丹生谷先生と若島先生

お二人のナボコフ関連のツイート。 「『アーダ』翻訳をめぐって」はこちらから。 http://togetter.com/li/432725
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Problem Paradise @propara

ここでハンバートは、ロリータの口から、彼女を連れ去った謎の男が実はクィルティであったことを知らされます。ロリータの話によれば、彼女はダック・ダック牧場なる場所に連れて行かれて、そこでポルノ映画まがいの撮影までされたとか。

2013-01-02 22:01:04
Problem Paradise @propara

ロリータはこう告白します。「…あたし言ってやったわ、あたし絶対に獣じみた男の子たちを[彼女はまったく無頓着に下品な俗語を使ったが、それは文字どおりフランス語に翻訳すると『吹く』(スフレ)になる]たりなんかしない、あたしがほしいのはあなただけだから、って。」(新潮文庫493ページ)

2013-01-02 22:04:18
Problem Paradise @propara

謎の火事が出てくるのはその直後です。牧場を追い出されたロリータはフェイという女友達と一緒にあちこちを転々としました。「フェイは牧場に戻ろうとしてーーそしたらもうそこにはなくてーー丸焼けになってて、後にはなんにも残ってなくて、黒こげになったがらくたの山だけ。」(文庫版494ページ)

2013-01-02 22:09:05
Problem Paradise @propara

このダック・ダック牧場の全焼というのが、第2部での謎の火事。この原因は明らかにされていません。わたしもかねてから、なんだか変なエピソードだなあと思っていたのですが…。すでに書いてきたような観点からこの火事を読み直すとどうなるか。

2013-01-02 22:12:06
Problem Paradise @propara

陵辱されたロリータの怒りが焔となって、ダック・ダック牧場を全焼させたのだ、という、まるでマックー家の火事みたいな読み方もありかなとは思うのですが、それはやや抽象的にすぎるかと。牧場の出火の原因は、実はロリータの「吹く」という言葉にあったのではないか、というのがわたしの読みです。

2013-01-02 22:16:56
Problem Paradise @propara

言うまでもなく、ロリータが口にした「吹く」という意味の俗語は"blow"であったはずです。それをハンバートはいわば伏せ字にして、"souffler"に置き換えた。

2013-01-02 22:40:47
Problem Paradise @propara

この「吹く」という言葉には、英語フランス語のどちらの場合でも、「息を吹きかける」という上位の意味があります。「息を吹きかけて火を熾す」なら、英語ではblow on the fire、フランス語ではsouffler sur le feuです。

2013-01-02 22:45:57
Problem Paradise @propara

ここがわざわざフランス語になっているのは、この言葉に注目しろよ、という作者ナボコフの目配せではないかとも思えます。つまり、ロリータが強要されそうになった「吹く」という言葉が、あたかも火を熾し、それでダック・ダック牧場が全焼したかのように読めるのです。

2013-01-02 22:50:27
Problem Paradise @propara

これもやはり、一種の比喩の実体化ではないかと思います。そして、こうした2回の火事の火元は、実はナボコフが講義の準備のために『荒涼館』を読んだという体験にあったのではないか、というのがわたしの推理です。『ナボコフの文学講義』、ぜひ買って読んでみてね。

2013-01-02 22:54:57
Problem Paradise @propara

もう一つおまけに、ナボコフの『荒涼館』論が『ロリータ』に与えた影響の例を。これも小ネタです。

2013-01-03 01:14:48
Problem Paradise @propara

「第五十一章で、ウッドコートは弁護士のヴォールズと、それからリチャードを訪れる。ここには奇妙な詐術がある。つまりこの章を書いているのはエスターなのに、彼女はウッドコートとヴォールズ、あるいはヴォールズとリチャードが会って話をする現場に居合わせていない。」(河出文庫版265ページ)

2013-01-03 01:18:09
Problem Paradise @propara

つまり、『荒涼館』で1人称の語り手であるエスターが、自分の居合わせなかった出来事の話をどうして語れるのかという、一見すると矛盾しているように見える記述の問題ですね。

2013-01-03 01:20:52
Problem Paradise @propara

そこでナボコフ先生の推理はこう。「良い読者なら、結局エスターはウッドコートと結婚し、そして彼の口からこの話の経緯を聞くのだろうと、このときすでに勘ぐっているはずである。」(文庫版266ページ) そのとおりに、エスターはウッドコートと結婚するわけです。

2013-01-03 01:23:00
Problem Paradise @propara

この手口をナボコフは『ロリータ』で使っています。第1部第13章の、ハンバートがソファの上でロリータにけしからぬふるまいに及ぶ有名な場面。その場面は、舞台装置としていろいろなものが挙げられ、最後に出てくる「メキシコ製のがらくた」についてハンバートは次のように括弧書きで注を入れます。

2013-01-03 01:29:42
Problem Paradise @propara

「(故ハロルド・へイズ氏が…我が恋人を仕込んだのは、ベラ・クルスに新婚旅行に行ったときのシエスタの時間で、場所は青塗りの部屋、そしてドロレスをはじめとする形見の数々が部屋中に散らばっていた。」(新潮文庫版103ページ)

2013-01-03 01:32:22
Problem Paradise @propara

問題は、なぜハンバートがヘイズ夫婦の閨房の話まで知っているのかということ。『荒涼館』論でのナボコフ先生の指摘に倣えば、「良い読者なら、結局ハンバートはシャーロットと結婚し、そして彼女の口からこの話の経緯を聞くだろうと、このときすでに勘ぐっているはずである」ということになります。

2013-01-03 01:35:18
Problem Paradise @propara

そしてその予測どうり、ハンバートはシャーロットと結婚するわけです。二人が結婚してから、第19章でこう語られます。「シャーロットが語る、善良なるハロルド・へイズ氏の驚くべき愛技の癖は実におもしろく、私がくすくす笑うと、彼女は不作法だと言ってたしなめた。」(文庫版144ページ)

2013-01-03 01:39:16
Problem Paradise @propara

これも『荒涼館』を読んで仕込んだネタではないか、というのがわたしの推測。なお、『荒涼館』は現在岩波文庫で新訳が進行中と聞いています。期待して待たれたし。

2013-01-03 01:43:05
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