千葉雅也,ラカン

18
千葉雅也『オーバーヒート』発売 @masayachiba

問題は、欲望できるようになるための根本的な動因としてラカンが「想像的ファルス」と名づけるものである。これはなぜ、ファルスつまりベニス由来のイメージでなければならないのか。それはとてもとても疑問なのだが、分析家によって解釈が揺らいでいる。

2010-01-31 02:34:22
千葉雅也『オーバーヒート』発売 @masayachiba

ラカン派によるエディプス・コンプレクスの「精神現象学」的解釈は、だいたい以下のようなものだ。まず、ひとりでは生きられない幼児は、みずからを保護し養ってくれる他者1を必要とする。これは通常「母」だが、必ずしも母でなくともよい。

2010-01-31 02:36:23
千葉雅也『オーバーヒート』発売 @masayachiba

この他者1は、しかしつねに自分を抱いていてくれるわけではなく、余所に行ってしまうことがある。すると、幼児は泣きわめいて、他者1を呼び寄せる。この反復において、他者1が、なにかよく分からないxを欲望しており、それゆえに余所に行ってしまうのではないかと思うようになる。

2010-01-31 02:37:49
千葉雅也『オーバーヒート』発売 @masayachiba

そこで幼児は、みずからが他者1の欲望するx「である」ことを欲望するようになる。だが、それは達成されない。他者1は、あいかわらず余所に行ってしまうことがあるのであり、xとはどうやら途方もないもので、自分には担いきれないものだと気づき始めるのである。

2010-01-31 02:39:40
千葉雅也『オーバーヒート』発売 @masayachiba

そしてxの途方もなさ、それは、一定の対象の望ましさを超える動的なものであることが明らかになってくる。他者1は、実のところ、それとは別の他者2が欲望することを容貌しているのであり、この自分から切り離された他者2(の欲望)の登場が、決定的な局面をなす。

2010-01-31 02:46:16
千葉雅也『オーバーヒート』発売 @masayachiba

もはや、他者1にとって対象xであることは課題ではなくなり、他者1が欲望する他者2の欲望が途方もなく最大化することを欲望することになる。できれば、他者2の欲望は永続してほしい(とすればそれによって他者1は充たされるだろうから)。

2010-01-31 02:48:37
千葉雅也『オーバーヒート』発売 @masayachiba

しかし、他者2の欲望は、現実的には有限であり、そのことに失望せざるをえなくなる。そこで、他者2をいろいろと刺激して、欲望しつづけることを欲望することになる。しかしそれは挫折する。そして、自分が他者2に対して向けた欲望も、他者2の欲望と同様に有限であると気づく。

2010-01-31 02:51:02
千葉雅也『オーバーヒート』発売 @masayachiba

そして、他者2の欲望を永続させられなかったことを罪責感として引き受けつつ、自らの欲望の有限性を認めることになる。これが、ラカンがいう「去勢」である。フロイトよりもはるかに洗練された、弁証法的な理解であると言えるだろう。

2010-01-31 02:53:08
千葉雅也『オーバーヒート』発売 @masayachiba

以上は、原和之による解釈を参照している。かつ、ふつうは母、父と呼ばれるものを、他者1、他者2というふうに抽象化した。さて問題は、以上のx、これが「想像的ファルス」と呼ばれること。それは、幼児にとって大切な他者の欲望の対象だが、それがなぜペニス由来のイメージでなければならないのか。

2010-01-31 02:56:20
千葉雅也『オーバーヒート』発売 @masayachiba

原は、ラカンの考えとして、勃起するペニスは子供の成長を隠喩しているという解釈があること、そして、身体の諸部分において、分離せずに「脱落」することつまり萎えることができる特別な器官であるからだという解釈があることを示している。

2010-01-31 03:03:26
千葉雅也『オーバーヒート』発売 @masayachiba

これに十分説得力があるだろうか。先ほどの精神現象学的な解釈に、生殖器との関係を持ち込む必然性があるのか。向井雅明は、「子供は肉体上の男と女の差異をすばやく感知し、母親に欠けているものxはベニスであると考えるようになる」と言うが、これは必然性のあることだろうか。

2010-01-31 03:03:41
@pikarrr

「脱落」=萎えるはやや強引? RT @masayachiba: 原は、ラカンの考えとして、勃起するペニスは子供の成長を隠喩しているという解釈があること、そして、身体の諸部分において、分離せずに「脱落」することつまり萎えることができる特別な器官であるからだという解釈がある

