ほしおさなえさんの140字小説6

ほしおさなえさんの140字小説6 その60~その69です。 (まとめ1)http://togetter.com/li/371906 (まとめ2)http://togetter.com/li/373145 続きを読む
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ほしおさなえ @hoshio_s

屋上で友だちと死について話した。ひとりは死ぬ瞬間の苦痛が怖いと言い、もうひとりはサッカーできなくなるのが辛いと言う。驚いた。僕は、死んでいなくなることばかり怖れていたから。存在しないって怖くないか、と訊くと、バカだな、とみんな笑った。僕も笑った。みんなの影が並んで長くのびている。

2012-10-28 19:49:26
ほしおさなえ @hoshio_s

言葉は水に似ているとその人は言った。詩を書くのは心の泉に身体を浸すこと。泉にはどこかからやってきた言葉が漂っている。人と接するのはむずかしいのに、濾過された人の思いは心地よく慕わしい。言葉で真実をつかまえるなんてできやしない。自分の境がほどけていく、ただそれだけのことなのだ、と。

2012-10-29 20:49:21
ほしおさなえ @hoshio_s

池が光っている。むかしの知り合いたちが記憶によみがえってくる。あの人もあの人ももう二度と会わないかもしれない。あのころはあれこれ気に病んだが、ほんの短い間のことだったのだ。いろんなことを忘れていく。あったことのうちどれくらいを覚えていられるのだろう。水音がして魚の影が通り過ぎる。

2012-10-31 09:41:52
ほしおさなえ @hoshio_s

狸坂、きつね坂、むじな坂。むかしここには人を化かすものが出たんだって。不思議だね、坂にはなぜか名前がついている。単なる道なのに、傾いているというだけで。坂の名前はなまあたたかい。日向みたいな匂いがするね。傾いて、向こうが見えない。懐かしくて怖いものがひょこっと出てくる気がするね。

2012-11-01 15:38:45
ほしおさなえ @hoshio_s

毎晩子どもと本を読む。おかげでたくさんのことを知った。恐竜の名前。ダンゴムシが水中で生きられること、雌には茶色い模様があること、赤ちゃんが真っ白いこと。知らなかったよ。細かいところまで世界は精密にできているんだ。わからないことで満ちているんだ。子どもの瞳に世界が小さく映っている。

2012-11-02 10:12:46
ほしおさなえ @hoshio_s

雨の中で蝶を見た。ひらりふわりと光を散らして舞っていた。寒さと薄暗さと冷たい雨に押されて、わたしはどんどん内側にめりこんで小さくなっていたから、蝶のあかるさに驚いた。あれは幻だったのか。世界の大きさに押しつぶされそうになっても、わたしはこうしてここにいる。蝶の光に照らされている。

2012-11-06 11:03:25
ほしおさなえ @hoshio_s

空が晴れて木の葉が色づいている。なぜ毎年同じように色づいてしまうのかと少し胸が苦しくなる。ぴゅいいいいいと鳥の声がして、別の方からきゅいっきゅいっという声が聞こえた。どこにもあとが残らない、わたしたち生き物の営み。今日はほうれん草とオクラを買いました。家に帰ってごはんを炊きます。

2012-11-07 16:44:18
ほしおさなえ @hoshio_s

日に日に寒くなっていく。山では動物たちが冬眠するのだろう。冬眠にはいるときどんな気持ちなのだろう。目覚めると知っているのか。それとも死ぬように眠っていくのか。日暮れが早い。死が身体にしみ込んで来るよう。電気をつけるとほっとする。灯に照らされた身体が幽霊のように透けている気がする。

2012-11-09 18:10:59
ほしおさなえ @hoshio_s

寺の庭で小さい女の子が遊んでいる。しゃがんで小石を三つ並べて、パパ、ママ、赤ちゃんと言う。別の場所のちがう岩の一部だったであろう小石がここに集まり、つかのま家族になって日を浴びている。女の子が去ればまたたくさんのなかに散らばるのだろう。わたしたちの魂もそのようなものなのだろうか。

2012-11-10 11:46:45
ほしおさなえ @hoshio_s

学校の廊下で小さな笑い声が聞こえた。まわりにはだれもいない。近くの扉を開くと理科室で、しんとした部屋に小さな声がする。棚の中らしい。そっと開けると声がやんだ。薄暗い棚に水栽培の球根が並んでいる。水中に根がみっしり詰まって、芽が出ていた。みんなでこっそり楽しい話をしていたのだろう。

2012-11-12 16:02:56