海人族の若者仲間と伊豆音無神社の歌垣などにまつわる話

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かはひらこ(跡地)@アカウント移行しました! @kawairako

ここでの豊玉姫命は、その幽霊船の主では?そして、その幽霊船は、所謂「竜宮」を暗示しているものではないかな、などと想像してみます。しかしそれにしては、理想郷的な印象の竜宮に対して、やたらとおどろおどろしいですよねw

2010-09-08 18:38:30
@jyusimatu105

@kawairako そこの神社の名前の由来が、確か源頼朝と伊東氏の姫がその森で密会していたとかそういうのだったはずなんですけど、その伊東氏がうちのご先祖様なんですw

2010-09-08 18:36:25
かはひらこ(跡地)@アカウント移行しました! @kawairako

@jyusimatu105 おお、そうなのですか!豊玉姫命と御縁がおありとは、羨ましい限りですw

2010-09-08 18:33:24
かはひらこ(跡地)@アカウント移行しました! @kawairako

柄杓の底を抜くこと、そして海に関係することが両社共通しております。ただ、音無神社のものは、安産祈願のためにこれを奉納するので、幽霊船との関連は、今のところやはり謎ですねw 何らかの構造の変化があったなら実に興味深いですが、まだ関係があると確定するものでもありませぬ。

2010-09-08 18:29:42
@jyusimatu105

@kawairako お、音無神社ですか! うちのご先祖様縁のところです。いずれいきたいなあ。

2010-09-08 18:26:09
かはひらこ(跡地)@アカウント移行しました! @kawairako

「海と列島文化 第7巻 黒潮の道」から。磐城から三陸にかけて、「モウレン船」「モウレ船」と呼ばれる幽霊船の言い伝えがあるのですが、海上でこれに出会うと、「アカ取り(船底に溜まった水をくむ柄杓)を貸せ」と言われ、底を抜いて柄杓を与えないと、船に海水を汲み込まれるそうな。

2010-09-08 18:26:02
かはひらこ(跡地)@アカウント移行しました! @kawairako

先日、@hunterslog さんから、豊玉姫命をお祀りする伊東市の音無神社で、底の抜けた柄杓を奉納する習わしがあることを教えて頂きましたが、それに関連して、偶々面白い資料を見かけたので、ツイートしてみます。

2010-09-08 18:22:48
かはひらこ(跡地)@アカウント移行しました! @kawairako

痕跡、ではないな。南方的な文化が色濃く見られる、に訂正。微妙なニュアンスの違いが、後々まで響きそうな気がしますので。

2010-09-08 14:08:39
かはひらこ(跡地)@アカウント移行しました! @kawairako

三陸海岸の南端は、北国であるにも関わらず、南方的な痕跡が多く見られるんよなぁ。黒潮に乗って伝播したのでしょう。

2010-09-08 13:51:56
かはひらこ(跡地)@アカウント移行しました! @kawairako

うお、やはり宮城県石巻市付近には若者宿の風習があったのか!ありそうな気がしてたけれど、まさか本当にあったとは。。

2010-09-08 13:49:26
HUNTER's LOG @hunterslog

底抜け柄杓は実は良く分からん。すぽんと抜けるからとか言っている。いいのかそんなんで(笑)。九州から直はどうかな。少なくとも紀州・瀬戸内からの移動が上にかぶさっていてそれが濃厚でしょうね。RT @kawairako 大住からの推測で南九州からの人々が。。なんて想像は…

2010-09-07 23:00:06
かはひらこ(跡地)@アカウント移行しました! @kawairako

@hunterslog 大住からの推測で南九州からの人々が。。なんて想像は現実的ではないですね、はは*゚∀゚* なるほど、面白い神社ですね。安産祈願で底抜きの柄杓。どんな意味が秘められているのでしょうw

2010-09-07 22:55:24
HUNTER's LOG @hunterslog

あー、音無神社が古いかどうかは良く分からんのです。江戸時代の人が式内だと主張してるけど今は論社じゃないよなぁ。でも面白いとこですよ。今でも底を抜いた柄杓とか奉納する(安産感謝 http://twitpic.com/2elrgu)。RT @kawairako 豊玉姫命と聞けば…

2010-09-07 22:44:42
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かはひらこ(跡地)@アカウント移行しました! @kawairako

