モーサイダー!~Motorcycle Diary~Episode of Spring V~
- IngaSakimori
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くわっと強ばった亞璃須の表情を、ぷるぷると震える肩を、そして微動だにしない胸元を志智は見ていない。ろくに会話もできないからだ。 #mor_cy_dar
2013-05-08 11:55:24「いつも並ぶのは後ろの方だって言ってたな。女子にしては背、あるよなあ」 「あ、ああ……そっ、そういう意味でしたか……」 「……なんだ? 背を高くしたいなら、定番は牛乳らしいが、俺達の身長はたぶん遺伝だからな。まあ、分の悪い努力だと思うぞ」 #mor_cy_dar
2013-05-08 11:55:50「わ・た・く・し、は! 別に背が高くなりたいわけじゃありませんからね!!」 「ああ……ふーん」 志智の机に拳を一撃。 千歳とは対照的にVツインエンジンのアイドリングのような足音で亞璃須は去っていく。 #mor_cy_dar
2013-05-08 11:57:38(いったいこいつは何の話がしたかったんだ……?) その小さくも毅然とした背中を見送りながら、そんなことを志智は考えていた。 #mor_cy_dar
2013-05-08 11:57:56数時間後。昼休み。 中高一貫校である南田磨校の屋上は、ゲート付きのブリッジで連結され、中高の校舎ごとに行き来ができるようになっているが、それを渡る者はすくない。 #mor_cy_dar
2013-05-08 12:00:48「三限と四限にいろいろ考えたんだが、どうやらこいつは胸を大きくしたいらしい。千歳、やり方を教えてやってくれ」 「えっ……え……ええ~~~~!? あのあの……あ、亞璃須さん……お、おにいちゃんの言ってること、本当ですか?」 #mor_cy_dar
2013-05-08 12:02:09「志ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ智ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!! あなた一体何を考えてるんですか!! どうやったら、わたくしの話がそういう解釈になりますか!?」 「いやだって、別に牛乳飲んで背を高くしたいわけじゃないんだろ?」 #mor_cy_dar
2013-05-08 12:03:07「だからといって、胸の話はしてません!!」 どすん、と。 志智の机へ叩きつけられた時の数倍の威力で、亞璃須の右拳が屋上のコンクリートを打つ。 #mor_cy_dar
2013-05-08 12:03:43足下にはシート代わりに広げられた小さなクロス。 千歳と志智の弁当がその上に並び、亞璃須が購買でかってきたやきそばパンは、まだラップにくるまれたままで転がっていた。 #mor_cy_dar
2013-05-08 12:04:20「いや、だったら何だって言うんだよ、わからねーやつだな……千歳、箸くれ」 「はい、おにいちゃん」 「いただきます」 「いただきます~」 #mor_cy_dar
2013-05-08 12:05:10「いいですか、志智。 わたくしはつまり、妹さんからしたら上級生の教室には入りにくい……もちろん昼食を一緒にたべたくても、なかなか難しいということを━━」 「今日の弁当はいつにも増してうまいな」 「新しい隠し味に挑戦したんだよ」 #mor_cy_dar
2013-05-08 12:06:15「あのねあのね、おにいちゃん。なんだと思う?」 「そう言われてもわからないな……なんか爽やかな感じがするが……はむ」 「妹さん本人が言いにくいことですから、わたくしが説明してあげようとしただけですわ! そういう心の機微というものをですね━━」 #mor_cy_dar
2013-05-08 12:06:51「むぐむぐ……まあ、とりあえずうまいから隠し味の正体は不明のままでいいかな」 「おにいちゃん、お米粒ついてるよ。ぱく」 #mor_cy_dar
2013-05-08 12:07:57「ああ、悪いな。お前も唇にソースがだな……ほれ」 「ひゃん」 「ぬあああああ!! わたくしの前でぇぇぇ、兄妹いちゃつくなあああああああああああああああああ!!」 #mor_cy_dar
2013-05-08 12:08:08亞璃須(ありす)の絶叫が屋上全体に響き渡り、志智たちと同じようにランチを楽しんでいた者がいっせいに振り向いた。 #mor_cy_dar
2013-05-08 12:08:35太陽が一瞬、雲に隠れる。 バスケットボールだろうか。何かが跳ねる音がグラウンドから聞こえてくる。やや遠くの甲州街道からは救急車のサイレンも。 #mor_cy_dar
2013-05-08 12:08:52「……平和だな……」 「う、うん。そうだね」 「……兄妹仲がいいのは大変よろしいことですが、志智。 あなたはもう少し優先度というものを考えるべきです」 #mor_cy_dar
2013-05-08 12:09:36「だから、その運命のなんとかはお前が勝手に言ってるだけだろ」 男の食事は早い。志智は瞬く間に弁当の残りをたいらげると、それが当然であるかのようにコンクリートの上へ寝転がった。 #mor_cy_dar
2013-05-08 12:09:57「え? えっ? おにいちゃん?」 「あー……」 いや、日差しに暖められた堅い感触は首から下だけである。 志智の後頭部は、すっぽりと千歳の膝の間におさまっていた。 #mor_cy_dar
2013-05-08 12:10:36「寝不足なんでな。千歳、残りの昼休みこうさせてもらうわ」 「う、うん……わたしは別にいいけど」 「……言っておきますけれど、膝枕の感触だったら、わたくしも負けていないと思いますわ」 #mor_cy_dar
2013-05-08 12:11:11「お前の膝は遠慮しとく。あんがい鍛えられてて堅そうな気がする」 「ぐぬぬ……」 「あ、亞璃須さん、落ち着いて……おにいちゃん、本気で言ってるわけじゃないと思うから……」 #mor_cy_dar
2013-05-08 12:12:44「まあ、それに……誰かに見られたら恥ずかしいし、な」 「………………」 「………………」 「……くぅ」 #mor_cy_dar
2013-05-08 12:12:56真実、寝入っているのか。あるいは狸寝入りなのか。 実の妹である千歳にも判別はつかなかったが、少女二人の交わし合った視線は、戸惑いにも似た驚きの色を含んでいた。 #mor_cy_dar
2013-05-08 12:13:32五分が過ぎ、十分が過ぎる。 兄の寝顔を幸せそうな微笑みで見つめる千歳の不意をついて、亞璃須の指が志智の頬を突き刺した。 #mor_cy_dar
2013-05-08 12:13:57