ガルパンラジオ#10 「四式中戦車チト」他

記念すべきガルパンラジオ第十回、今回は旧大日本帝国陸軍四式中戦車チトであります。 リクエストのためMBTから一旦外れています。 幻の中戦車チト。猪鼻湖に沈む車両の調査等、この頃タイムリーな戦車ですね。
14
前へ 1 2 3 ・・ 10 次へ
秋山優花里(停止) @Yukarin_7TP

五式75mm戦車砲ですが、これは鹵獲品であるボフォース75mm高射砲をコピーした四式七糎半高射砲の再設計品でした。試験の結果一式徹甲弾を使用し1kmの距離からRHA換算75mmの貫通力を発揮しました。砲口初速821m/sというシロモノです。 #gpradio

2013-03-16 22:00:35
秋山優花里(停止) @Yukarin_7TP

ただ、シャーマンの傾斜装甲に正面から当てても弾かれるという話も… #gpradio

2013-03-16 22:02:32
這い寄る混沌@おえかき練習ちう @Nyarlathotep_44

@Yukarin_7TP 秋山殿、その貫徹力はあくまで目標値だったと思いますよ。実際の貫徹力は分かっていません。 #gpradio

2013-03-16 22:03:48
秋山優花里(停止) @Yukarin_7TP

あっ、表現がマズかったですね…指摘ありがとうございます。砲口初速については実測値です。 #gpradio

2013-03-16 22:04:52
秋山優花里(停止) @Yukarin_7TP

次に防御力ですが、前面75mm、側面35mm、後面50mm…と、これもまたようやく世界の水準に追いつきます。装甲板の接合には溶接が採り入れられ、砲塔は一部鋳造でした。砲塔に鋳造が用いられたのはチトだけなんですね。 #gpradio

2013-03-16 22:06:41
這い寄る混沌@おえかき練習ちう @Nyarlathotep_44

昭和二十年三月十六日から行われた、試製五式七糎半戦車砲(長)Ⅱ型の機能弾道性試験では、チト車に搭載されたⅡ型砲にて徹甲弾(6.6kg)榴弾(6.2kg)を使用し「Ⅱ型の総合機能は良好」「Ⅱ型の精度は良好」という試験結果を出したようです。 #gpradio

2013-03-16 22:07:56
這い寄る混沌@おえかき練習ちう @Nyarlathotep_44

試製五式七糎半戦車砲(長)Ⅰ型・Ⅱ型の搭載砲弾は、同時期に開発されていた試製五式七糎半対戦車砲での射撃試験に使用された「一式徹甲弾(弾丸重量:6640kg/装薬共通2030kg)」と(続く #gpradio

2013-03-16 22:08:22
這い寄る混沌@おえかき練習ちう @Nyarlathotep_44

(続き 「一式徹甲弾改修(弾丸重量:6640kg)」「四式榴弾(弾丸重量:6600kg)」を使用されたであろうと旧軍戦車研究の権威である国本博文氏は予想しており、一式徹甲弾改修の内容によっては以前より良好な貫徹力を記録したかもしれませんね。 #gpradio

2013-03-16 22:08:33
這い寄る混沌@おえかき練習ちう @Nyarlathotep_44

試製七糎半戦車砲の竣工時の初速が885m/sであるらしい事を鑑みると、M4中戦車に使われたM1 76mm戦車砲の792m/sの初速を辛うじて勝っており #gpradio

2013-03-16 22:10:17
這い寄る混沌@おえかき練習ちう @Nyarlathotep_44

そして大戦末期に辛うじて参加したイギリスの17ポンド砲の884m/sに迫る初速を持った高初速の砲として製造される予定であり、これらと同性能、或いはそれより上の貫徹力を持っていたかもしれません。 #gpradio

2013-03-16 22:10:24
秋山優花里(停止) @Yukarin_7TP

次に機動力です。エンジンには新規開発の四式4ストロークV型12気筒空冷ターボチャージド・ディーゼルを採用しています。また変速機には日本で初めて前進四段・後進一段のシンクロメッシュ方式が採用されています。 #gpradio

