【二次創作な?】「ア・シンメトリカル・エラー・オカード」♯2
「千葉は安全だ。ご加護があるからね。偉大なサイバーパンクに守られている。さすがのニンジャスレイヤーも父祖には逆らえないってわけさ」ボンドの甥は上機嫌に言った。なるほど、南船橋の町並みはおおよそ普段の通りだ。俺はギブスン翁に感謝した。実は難しすぎて全部読めてないんだけどな。1
2013-03-09 12:13:34嬉しいことに俺のマンション(賃貸)も平穏無事だった。窓から明かりが漏れているのを除けば。俺達は顔を見合わせる。「…消し忘れただけじゃないのか?」「そんなはずはないぜ。俺は電気代には気を遣う男だ。貯金が無きゃ嫁も来ねえ」「世知辛いね」「生憎見てくれが良くねえからな」「カワイソウ」2
2013-03-09 12:19:46どうもこいつは変に馴れ馴れしい。外人ってのはみんなこうなのか?ボンド一族だからか?どうでもいいな。とにかく確認しないことには始まらねえ。俺達はニンジャじゃねえから普通にエントランスから入って、階段で三階まで上がり、そして俺の部屋の玄関ドアを勢い良く開けた。鍵くらいかけとけよ!3
2013-03-09 12:26:21「おやまあ!騒々しいね!」「ウオッ!婆ちゃん!」玄関入ってすぐのキッチンに立っていたのは浦和の婆ちゃんだ!このババアは何かってえと遥々浦和から俺んちまで来て世話を焼きたがるんだ!「連絡ぐらい入れてくれよ!ビックリしたよ!」「いいだろ、女の子連れ込む甲斐性があるわけでもなし!」4
2013-03-09 12:35:52そりゃそうだな。一人暮らしを始めた頃は淡い期待もあったんだけどな。結局俺がオートロックの番号を教えたのはこの婆ちゃんだけだ。その婆ちゃんはと言うと俺の肩越しにチラチラ後ろを気にしている。「ドーモ、私はボンドといいます」「あれまあ!これはご丁寧に!ドーモ、このバカ孫の祖母です」5
2013-03-09 12:40:45「ほら、そんなところでご遠慮なさらず、上がってくださいな!汚い所で申し訳ないけど…」「アリガトゴザイマス。それにしても汚い部屋だ!ヤニ臭いですね!」「本当!どうせ誰も来ないからって!」ボンドの甥は好き勝手言いながらズカズカ上がり込んでくる。靴を脱ぐだけの常識はあるようだ。6
2013-03-09 12:46:40婆ちゃんはずぶ濡れ生ゴミまみれのボンドをユニットバスに突っ込んだ。同じくずぶ濡れの俺を差し置いてな。「ところで婆ちゃん、今日は一体何の用だい」「用がなきゃ来ちゃいけないってのかい、薄情だねえ」「埼玉くんだりからだろ?トシ考えろよ」「近いじゃないかい!ネオサイタマと千葉だろ!」7
2013-03-09 12:52:25…ネオサイタマ?「…なあ、婆ちゃんち、どこだっけ?」「なんだいだしぬけに。トコシマ区だよ、忘れたってのかい」「そうじゃねえよ。んじゃあ、ここはどこだい?」「南船橋だろ!…ボケちゃいないよ、あたしゃ死ぬまで独居老人やるんだ、老人ホームはゴメンだよ。やめておくれよ、嫌だよ!」8
2013-03-09 12:58:55もう米寿に近い婆ちゃんは、常に痴呆に怯えている。その辺りをほじくるのは俺だって嫌だったが…お陰でだいたい分かってきた。俺はアイフォーンを取り出し、タイムラインを確認する。”日本の仏教は古来の神道と混淆し、独自の発展を遂げてきた。そしてそれは今もニンジャ達に…”公式の更新は無視。9
2013-03-09 13:04:59何が悲しくてニンジャスレイヤーで歴史のお勉強をしなきゃならないんだ。問題はホームタイムラインだ。俺はバランスを保つため重篤ヘッズとニュービーとを半々にフォローしている。そして、TLの様子は真っ二つに分かれていた。俺と同じく大混乱に陥った重篤と、疑問すら感じていないニュービー。10
2013-03-09 13:11:04「…婆ちゃんさ、ニンジャって知ってる?」「なんだい、どうしたってんだい。忍者?知り合いには居ないねえ、あんたのお父さんは随分好きだったけどねえ」なるほど。そういうことだな。「そう、そういうことさ」ボンドの甥が風呂から上がってきた。バスローブ(無論俺のだ)を羽織っている。11
2013-03-09 13:16:16「シツレイ、レディの前でこんな格好…チャを頂けないかな。あと何か食べる物」「アラ、気が付かないで!もちろんヨロコンデー!」婆ちゃんがキッチンに走る。ボンドはチャブの前に腰を下ろした。「…そういうことさ。変化に気付けるのはニンジャヘッズ、それもNRS耐性を持った重篤だけだ」12
