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2013年1月6日

武士道と、ナマポ叩きと表現規制

ナマポ叩きの動機はなんだろうか? それは表現規制の動機と似通ったところがあるのではないか? とかそんな感じのまとめ。メアリ・ダグラス『汚穢と禁忌』の引用は、関連するんじゃないかという気もするので残してあります。
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wagu @wagu108

「自分自身も貧乏なのに生活保護・非正規雇用など立場の弱い人を叩いて福祉切り捨て自己責任論をぶちまける」心性というのは、どちらかというと「武士は食わねど高楊枝」というのが相応しい気がする。この「武士道」の本質は「世間体」なのか「名誉」なのか「滅私奉公」なのか?

2013-01-03 23:10:10
wagu @wagu108

2ちゃんあたりのコメントには「俺は月×万円で貯金までしているのに、×万円生活保護もらって苦しいとか、何を言っているのかみたいなのがあるわけだが、この「ナマポ叩き」の論点は何か?「努力」とそれに対する「承認欲求」その裏返しとして「努力の欠如に対する非難」なのだろうか?

2013-01-03 23:13:54
wagu @wagu108

「月×万円で貯金までしている」彼らは、世間的に経済的には評価されていない人々ということになるが、そのような彼らが、自分自身の「努力」を認めてもらうためには、また自分自身を評価するためには、「月×万の生活保護ではやっていけない」人々の「努力」不足を叩かないといけないということか。

2013-01-03 23:17:32
wagu @wagu108

「我々のもっている汚れの概念を検討すれば、汚れとは体系的秩序から排除されたあらゆる要素を包含する一種の全体的要約ともいうべきものである…靴は本来汚いものではないが、それを食卓の上に置くことは汚いことなのだ。」(メアリ・ダグラス『汚穢と禁忌』)

2013-01-03 23:54:46
wagu @wagu108

「…汚れとは、我々の正常な分類図式から拒否された剰余ともいうべき範疇のように思われる。…時が経ち経験が豊富になるにつれて、我々はますますそういった分類法に力を注ぐことになる。そこに保守的偏向が生まれてくる。我々はますます自信をもつようになる。(メアリ・ダグラス『汚穢と禁忌』)

2013-01-03 23:58:18
wagu @wagu108

「ある共同体において標準化された公的な価値という意味での文化は、多くの個人の経験を調整したものである。…それは権威をもっている-なぜならば、他の人々がそれを認めている以上、誰もがそれを認めざるを得ないからである。」(メアリ・ダグラス『汚穢と禁忌』)

2013-01-04 00:01:53
wagu @wagu108

「…奇形児が生まれたような場合には、人間と動物の境界線が脅かされることになるだろう。しかし、もしこの奇形児がある特別な種類の事象だと分類されれば、もとの範疇は回復される、そこで、ヌエル族は奇形児を、たまたま人間から生まれたカバの子供として取り扱う。」(『汚穢と禁忌』)

2013-01-04 00:04:53
wagu @wagu108

「…このように分類すれば、それにふさわしい処理は明らかであろう。彼等は奇形児を、本来の棲家である川にやさしく入れてやるのである。」(メアリ・ダグラス『汚穢と禁忌』)

2013-01-04 00:07:15
wagu @wagu108

「もし不浄とは場違いのものであるということができるとすれば、我々は秩序の観念を通して不浄の問題にとり組まなければならないのである。不浄もしくは汚物とは、ある体系を維持するためにはそこに包含してはならないものの謂いである。」(メアリ・ダグラス『汚穢と禁忌』)

2013-01-04 00:11:00
wagu @wagu108

ここで言われている「汚れ」「不浄」とは「わいせつ感」そのものであるので、個人的に興味を引かれた次第。

2013-01-04 00:11:48
むちむちぽこにゃん @shuhsann

「恥」じゃないですか? @wagu108 「自分自身も貧乏なのに生活保護・非正規雇用など立場の弱い人を叩いて福祉切り捨て自己責任論をぶちまける」心性は、どちらかというと「武士は食わねど高楊枝」というのが相応しい気がする。この「武士道」の本質は「世間体」か「名誉」か「滅私奉公」か?

