人となりは伝聞としてしか阿求は知らない。ただ、嫌われ者の集まる地底に置いて、群を抜いて嫌われた存在であるという印象が強かった。実際、直接出会い、交戦経験のある霊夢や魔理沙からは、いやらしい相手だと聞かされていた。

2012-10-08 21:31:38
BIONET @BIONET_

火炎猫燐やこいしからの話では、身内にはとても優しいタイプのように伺えたが、それ自体はどんな種族であっても珍しいことではない。古来からの覚の伝承と相まって、阿求にとって古明地さとりは非常に厄介な妖怪であるという認識が固まっていた。 「まさか、先生が古明地さとり……?」

2012-10-08 21:32:04
BIONET @BIONET_

つまるところ、阿求には、あの聡明で親切な『Surplus R』が、古明地さとりであるなどと、とても信じられなかった。まるで、平安貴族が意趣返しに呪術をかけられたような気分だった。 「……なんか、随分と深刻そうな顔してるけど」 アリスは、ため息を一つついて。

2012-10-08 21:35:35
BIONET @BIONET_

「仮にそうだったとしても、特別害があるとは思えないけどね。それに、反証だってないことはない。まず、さとり自身が、小説を不特定多数相手に公開する気があったかどうか」 「……ちょっと前、お姉ちゃんに小説を公開してみたら、って聞いてみたけど、そういうことする気はないって」

2012-10-08 21:39:02
BIONET @BIONET_

「ふうん。じゃあ、私の思いつきは大きく崩されるわね。家族がそう言ってるなら、可能性は低いでしょう」 「は、はは、そうですよね――ちょっとしたいたずらくらいはまぁあり得るかもしれませんが」 よもや急速に構築されかけた仮説は、一瞬にして瓦解したかのようだった。

2012-10-08 21:40:23
BIONET @BIONET_

それで阿求はほっとしたのか、我しれず強ばっていた表情を和らげた。 「それにそうですよね。基本的にさとりさんは直接会わない限りは、心を読まれることもないですし、あまり気にしても仕方がないですね」 「そういうことね」 アリスは、もはや興味をなくしたのか、紅茶のカップに手をかける。

2012-10-08 21:44:58
BIONET @BIONET_

口にすると、中身は、完全に冷めてしまっていた。 アリスは、ポットから二杯目を注ごうとするが、こいしを見て、少しだけ逡巡。そしてカップを持ったまま、もう片方の手でポットをこいしの目の前に差し出す。 「飲む?」 「え? あ、えっと――」

2012-10-08 21:46:28
BIONET @BIONET_

「おかわりを貰おうかと思ったから、遠慮しなくていいわよ。今、店員に頼んでカップを……」 「――いらない。はい、これ」 「?」 こいしは、アリスの持つポットを少しだけ横に退けると、アリス側のテーブルの縁に、幾ばくかの小銭を置いた。 「ケーキ代。じゃあね」

2012-10-08 21:49:18
BIONET @BIONET_

その言葉を最後に。阿求とアリスが瞬きした次の瞬間には、こいしの姿も、気配も、初めからなにもなかったかのように掻き消えた。 「行っちゃいましたね……なんだったんでしょう」 「さぁてね。あ、一銭足りない……まぁいっか。それよかこれ、ちゃんとした浄財でしょうね」

2012-10-08 21:53:39
BIONET @BIONET_

アリスは目の前に置き去りにされた硬貨を改める。人里で使える硬貨だが、こいしが旧地獄出身で、現在は在家信者として命蓮寺に入信しているという、変わった事情故、出所が気になる。 「なんにせよ、ちょっとしたミステリーだったわね。地霊殿の主が覆面作家? なんて、烏天狗が食いつきそうだわ」

2012-10-08 21:54:52
BIONET @BIONET_

「ははは、それはあらぬ憶測を招きそうですね」 「ま、相手が地底の住人だと、もしかしたら後込みしてノータッチを通すかもしれないけどね」 「それよりも、出来れば花果子念報に嗅ぎつかれないことを祈りたいですね。あの新聞はバイオネット版も出しているので、ネタにされると面倒そうです」

2012-10-08 21:55:33
BIONET @BIONET_

「……まぁそうね。さっきの話の真相はさておき、天狗に迂闊に記事にされたら、何も悪いことしてない『Surplus R』がただ迷惑を被るだけだし」 そう、『Surplus R』が何者であったとしても、かの人物は、悪事を働いているわけでは決してない。

2012-10-08 21:55:54
BIONET @BIONET_

(そうだ、別に何か悪いことが起きているわけじゃない……) 阿求は、自分に言い聞かせた。『Surplus R』が古明地さとりである可能性は置いておくとして、『Surplus R』が人間だろうと、妖怪であろうと、阿求にとって憧れの作家であることは間違いないのだ。

2012-10-08 21:56:16
BIONET @BIONET_

「……それじゃ、私も帰るわ。まだ時間があるとは言え、脚本を詰めておかないとね」 「あ、お疲れさまです。それと、何か私にできることがありましたら、遠慮なくおっしゃってください」 「そうね……じゃあ、今回の人形劇の広告でも作ってくれないかしら。貴方、絵描くの得意よね」

2012-10-08 21:57:00
BIONET @BIONET_

幻想郷縁起に収録されている挿絵のほぼ全てが、阿求の手によるものだというのは、意外と知られていない。人物の性質などによって、七色の画風とも言えるほど多彩な絵柄で描き分けている技術は、ある意味求聞持の能力以上に特筆すべき能力と言える。

2012-10-08 21:59:08