独軍8.8cm砲の口径の由来に関する一仮説

ドイツ軍の8.8cm砲と言えば高射砲が“ハチハチ”として有名ですが、その口径の由来はどこにあるのでしょうか?  ヴェルサイユ条約の制約が原因だとか、第一次大戦時の7.7cm野砲を一回り大きくした数字だとか噂されますが、果たして?  裏は取れていないので、諸説の一つとして捉えてくださいな。
歴史 軍事 大砲 独軍 火砲
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弾けるクリップはnot a bot @M1yansuke
@FHSWman 今晩はです。一つ質問させて貰いたいのですが、ドイツの8.8cm砲は余りに有名で対空・対地と大活躍していましたが、何故8.8cmとメートル系でもインチ系でも半端な数字なのでしょうか? 友人含めて色々調べてみたのですがなんとも分からずじまいでして…
えすだぶ @FHSWman
. @M1yansuke まず火砲の口径を大まかに決めるのは「砲弾重量」で、発射速度と威力のトレードオフで何kg級の砲弾が決まれば、口径も(例えば8~9cm程度に)決まります。同様に重要なのが「伝統」で、その国が古くから採用していた口径はなかなか変わりません(続く)
えすだぶ @FHSWman
. @M1yansuke そして8.8cm砲に関しては、実は私も由来をよく知らないのです。私の知る限り最も古いものはドイツ帝国時代の海軍砲「8.8 cm SK L/30」です。1892年に配備され始めた装甲艦用副砲・河川砲艦用主砲なのですが(続く)
えすだぶ @FHSWman
. @M1yansuke 8.8 cm SK L/30用の砲弾には「C/83」の型番を持つものがあり、どうも1883年を意味しそうなのです。つまり、少なくとも1883年には既に8.8cm砲が存在していたことになりそうなのですね。これ以上はクルップの社史でも漁る必要がありそうです
JagdChiha〄次元不可能性撹拌機 @Jagdchiha
@FHSWman @M1yansuke どれだったか高射砲の書籍で「8.8cmに決定されたのはヴェルサイユ条約で所持が認められた火砲口径が7.5cmと10.5cmで、このどちらにすべきか迷ったので妥協案として選ばれた」なんて話を聞きましたが、どうみても時代が合わないんですな
えすだぶ @FHSWman
@Jagdchiha 火砲の口径を考えるときに伝統は絶対無視できない要素ですね。現代だと割とポンポン新口径作っちゃったりもしますけども、WW2以前では新しい口径を制定することは大変な大事件です
JagdChiha〄次元不可能性撹拌機 @Jagdchiha
オスプレイの8.8cmFlaK本を持ってたことを今の今まで失念してたマン 高射砲としてのルーツは1917年のの8.8cm FlaKか 7.5cmから口径を拡大したってのは確かに理由の一つかもしれないけど、8.8cmに落ち着いた直接の原因は海軍砲口径に由来するって説が正しそうだなあ
JagdChiha〄次元不可能性撹拌機 @Jagdchiha
どの火砲も口径はその国の伝統に基づいて決められているわけで、辿っていくと国家間の技術の伝播が手繰れて面白い どこかの国がどこかの国へ戦艦を売って、そのフネが積んでいた艦砲の口径が陸上火砲にも使われて…みたいな
JagdChiha〄次元不可能性撹拌機 @Jagdchiha
そういう伝統から逸脱した「火砲口径の特異点」って話は一ネタになりそうだぞ 60mmとか85mmとか90mmとか95mmとか
えすだぶ @FHSWman
どうやら独軍の8.8cm口径の由来は8.7cm L/24 M1886ないしC/80野砲に行き着くようです。8.7cmという口径は15ポンド砲(砲弾重量6.81kg)として決まったもののよう。これをメートル法に合わせる形で丸めたものが8.8cm砲の始まりなんですね
えすだぶ @FHSWman
ちゃんと裏を取ったわけではないので、あくまで諸説の一つと思ってくださいな
えすだぶ @FHSWman
ドイツでのメートル法採用は1872年みたいで、8.7cm L/24 M1886野砲の開発より早い時期なのが少々気になるところです。メートル法の軍への徹底にはいくらか時間を要したってことなんでしょうか
えすだぶ @FHSWman
クルップの8.7cm砲はM1886よりもう少し遡れそうですね。9cm C/1873ないしC/73と呼ばれる砲があるんですが、これは実は8.7cm口径のようで http://t.co/GrWTtgejNb
えすだぶ @FHSWman
この9cmクルップの系譜はC/61にまで遡れるようです。クルップが水平式鎖栓の砲を作り始めたのが1860年代からのようで http://t.co/JdNtYB5JeI
えすだぶ @FHSWman
や、C/61はクルップ9cmとされるけども、実口径8..7cmでなく9.15cmだったみたいです。これは6Pfünderすなわち6ポンドに由来する口径の様子。ただし既に球形砲弾の時代ではないので、実際の砲弾重量は13.75ポンド≒6.875 kg
えすだぶ @FHSWman
クルップの8.8cm近似砲はやっぱり1873年の8.7cm C/73野砲みたいですね。ここから次期・型番ともに不明な8.7cm艦砲が生まれ、1890年頃のSK L/30で8.8cm口径に改められたようです。これは恐らく3.45インチ(8.76cm)からの丸めでしょう
寝狐ヴィッキー @Binteezi
@FHSWman WW2中に使用されたドイツ兵器(特に砲)は、メートル法だったんですか?
えすだぶ @FHSWman
@Binteezi 私の知る限りでは、ドイツは1872年以降ずっとメートル法ですね。初期は浸透までに時間がかかったようですが、1890年代になると軍内部にも行き渡って来ているようです。そこから別の単位系に移行したという話は聞いたことがありません
えすだぶ @FHSWman
独軍8.8cm砲の由来に対する私なりの結論としては「メートル砲の浸透以前の1873年頃に砲弾重量15ポンド・口径3.45インチ(8.76cm) の野砲・艦砲が存在し、1892年頃の8.8cm SK L/30の制定時に8.8cmに丸められた」と考えます。諸説の一つとしてお考え下さい
えすだぶ @FHSWman
割と興味深いお話ができた気がするのでまとめときましょう

コメント

えすだぶ @FHSWman 2013年5月8日
まとめを更新しました。
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