ソイ・ディヴィジョン #4
まるで今の俺はタコデンキ社の主任時代のようだ、とシロキは思った。「そう、俺は頭がいい。でも、ここは弱いんだ」彼は自分の胸を叩いた「実際クズみたいなもんだ。足が震えてる。もし拷問を受けたら、耐えきれず、お前たちのことを吐くだろう。だから今しかないんだ」そして立ち上がった。 25
2013-01-27 01:29:50バラキとアケダも立ち上がった。もう時間がない。緊急呼び出しを聞いた他の奴隷職人たちや、配膳クローンヤクザたちが、シロキに対して注目を始めていた。三人は精一杯の笑顔を作り「ユウジョウ!」と偽装的アイサツを交わし、別れた。ただのユウジョウ確認行為であり、何も怪しい点は無かった。 26
2013-01-27 01:39:46シロキはゴルゴダに向かうあの男めいて、監視員のもとへと歩いていった。だがその足取りに悲壮感は無く、むしろ清々しさがあった。彼は出世ルートから脱落した後、家族にそれを言い出せず、オハギに逃避した。そこからの転落は速かった。あの時も、自分の弱さを伝えられればどれほどよかったか。 27
2013-01-27 01:48:58シロキはゴルゴダに向かうあの男めいて、監視員のもとへと歩いていった。だがその足取りに悲壮感は無く、むしろ清々しさがあった。彼は出世ルートから脱落した後、家族にそれを言い出せず、オハギに逃避した。そこからの転落は速かった。あの時も、自分の弱さを伝えられればどれほどよかったか。 27
2013-01-27 22:22:58ここから先は2人でやらねばならない。アケダとバラキは覚悟を決め、ソイ・ディヴィジョン内に設置された小型施設、キツネ礼拝堂へと向かった。 28
2013-01-27 22:25:49狐は大豆関連製品と関わりが深いスピリチュアルなトーテム動物であり、古来日本ではショーユ職人などによって崇拝されていた。その名残として、ジョウゾウ・コーポレーションの社章にも狐が使われている。もはや形骸化して久しいが、奴隷職人たちにも一日一回の礼拝が強制されていた。 29
2013-01-27 22:30:20バラキとアケダは錆びた計器が並ぶコリドーを進む。二人は帽子を目深に被って俯く。彼らの先行き不安な計画を暗示するように、天井のタングステン灯がバチバチと火花を散らした。すでに礼拝を終えた労働者たちとすれ違う。タイムイズマネーの原則により、たいていの者は礼拝を十秒ほどで終える。 30
2013-01-27 22:36:10二人はキツネ礼拝堂のフスマの前に立ち、静かにそれを開く。四十畳ほどの薄暗い部屋の中で、厳かにライトアップされた赤トリイや、キツネ・ガーゴイルや、ヒノキ製のオファリング・ボックス、小さな祠などが浮かび上がった。そして祠の前で一心不乱に祈りを捧げる男の後ろ姿。UNIXヘッドだ。 31
2013-01-27 22:41:02UNIXヘッドはいつものように、自らの冒した過ちや罪の数々を告白している。敬虔な男ではあるが、方法が間違っていた。キツネも困惑しているだろう。それはブッダの領分だからだ。しかも彼は、ニューロンに刻まれたニンジャ恐怖からの救済を願い、毎日何分間も同じ言葉を呟いているのである。 32
2013-01-27 22:49:40アケダとバラキは顔を見合わせ、無言で頷く。気づかれないようにそっとフスマを閉めると、忍び足で持ち場についた。(((本当なら、今回もシロキ=サンがやるはずだった……おれにできるだろうか……いや、やるしかねえ……)))バラキは礼拝堂の隅に置かれた、掃除用のブリキ製バケツを睨む。 33
2013-01-27 22:55:15(((音を立てるな……)))バラキは慎重に慎重を重ね、バケツの水を側溝に流す。「…地上は死の世界…脱走など無意味…私は多くの仲間を危険に晒し…」UNIXヘッドは目を閉じ礼拝に集中している。バラキは深呼吸し、バケツを180度回した。そこには黒いマジックで十字架が描かれていた。 34
2013-01-27 23:03:29(((フウーッ……!フウーッ……!うまくやれよ……おれが失敗したらシロキ=サンの努力が……)))バラキは深呼吸する。一方、巨漢のアケダは、その怪力でキツネ礼拝堂のフスマを内側から閉じ、思いがけない来客に備えていた。バラキは意を決し、バケツを被る!(((やってやる……!))) 35