2013-01-04 01:47:56
むちむちぽこにゃん @shuhsann

「自己責任論」は元来、日本の精神的土壌の大水脈の一つで新自由主義で強化されたかと。 @wagu108 まさにそうですね @ 「恥」じゃないですか? @「自分も貧乏だが生活保護・非正規雇用など弱者を叩き福祉切り捨て自己責任論をぶちまける」心性は武士は食わねど高楊枝」というのが適当

2013-01-04 09:09:11
wagu @wagu108

武士道というと義・勇・仁・礼・信・名誉・忠義らしいですが、どうも仁(弱者に対する思いやり?)あたりがすっぽ抜けてた感じがありますね @shuhsann 「自己責任論」は元来、日本の精神的土壌の大水脈の一つで新自由主義で強化されたかと。

2013-01-04 19:23:15
私はクリスチャンなのだ! @1christian1961

人権問題だ、と言ってもさ、新自由主義支持するような人たちは「それ金になるの? ならなきゃ無視だよ無視」と言ってオシマイの気がする。それ美味しいの? でなく、それ金になるの? で動いていると思えば大抵のことは理不尽でなく合理的。金銭合理主義。 #jinken #人権

2013-01-04 19:44:26
Yoh Yagi @yohnoji

@1christian1961 いえいえ、新自由主義者は恐らく、人権問題ですら金儲けの種にしますよ(笑)。

2013-01-04 19:46:40
wagu @wagu108

金が儲かり、結果格差が広がってもいいように「人権」が設定されるのだろうけど、でも「金儲け」が至上というわけでは必ずしもないのだろうなあ…。プロテスタンティズムなのか、「武士道」なのか、まあ一種厳格な(偏った?)倫理感があるような気がする。

2013-01-04 19:59:28
wagu @wagu108

ちなみにこの「厳格な(偏った?)倫理感」は表現規制関連では規制側になるんじゃないか。

2013-01-04 20:03:56
むちむちぽこにゃん @shuhsann

@wagu108 レス多謝です。武士道と言っても、時代によって変遷があり、戦国時代は何でもアリ、江戸時代に軍人階級である武士は恒久平和でアイデンティティ喪失、慌てて構築したのが『死ぬことに見出したり』みたいな話です。しかし、彼ら武士の実態は家産官僚、つまりサラリーマンでした。(続

2013-01-04 20:40:08
むちむちぽこにゃん @shuhsann

@wagu108 承前)武士道は儒教を土台にしています。仁は儒教で最も本質的に何なのか議論の多い概念です。「愛」らしいが、何の愛なのか分からないw。武士道から離れて僕が着目するのは天明の大飢饉に対照的な対処をした二人の農学者、二宮尊徳と大原幽学です。その最後も対照的でした。(続)

2013-01-04 20:46:32
むちむちぽこにゃん @shuhsann

@wagu108 (承前)二宮の対処は農民が個々に今で言う能力開発で対応せよ、というものでした。大原は農民達のコミュニティを作り、相互扶助で対応しようとしました。しかし幕府から一揆を計画していると疑われ自決に追い込まれます。今も二宮は小学校に銅像が建ち、中曽根が賞賛します。(

2013-01-04 20:53:37
むちむちぽこにゃん @shuhsann

@wagu108  大原の最後を考えるにつけ、250年に及ぶパクス・トクガワーナは、「恥」の文化で、自己責任を内面化させ、別の選択肢は圧殺してきたと思います。体制維持に便利ですから。それは今も生き続け、生活保護削減などで何故か貧困層が絶賛するという倒錯した光景を現出させている→

2013-01-04 21:00:12
むちむちぽこにゃん @shuhsann

@wagu108 連投ご容赦ください。いつも注目すべきツイートをしているwaguさんとお話しできて嬉しかったです。また機会があればよろしくお願いします。ちなみに経営学者のP・ドラッカーも「日本人は弱い立場の人に冷たい文化があるのではないか」 と指摘しています。

2013-01-04 21:03:40
wagu @wagu108

@shuhsann 大変興味深いお話でした。ありがとうございます。最近は減ったと聞く二宮金次郎の像ですが、復活しそうなご時世になったみたいですね。

2013-01-04 21:23:36
wagu @wagu108

二宮像復活に向けては論点が多いか>「努力を尊ぶ姿勢は受け継ぎたいが、子どもが働く姿を勧めることはできない」「児童の教育方針にそぐわない」「歩いて本を読むのは危険」二宮金次郎像:勤勉精神いまは昔、各地で撤去相次ぐ http://t.co/EhMkmDF1

