〔AR〕その19
まずさとりは自分の知名度を考える。地上で恐れられていたのは、随分と昔のことだ。今でも同族が活動しているかどうかも、実はさとりにはわからない。 以前お燐やこいしに、稗田阿求という人間の話を聞いた。その人間は、妖怪の話を集め、人間にその危険度を知らせるため本にまとめているのだという。
2012-10-19 21:38:15稗田阿求に、地底の住人について聞かれたお燐やこいしが、特にさとりのことをどう話せばいいか訊ねられた時、さとりは、適当に怖がられるようにしてかまわない、とあまり真剣に答えなかった。地底にこもっているさとりにとっては、どうせ地上での知名度など大して重要ではなかったからだ。
2012-10-19 21:38:53あれから幾分か時間が経ち、自分はどう知られているのか。さとりには判断できる材料はなかった。正直、それを確かめる時間は、秋祭りまであまり余裕はない。こいしやお燐に聞くのも不自然であろう。 「つまり、出たとこ勝負ね……だけど」 さとりには一つ、楽観材料がある。妹のこいしだ。
2012-10-19 21:41:33こいしもまた本来は恐れられる覚妖怪だ。にも関わらず彼女は平然と地上に姿を現し、あまつさえ最近では仏門に入ってさえいる。それでいて、未だこいしが大きな問題を起こした話を聞かない。彼女もまた、稗田阿求とやらの手で本にまとめられているにもかかわらずだ。
2012-10-19 21:43:14顕在意識のおぼつかないこいしが問題ないのであれば、自分もうまく立ち回れば、なんとかなるのではないか。さとりとしては未だかつてないほどポジティブな推測である。 しかし、やはり素性がまるわかりの状態で外に出る勇気は、今の高揚したさとりでも存在しない。ある程度の変装は必要だろうか。
2012-10-19 21:44:09さとりは思い立ってクロゼットを開け放つ。そして眉根を寄せた。ほとんど外出しないが故に、さとりの所持する服に礼服やよそいきと呼べるものはほとんどない。どれもこれも、フリルの多い色違いの代わり映えしないデザインばかりだ。変装に耐えるようなものはない。
2012-10-19 21:44:25前述の通り、秋祭りの日時まで時間はない。新たに服を仕立てあげるのは難しいだろう。 「あまりやりたくはないけど、こいしの服を借りるか……」
2012-10-19 21:45:46こいしの服も似たようなものだが、彼女の場合は帽子がセットであるため、少しはごまかしが利く。ほかの人型ペットはどれも服のサイズが合わないので、体格がほとんど一緒のこいしのものを使う以外に選択肢はないといっていいだろう。
2012-10-19 21:45:56問題があるとすれば、こいしに服の無断借用(前提)がばれれば、さしものこいしも怒るのは間違いないことだ。特に帽子がお気に入りなので、仮に帽子を痛めたりなどしたら、当分口を利いてくれなくなるだろう。
2012-10-19 21:46:12そしてそのこいしだが、秋祭りで命蓮寺出展の屋台の手伝いをすることが決まっている。つまり、さとりがこいしの衣装を着て人里に行くというのは、自ら無断借用を白状しにいくようなものである。 「チョコレート解禁に加えて、新しい帽子の購入も視野に入れないとかしら……うう、めんどくさい」
2012-10-19 21:47:19予想されうる様々な必要投資を算出して、さとりは一人頭を抱えた。命蓮寺の修行で、以前より少しでもこいしの物欲が抑えられているのを、さとりは祈るばかりだった。 「まぁ、悩んでいても仕方ない……ほかにやるべきことは」 クロゼットに背を向けて、机に戻ると、手紙が目に留まった。
2012-10-19 21:47:47それで、さとりははたと気づく。 「そうだ、Aさんにはどう返事を書こう」 それは単純に手紙の返事を書くというだけではなく、自分が人里の祭りに赴くことをどう伝えるかだ。 間違いなく、『Initial A』は人里の住人だ。人里に行けば、出会える可能性がある。
2012-10-19 21:48:07だが、向こうは、おそらく『Surplus R』が古明地さとりであることなど露も知らないだろう。もし会えば、驚かしてしまうかもいれない。 しかし。
2012-10-19 21:48:40「まぁ、変装すればなんとかなるでしょう。第三の目を懐に隠して、帽子で髪型を隠せばごまかせる……いくら私の情報が知れていたとしたって、向こうが私の顔を知っているわけもない」 そう考えると、さとりは急に『Initial A』に直接会いたくなってきた。
2012-10-19 21:49:37『Initial A』の誠実で真っ直ぐな文筆は、自分をひねくれものだと思っているさとりにとっては、眩しいくらいだった。きっと、彼? いや彼女? は、文字通りの素直で気持ちのいい人格であろう。
2012-10-19 21:50:20一度でいいから、会ってみたい。自分とは全く違うタイプであるが故に、さとりは『Initial A』に不思議な魅力を感じていた。心を読めてしまうのはフェアではないが、それでも言葉を交わしてみたいと思った。
2012-10-19 21:51:20さとりは、いてもたってもいられず、紙とペンを取りだした。そして、素早く手紙の返信に取りかかる。 内容は、人形劇化への喜びと、『Initial A』の広告イラストを賞賛する言葉。秋祭りに赴くつもりであることを伝えるのも必要だ。
2012-10-19 21:52:06