2010-01-31 03:08:13
千葉雅也『オーバーヒート』発売 @masayachiba

多くの解釈は、他者1(母)の在/不在の入れ替わり(によって想定される他者1の欲望するx)が、ペニスの在/不在として把握されると考えている。他者1=母が欲しているものは、そこに欠けているペニスだ、というわけである。

2010-01-31 03:10:58
千葉雅也『オーバーヒート』発売 @masayachiba

なぜペニスが特権的に、在/不在のスイッチの要なのか。J-D・ナシオはおもしろい解釈をしている。

2010-01-31 03:13:49
千葉雅也『オーバーヒート』発売 @masayachiba

ペニスという「身体的突起物」は、「触覚的にも視覚的にも明確なプレグナンツをもたらす」のであり、「まさにペニスのこの「良い形」が子供の心に刻みつけられ、この身体部分が「ある」か「ない」かという二者択一的な知覚をつくりだす」。(『精神分析の7つのキーワード』)

2010-01-31 03:14:17
千葉雅也『オーバーヒート』発売 @masayachiba

しかし、突起物のプレグナンツが、ある/なしの存在論的二元性にならないケースを、考えられないか。そこで、両性のどちらにおいても明確なプレグナンツをなして「ある」ものとしての鼻について考えたくなってくるのである。

2010-01-31 03:16:37
千葉雅也『オーバーヒート』発売 @masayachiba

むしろ鼻の盛り上がっているという特性から立つ=発つことで、勃つファルスを相対化し、ペニスの端的な佇まいをむしろ鼻的非生殖的盛り上がりとして解釈し、かつヴァギナについてもまた、鼻が盛り上がりつつ顔面に盛り下がってもいることから、起伏をもつ鼻の襞性を誇張した地形として解釈できないか。

2010-01-31 03:21:45
千葉雅也『オーバーヒート』発売 @masayachiba

というわけで、僕としては、他者1と他者2の対ではなく、複数の他者のほうへ鼻から立つ=発つ、という精神分析批判をしてみたい。この鼻の盛り上がりは、女性の乳房への欲望、および男性の胸板への欲望を、並べて、非生殖的盛り上がりへの欲望として肯定することを可能にすると思う。

2010-01-31 03:25:37
千葉雅也『オーバーヒート』発売 @masayachiba

とにかく言いたいのは、「非ファルス的にもっこりするもの」を肯定することです。

2010-01-31 03:32:52
amtn @katatemaru

@masayachiba 面白く拝見しています。しかし、ペニスや乳房、男性の胸板への欲望は分かるのですが、鼻は欲望されるものなのでしょうか?

2010-01-31 03:33:20
千葉雅也『オーバーヒート』発売 @masayachiba

@katatemaru 鼻への関係において問われるのは欲望のゼロ度ではないかと思っています。鼻的なもっこりとしての身体のあらゆる起伏へのゼロ度における性的関係。それは一見したところまったく興奮しないようでありながら、過剰な興奮、というか「盛り上がり」を誘うものでないでしょうか。

2010-01-31 03:41:38
千葉雅也『オーバーヒート』発売 @masayachiba

鼻とは他者の痕跡を嗅ぐ器官であり、呼吸を促す生命の必須器官であり、複雑な稜線をもってその形成の履歴に想いを馳せさせる可塑的な器官であります……。

2010-01-31 03:44:28
@pikarrr

でもファルスそのものがメタファーなわけで。鼻はまさに性器のメタファー RT @masayachiba: とにかく言いたいのは、「非ファルス的にもっこりするもの」を肯定することです。

2010-01-31 03:45:47
千葉雅也『オーバーヒート』発売 @masayachiba

とまあ、それくらいの気合いを持って森村さんの「大きい鼻」について解釈している、というわけです。いったんラカン的に解釈してみせるふり(森村の鼻は「対象a」である)をしてから、それを裏切っていくので、作業量が二倍になり、苦心。

2010-01-31 03:47:13
千葉雅也『オーバーヒート』発売 @masayachiba

@pikarrr いいえ、ファルスがそもそもメタファーであることによって鼻(やそのほか目に付く対象)を代理することを拒否できると信じてみるのです。そもそも、欲望の弁証法がファルスによって統御されているという考えは、人間は生殖する存在であるということへの「たんなる信」にすぎません。

2010-01-31 03:52:25