2013-01-04 21:32:13
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コメント

wagu @wagu108 2013年1月6日
まとめを更新しました。(デコレーションしてみました)
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杉山真大@震災被災者 @mtcedar1972 2013年1月6日
大原幽学は名前だけは聞いたことがあるけど、二宮尊徳とはそういう因縁めいたものがあったとは・・・・・こうして見ると、江戸時代の「暖かさ」って単に賞賛できるものではないのかも。
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ゴイスー @goisup 2013年1月7日
どうなんだろう… 人権問題をカネにしてきたのは新自由主義者とは真逆の、「組合」とかだよね
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へたれパンダ @kokoron10 2013年1月7日
最近の傾向としては生活保護そのものが叩かれているというより、生活保護の不正受給者を叩く傾向が高いと思いますね。個人的には生活保護は必要な人間には必須のものであると考えているのですが、生活保護を擁護する人間が妙に不正受給者に甘いのが気になりますね。
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Épouvante @epouvante 2013年1月7日
美しい日本の社会規範では、食いっぱぐれた人は、自主的にだれにも迷惑がかからないところに行って自殺するのが正しいのですね。
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Mercato Nuovo @bukrd405 2013年1月7日
日本の武士道に、仁(弱者に対する思いやり?)が欠けていたのは、日本史クラスタの人たちがしょっちゅう言及しているように、日本がもともと強烈な自力救済社会だったことも影響しているのかもしれない。この辺、米国あたりとの比較も可能。
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ArgentBrand @ArgentBrand 2013年1月7日
>生活保護の不正受給者を叩く傾向 うぬぬ。私には各個を勝手に「聖人君子」にまつりあげたうえで、その「聖人君子じゃない!」と憤慨しているような、そういう傾向に見えますよ。500万円芸能人のアレも(いい年した親の扶養とか他者がいちゃもんつけられる範疇超えてるのに)「聖人君子的には」扶養すべきなのに扶養していない!おかしい!とか。
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うに(5歳) 2回接種完了 @uni_2030 2013年1月7日
どうでもいいけど、武士の方が少ないわけだけど
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なっとうすぱ @nattosupa 2013年1月7日
聖人君子だなんて思ってないよー。不正受給者はもちろんのこと、受給に値する人に対してもそんなこと思ってないけどねー。ほかの人がそう見てるだろうと感じちゃう人が存在していることは気がついていたけど、その次に何があっての思いなのかわからないんだよねー。ちなみに自分は不正受給者が嫌いだし。「叩いてる」部類だよー。
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三毛招き @mikemaneki 2013年1月7日
だって「不正受給が許せない」と言いつつ、その「不正」の範疇は法じゃなくてその人の正義や論理に基づいてるんだもの。パチンコに行くのも、肉を買うのも、寿司を買うのも「不正受給」の論拠じゃ全然ないのに、「こんなヤツが受けてるなんて!」と叩かれてるじゃないですか。
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LyricJukebox @LyricJukebox 2013年1月7日
一億層中流から一億層下流(一部金持ち)の時代に移行するなかで、下流の基準ラインがお値段据え置きのナマポより下だったのがバレたのに加えて、不正受給の報道(酒パチンコ芸能人)があったからでしょ。「お家(日本)にはお金がないから家族(国民)でいろいろ節約しましょうね。」と言って減額・フードスタンプを検討しただけで「食いっぱぐれは自殺しろ!」と受け止めてしまう人がいるのかよくわからんね。
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TomOne@PARALLEL ACT @tomone_pact 2013年1月8日
生活保護者叩きは、穢多・非人を叩いて溜飲を下げるのと同レベルな感じがする。そして、実際は老人・傷病で働けないから受給しているのを、ニートが楽するために受給していると勝手に勘違いして攻撃してる感じも。
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とんとかいも @_tontokaimo 2013年1月9日
全体の0.2%ほどの不正受給者ばかりか法的に全く問題無い人(某芸能人)までもを叩くことで、生活保護の申請をためらわせ一般の受給者をさらに萎縮させる。現実を見ずに自らの「正義感」に酔っている人たちのおかげで多くの人が困っているということに気づいてほしい。
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聖夜 @say_ya 2013年1月11日
輿論は常に私刑であり、私刑は又常に娯楽である。たといピストルを用うる代りに新聞の記事を用いたとしても 芥川龍之介
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