2013-03-09 13:23:05俺も奴の対面に座り込んだ。「それで俺に目をつけたってのか」「偶然さ、重篤ヘッズなら誰でも良かった。でも君で正解だ…祖母上にニンジャの事を聞いたのはさすがと思ったね。そう、ニンジャはまだこっちに来ていない。翻訳チームは「ニンジャ」表記を保っている。ギリギリで踏み留まってるんだ」13
2013-03-09 13:28:25「…そしてそれが分水嶺さ。ニンジャまで来たら、この世界はもう取り返しの付かないことになる」そりゃあそうだろうな。ニンジャありきの社会…フジキドでもいなけりゃひっくり返りようもない。それだって怪しいもんだ。その前に何とかしないと。だが、どうすりゃいい?まず何だってこんなことに?14
2013-03-09 13:33:29「おい、そもそも…」「オマチドサマー」婆ちゃんが何か運んできた。ラーメンが二杯だ。俺のとっておきのマルちゃん正麺を惜しげなく茹でた上に野菜炒めまで乗せやがった!この辺じゃ売ってねえんだぞ!「イタダキマス」ボンド野郎は遠慮もクソもなく啜りやがる!クソーッ!俺の!マルちゃん正麺!15
2013-03-09 13:39:43「クソが!オイ、そもそもよ!」俺も勢い良くラーメンを啜った。うめえ。「そもそもよ、何で忍殺があんな風になっちまったんだ」「そこさ」「ハシで人を指すな」「伯父さん達はあのヘンな日本をどうやって考え出したと思う?」「そりゃお前、ボンド=サンの甥が資料を送ってるんだ。常識だろうよ」16
2013-03-09 13:46:42そこで俺はハタと気付いた。ボンドの甥ってのは、今まさに目の前でラーメン食ってるこいつの事だ。俺の中で何かが繋がってきた。「…インタビュー記事まで、よく読んでるじゃないか。僕は今も月イチで資料を送ってる。写真や、コミックや、あと…色々な物をね。だけどそれは、僕のチョイスなんだ」17
2013-03-09 13:52:50婆ちゃんは黙って茶を飲んでいる。この人は男同士の話に口を挟むことはしないんだ。昭和の女は奥ゆかしいぜ。嫁をもらうならこのタイプだな。「僕は意図的に情報を絞ってる。この国のナマの真実は、『ガイジン』にとっては強烈すぎるんだ。限られた情報から想像するくらいでちょうどいい」18
2013-03-09 14:00:18「…ブラムストーカー・エフェクト」俺はラーメンを頬張りながら呟いた。そしてそのSFっぽさに身を震わせた。「でもね。叔父さん達だって人間なんだ。体系立ったまともな説明、正確な資料…歴史書や学術書なんかがあれば、どうしてもそっちに引っ張られる」「それを送った人間が居るってわけか」19
2013-03-09 14:07:34「そうだ。あいつさ」誰の事かはもう分かってるな?あいつだ。あのイカレニンジャ、モーゼズの甥!「ひと月くらい前かな。あいつは突然僕の前に現れて言ったよ。『甥は二人も要らない』そして世界と忍殺はムチャクチャさ。僕の生活もね。会社、ずっと休んでるんだ…もう限界だ。頼む。助けてくれ」20
2013-03-09 14:13:53助けてくれと言われても困る。俺はただのサラリマンだ。とてもじゃないが、世界の運命なんか…それどころか、この優男一人だって救えるタマじゃない。ボンドの甥はものすごい勢いでラーメンを啜り出した。多分メシもロクに食えてなかったんだ。それでも俺への状況説明を優先した。つまり、マジだ。21
2013-03-09 14:20:05「助けておやりよ」出し抜けに婆ちゃんが言った。正座で目をつぶり、湯飲みを両手で持っている。真面目な話をする時の姿勢だ。俺も正座に直った。「よく分からないけどね、その外人さん、困ってるんだろ?だったら助けてあげないのは腰抜けだよ。あたしゃ自分の孫がそうだとは思いたくないねえ」22
2013-03-09 14:26:07婆ちゃんの背中はだいぶ丸まっている。そして、この人は、明日の朝には帰るんだ。どこにって、ネオサイタマにだ。それも一人で。浦和になら一人で帰してもいいのかと聞かれたらそりゃ困るが、少なくともネオサイタマよりはマシだろう。んで、そうしたかったら、ブッ潰すしかないんだ。あの街を。23
2013-03-09 14:31:51ボンドの甥はラーメン丼に顔を突っ伏して寝始めた。想像してみてくれよ、こいつはモーゼズ(モーゼズの甥はモーゼズだろう?)にひと月も追いかけ回されたんだ。狂人に命を狙われて、何もかも狂っちまって…そんな中初めてまともに話せたのが俺だったってわけだ。妙に馴れ馴れしいのも仕方ねえな。24
2013-03-09 14:37:32