『花鏡』なう

世阿弥『花鏡』の全文訳です。
人文 世阿弥 花鏡
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世阿弥なう @zeaminow
謡い始める時は、まず笛を聞いて正しい音程を把握し、その音をお腹の中で自分の息に合わせる。それから目を閉じて息を吸い声として出せば、音は外れない。音ばかり気にして息を作らないと調子外れになってしまう。「1に音、2に息、3に声」この順番が大事だね。『花鏡』一調二機三声①
世阿弥なう @zeaminow
正しい音を自分の息に移し、正しい音程の声を出す。加えて口を動かして滑舌よく発音する。微妙な節まわしは、顔を振って表現する。よく考えて工夫しましょう。「声が音階を上下すると旋律となる。これを音という。また音には陰陽があり、両者が調和すれば美しい音になる。」『花鏡』一調二機三声② 
世阿弥なう @zeaminow
「心は100%、体は70%」とは、師匠の教える動きが十分身についたら、頭で考えるよりちょっと控えめに演じなさいという教えである。舞や所作に限らず、立居振舞も同じようにすれば、思いが余情となって体からあふれ、感動が生まれるだろうよ。『花鏡』「動十分心、動七分身」
世阿弥なう @zeaminow
激しい演技では足音は静かに、足音が大きい時は演技は静かに。これはさっきの「心は100%、体は70%」と同じこと。足音も演技も激しいと、全体が荒くなる。視覚と聴覚にずれがある方が、面白い感動を生むのだよ。また足踏の練習は舞以外の演技でしなさい。『花鏡』「強身動宥足踏、強足踏宥身動」
世阿弥なう @zeaminow
全ての演技は謡の言葉に基づいているので、謡が先に来る方がいい。演技が先行すると順序が逆になってしまう。お客が謡を聞くのが先で、演技がそれに続くようにすれば、謡から演技へと心を移す瞬間に、両者の相乗効果によって感動が生まれる。『花鏡』「先聞後見」①
世阿弥なう @zeaminow
例えば泣く演技なら、まず「泣く」という謡を聞かせて、その後袖を顔に当てる所作をすればうまく収まる。逆に謡が終わる前に所作をすれば、所作の後まで謡が残ってしまい、しまりが悪い。つまり、演技は所作で終わる方がいいので、「先ず聞かせて後から見せろ」というのだよ。『花鏡』「先聞後見」②
世阿弥なう @zeaminow
能では役になりきることが第一。老人なら腰を曲げ、手足も弱々しく動かすべき。その上で、老人の謡や舞といった演技を工夫すべき。女性なら腰高で体を柔らかく、鬼なら心も体も強々と。どんな役でも、まずその役になりきらないと、個々の演技なんて考えられないよ。『花鏡』「先能其物成、去能其態似」
世阿弥なう @zeaminow
舞は謡がベースである。舞の前には「一セイ」などの謡があり、舞の後も別の謡へと続くが、その変わり目で舞と謡が相互に影響しあうことで、何とも言えない魅力が生まれるのだ。『花鏡』「舞声為根」①
世阿弥なう @zeaminow
そもそも舞や謡は体内から発生する。腹の中から出た息は声となり、以下の5種類に分けられる。双調、黄鐘、一越の3つを律といい、平調、盤渉の2つを呂というが、ほかに律・呂を応用した無調という調子もある。またこの謡に合わせて体を動かすことが舞の本来の姿なのだよ。『花鏡』「舞声為根」②
世阿弥なう @zeaminow
天界では時節に合わせた舞や歌を天女が奏でているという。だから、それぞれの季節や時間には、天界の舞や歌にぴったり合った調子がある。これを「時の調子」という。天界の舞といえばかつて駿河の宇土浜に降りた天女が伝えた駿河舞が有名で、我が国では秘曲とされているよ。『花鏡』舞声為根③
世阿弥なう @zeaminow
舞というものは謡や伴奏の力が足りないと感動は得られない。曲舞のように謡があった方が舞いやすいし、笛や鼓の伴奏がなければ舞にはならないね。つまり舞は音の力で舞うものなのだよ。『花鏡』「舞声為根」④
世阿弥なう @zeaminow
舞には5種類の演じ方がある。1つ目は、合掌の形から序破急の原則に従って、順に手足・体を動かしていく基本的な舞方。これを「手智(シュチ)」という。2つ目は、鳥が羽ばたかないで風に漂うように、あまり手足を動かさず舞う姿を見せるもので「舞智(ブチ)」という。『花鏡』「舞声為根」⑥
世阿弥なう @zeaminow
3つ目は、「手智」と「舞智」を組み合わせたもので「相曲智(ソウキョクチ)」という。手智は効果が表に現れ、舞智は内に秘めているが、その両者を完備したのが理想的な舞である。相曲智のうち手智を主体にしたものを「手体智」、舞智を主体にしたものを「舞体智」という。『花鏡』「舞声為根」⑦