2013-01-27 23:10:14祠の前で正座していたUNIXヘッドは、不意に、背後から自分を呼ぶ声を聞いた。「おい、UNIXヘッド=サン、しずかにこっち見ろ」「……アイエッ!?」UNIXヘッドは今にも失禁しそうな顔で後ろを振り向く。ナムサンポ!そこにはかつて彼が地上世界で見た十字軍騎士ニンジャらしき男が! 36
2013-01-27 23:19:59「アイエエエエエ!」UNIXヘッドがニンジャリアリティ・ショックの精神外傷を刺激され、叫び声を上げる。「てめえ、しずかにしろと言ったろ、殴るぞ」(((こんな口調じゃダメだ……もっとうまくやれ……シロキ=サンみたいに頭を使え!)))バラキは相手の襟首を掴みながら冷や汗をかく。 37
2013-01-27 23:30:42「しずかにしろ、おれはニンジャだ、ニンポを食らいたいのか」バラキの威圧的な声がブリキ製バケツの内側で反響する。キツネ礼拝堂の薄暗く荘厳なアトモスフィアが、この大胆不敵な変装に確かな真実味を与えていた。UNIXヘッドは囁き声で問う「な……何故、また私の前に現れたのですか」 38
2013-01-27 23:36:16バラキは落ち着かない様子で小刻みに揺れ、次の重点項目を必死で思い出した。そして相手の襟首から手を離し、胸元から水色のLANケーブルを取り出した。「これだ。てめえが何を……なすべきか、わかるな。その時がきたのだ。てめえはかつて失敗した。あれは……まだその時ではなかったからだ」 39
2013-01-27 23:46:53「では、もう一度やれと言うんですね。地上に……死の大地に…」UNIXヘッドは涙を流し、祈るように言った。「そうだ。なぜなら、ここはもうすぐ破めつする。おまえにしかできない。ビビるな。そして目を閉じろ。目を開けたら、三人……いや、二人の男が現れる……そいつらを地上にみちびけ」 40
2013-01-27 23:56:44「アッハイ」UNIXヘッドは片膝立ちで目を閉じた。そして祈った。狂気は狂気によって一時的に打ち消され、無謀な脱出を試みたあの日のUNIXヘッドが戻ってきた。あの日死んでいった三人の勇敢な仲間達の顔がソーマト・リコールする。目を開くと、トリイの下にアケダとバラキが立っていた。 41
2013-01-28 00:05:45覚悟を決めた三人の男達は、フスマを開け、キツネ礼拝堂の暗闇から歩みだした。ブリキ製のバケツは、十字を壁に向けて部屋の隅に置き直されていた。「脱出ルートはひとつしか無い。オイランルームへと向かうエレベータだ」UNIXヘッドは久々に握るLANケーブルの感触を確かめながら言った。 42
2013-01-28 00:13:38「その中に唯一、労働者がジャックインできる端子がある。ハッキングし、本来ならアクセスできない地上部へとエレベータを上昇させる。そして私は今日、幸いにも、オイランシフトの日だ」「奇遇だな」「おれたちもだ」二人は貯めたトークンで他の班の労働者と一時的に帽子を交換していたのだ。 43
2013-01-28 00:18:22これは多少高額なだけで、奴隷職人達の間では何も珍しい行為ではない。月に2回オイランドロイドと前後したい時もあろう。パック・サケを奢るのと同じことだ。三人はクローンヤクザが守りを固めるエレベータの前に辿り着いた。扉の上には「楽しい部分」と書いてある。慰安室直行のエレベータだ。 44
2013-01-28 00:25:04自信はあった。シロキの作戦は完璧なはずだ。それでも何が起こるか解らない。マッポに呼び止められたヨタモノめいて、落ち着かない様子で顔を俯ける。クローンヤクザは無言のまま、読取用のスキャナを三人の帽子に貼られた識別プレートにかざす。錆び付いた音を立てて、エレベータの扉が開いた。 45
2013-01-28 00:31:04勇敢なる三人の男達を乗せたエレベータは、しめやかに上昇を開始する。(((あいつら、上手くやってるだろうか)))その光景を想像しながら、シロキは部長室の前に立っていた。左右にはクローンヤクザ。やりあったら勝ち目は無い。少しでも時間を稼ぐためにゆっくり歩いてきたが、もう限界だ。 46
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