@hunterslog これはww 豊玉姫命と聞けば注目せざるを得ませぬ。やはり海人系ですかね。国外には中国南部や東南アジアなどに分布しているようですから、そう考えれば流れが想像できます。

2010-09-07 22:39:29
HUNTER's LOG @hunterslog

そう?伊東の音無神社は「尻つみ祭り」というかつて歌垣の行なわれたところで豊玉姫を祀る。大磯国府祭ももとそのような神婚祭の気配濃厚ですが、大磯は海系でしょう。で、武蔵総社のくらやみ祭り。あそこも海から来た人たちっぽい…いや、これ出雲系か?RT @kawairako 歌垣は歌垣で…

2010-09-07 22:30:37
かはひらこ(跡地)@アカウント移行しました! @kawairako

@hunterslog 現代社会には馴染まないものでしょうから、民俗学者たちに採集される前に姿を消してしまったものも多いかもしれません。 歌垣は歌垣で、南方系の香りが致しますw しかし海人というよりかは、山岳地帯で行われている印象ですよね。

2010-09-07 22:17:30
HUNTER's LOG @hunterslog

ん?待てよ?やっぱ大磯は若者の共同生活のようなものがあったな。緩いか制度的かは…そういう視点で書かれてなかったから分からんな。ちょっと大磯方面行ったら調べてみます。RT @kawairako やはり伊豆諸島が東限でしょうかねぇ。

2010-09-07 22:16:10
HUNTER's LOG @hunterslog

まー今となっては実態が良く分かりませんが、こっちは「くらやみ祭り」系、歌垣の方向が多いような気もしますな。RT @kawairako やはり伊豆諸島が東限でしょうかねぇ。。三陸海岸の南端付近にあったりしないかと少し期待…

2010-09-07 22:12:36
かはひらこ(跡地)@アカウント移行しました! @kawairako

@hunterslog やはり伊豆諸島が東限でしょうかねぇ。。三陸海岸の南端付近にあったりしないかと少し期待してたりしますが、まぁ多分無いでしょうねw

2010-09-07 22:09:10
HUNTER's LOG @hunterslog

おう!こっちだと八丈島のあれか。つい昨日読んでた『八丈実記』(笑)うーん。ああいったフリーダムなのはないかも。RT @kawairako ああ、若者組は、違うのですよ。…厳しい社会的組織ではなく、緩~い友達同士の結束なのですよ。

2010-09-07 22:05:30
かはひらこ(跡地)@アカウント移行しました! @kawairako

@hunterslog ああ、若者組は、違うのですよ。。下のツイートにも書きましたけれど、厳しい社会的組織ではなく、緩~い友達同士の結束なのですよ。そして、その友達同士で宿を借り、寝食を共にする、というものです。婚姻については先に述べた通り。

2010-09-07 22:02:07
かはひらこ(跡地)@アカウント移行しました! @kawairako

この「若者仲間」「連」と紛らわしいものに「若者衆」「若者組」と云うものがあるけれど、全く内容の異なるものだからご注意をw 若者衆・組は、集落の若者が半強制的に加入する年齢階梯制の組織。若者仲間や連は、若者が同い年の仲良しな友達と任意に作るグループ。両方が混在する地域もありました。

2010-09-07 22:00:30
HUNTER's LOG @hunterslog

.@kawairako ん?「若者組」は何処にでも。近年まで残ったのは東伊豆と相模大磯かしら。大人の組織になると折口先生の言った海人族の「ゆい」かな。鎌倉由比ガ浜に地名が残る通り「ゆい」も結構残っていた様子。伊豆では農村にこれが入って、農作業の協力体制を「ゆい」と言ったそうな。

2010-09-07 21:59:19
かはひらこ(跡地)@アカウント移行しました! @kawairako

@hunterslog 伊豆諸島に見られるのは存じておりますが、他の東日本地域で、これが見られるところはご存じでしょうか?

2010-09-07 21:54:49
HUNTER's LOG @hunterslog

それこちらにも沢山あったのだけれど、「ガキ大将無双」の風習だでや(笑)。RT @kawairako かつて西日本の海沿いで多く行われていた「若者仲間」とか「連」とか云う風習は良いよなぁ。

2010-09-07 21:53:13