2013-03-16 22:09:26
秋山優花里(停止) @Yukarin_7TP

操向装置は従来と同じ遊星歯車付きクラッチ・ブレーキ式でしたが、重量が大きく人力のみでは操作困難だったために油圧サーボが用いられました。 #gpradio

2013-03-16 22:11:03
トミーたけざき二等兵 @hurontomr

戦後米海軍によって行われた日本の軍用ディーゼルエンジン調査報告書によれば、四式中戦車の四式ディーゼルエンジン(400hp)の項目にて、過給器のブースト圧が320ミリマーキュリー(320mmHg)の場合500hpを発揮したとの記載がある #gpradio

2013-03-16 22:11:56
這い寄る混沌@おえかき練習ちう @Nyarlathotep_44

油圧サーボ式操向装置は一式中戦車の開発段階から研究を開始していましたが、一式中戦車には間に合わず、チト車開発の段階でようやく要求に添えるものを開発できる目処がたったようです。 #gpradio

2013-03-16 22:12:39
這い寄る混沌@おえかき練習ちう @Nyarlathotep_44

一式中戦車の開発遅延の原因はこの油圧サーボ式操向装置と予測されており、一式チヘ車の段階ではこれらを含めた新式の第一次試作を断念、九七式中戦車と同様の車台に増加装甲を施したものが採用されました。そんな油圧サーボ式操向装置はM3軽戦車と同様のものを搭載していました。 #gpradio

2013-03-16 22:15:01
秋山優花里(停止) @Yukarin_7TP

転輪もチハ車では片側六個のところを七個に増やし、また履帯幅も広くなり接地圧低減が図られています。これにより整地40km/hと、軽快な機動力を発揮したようです。 #gpradio

2013-03-16 22:13:17
這い寄る混沌@おえかき練習ちう @Nyarlathotep_44

チト車の発動機は昭和十九年五月十六日からの第四陸軍技術研究所及び相模試験場などでの基礎試験に於いて、最大速度46km/hを叩きだし、良好な道路での走向では平均31km/hの速度を記録しているようです。 #gpradio

2013-03-16 22:17:30
秋山優花里(停止) @Yukarin_7TP

さて、そんなチトですが、75mm戦車砲完成以前の44年末には生産体制に入っていました。が、鉄材の枯渇、本土爆撃の激化により対空火器の生産が優先され、戦車は後回しになってしまいます。特に、量産車向けの戦車砲はいつまでも工場に来なかったとか… #gpradio

2013-03-16 22:20:51
西住みほ @Miho_Nishizumi

まあ、三式中戦車も本土決戦用に温存されてたくらいだし、四式も……ね。 #gpradio

2013-03-16 22:22:03
秋山優花里(停止) @Yukarin_7TP

結局終戦時までに完成していたのは1両とも2両とも6両とも言われていますが、機甲整備学校に2両あったのは間違いないために6両と思われているようです。 #gpradio

2013-03-16 22:23:43
秋山優花里(停止) @Yukarin_7TP

戦中から五式チリの情報を得ていたアメリカ軍は、戦後になってチトを五式、五式を新型試作車と誤認し本土へ持ち帰ったといわれています…。 #gpradio

2013-03-16 22:25:11
這い寄る混沌@おえかき練習ちう @Nyarlathotep_44

昭和十九年度末に計画された「昭和二十年度各造兵廠作業計画」では、チト車は三菱重工にて二十年八月から納入を開始し、最大月産30輌、二十年度中に170輌を計画していたようです。同時に同年九月から神戸製鋼でも月産5輌、二十年度中に20輌を生産する予定もありましたが #gpradio

2013-03-16 22:26:49
這い寄る混沌@おえかき練習ちう @Nyarlathotep_44

実際の量産に関して言えば、戦車砲を担当する大阪陸軍造兵廠でわずか月産2門、チト車製造に中止しても昭和二十年三月の時点で年度内11輌分しか確保されていませんでした。 #gpradio

2013-03-16 22:27:27
這い寄る混沌@おえかき練習ちう @Nyarlathotep_44

とは言え、昭和20年度の戦車生産計画ではチト車は最優先で量産される予定で、問題の戦車砲も300門まで増強する予定でした。 #gpradio

2013-03-16 22:32:15
秋山優花里(停止) @Yukarin_7TP

旧日本軍の残存車両は展示または処分と行方がハッキリしているのですが、チトとチリについては終戦後の消息が不明でした。しかし近年、浜名湖北の猪鼻湖にチトが他のいくつかの車両と共に沈められていることが判明したのです。 #gpradio

2013-03-16 22:28:52
前へ 1 2 3 ・・ 10 次へ