世阿弥なう @zeaminow
この5種類の舞方を実際の役柄にあてはめてみると、男性の役には「手体智」がふさわしい。逆に女性には「舞体智」がよいのではないかな。それぞれの役柄の性質によって舞方を変えた方がいいね。『花鏡』「舞声為根」⑦
世阿弥なう @zeaminow
また舞には「目は前に、心は後ろに」という教えがある。役者の舞姿は舞っている本人は見る事ができない。だから自分を客観的に把握するには、観客と同じ目線になる必要がある。ただ、舞ってる時に観客には背を向けないから、それだけでは360°自分を見る事はできないよね。『花鏡』「舞声為根」⑧
世阿弥なう @zeaminow
自分を離れて観客の視点に立って、さらに目の及ばない所は心で把握する。これが「心を後ろに」ということ。360°すみずみまで自分を見つめれば、美しい舞姿を手に入れる事ができるはず。見える所だけ見るのではだめだね。能に役立つ六カ条のスローガンはこれでおしまい。『花鏡』「舞声為根」⑨
世阿弥なう @zeaminow
舞台の最初の謡い出しには絶妙のタイミングが求められる。幕が上がって橋掛りに立ち、観客の注目が最高潮に達した瞬間に声を出す。これは早すぎても遅すぎてダメで、観客の意識を感じ取って瞬間的に判断する。観客の意識を一身に集める1日で最も大事な瞬間である。『花鏡』時節当感事①
世阿弥なう @zeaminow
謡い始めは橋掛りを1/3くらい残したとこで。舞台に入るとこで続きを謡うといい。顔はお偉いさんの方に向けるけど、見つめてはだめ。顔の角度が動きの基準になるから、常に一定に保つこと。そうすれば舞台の大きさに関係なく、宴会の座敷なんかでもバランスよく演技できるはず。『花鏡』時節当感事②
世阿弥なう @zeaminow
舞台での立ち位置や舞始めと終わりは、舞台の前から2/3、後ろから1/3ぐらいがいいね。野外の広い場所で上演するときは、VIPのお客さんになるべく近い所で演じ、逆に狭い時は距離を置くようにしなさい。特に宴会場なんかでは、そそうがないよう気をつけた方がいいね。『花鏡』「時節当感事」③
世阿弥なう @zeaminow
また宴会に呼ばれて芸をする時でも、聴いている人の心をつかむ瞬間というものがあるはず。みんなが静まって耳を澄まし、いまかいまかという期待が頂点に達したその一瞬を逃さず、「一調二機三声」の要領で声を出すのだよ。『花鏡』「時節当感事」④
世阿弥なう @zeaminow
「序」とは始まりであり、基本である。1日のプログラムで言えば、最初の作品が序に当たる。始めはちゃんとした典拠を基に、謡と舞でおめでたく見せるのがいい。次はちょっと趣向を変えてもいいけど、まだ序の範囲なのであまり複雑にせず、上品で王道をいくようなのがいいね。『花鏡』序破急之事①
世阿弥なう @zeaminow
3曲目からは「破」で、ここからは基本の形を少しずつ崩していく。序が飾らない基本の姿なのに対し、破はそれを噛み砕いていく段階。だから3~5曲目には、多種多様な役柄、演技を盛り込むべき。破は1日で一番大切な部分なので、工夫を凝らした能を演じるといいね。『花鏡』「序破急之事②」
世阿弥なう @zeaminow
「急」とはおしまいの意味で、プログラムの最後の作品を指す。破は序を脱して多様な演技を見せる段階だったけど、急はそれを突き詰めたもの。だから急の能では、観客がびっくりするような激しい演技やアップテンポな舞を見せるのがいい。『花鏡』序破急之事③
世阿弥なう @zeaminow
ところで1日のプログラムは、かつては4、5曲が普通だったのに、最近はやたらと数が多くなったので、あんまり早く「急」に移ると間延びしてしまって急っぽくならない。むしろ「破」の部分を長くして、急は1曲にしておく方がいいね。『花鏡』序破急之事④
世阿弥なう @zeaminow
VIPなお客の命令で急にプログラムを変更することがある。当然、構成なんて無視するので、こちらの計画は狂ってしまう。けど、仮に「急」の能を命じられても、まだ後に演目が残っているなら、「急」になり過ぎないよう気を付けて、これからやる演目の余地を残さなきゃだめだよ。『花鏡』序破急之事⑤
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コメント

btpy @_godblessu 2016年11月9日
読みやすいです。ありがとうございます。
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