「独白~新選組隊士たちのつぶやき 第二章 土方歳三~明治元年十月~北への旅で」
帰ってきた二人を見て、さすがの山南さんも呆れて何も言えなかった。 近藤さんは、源さんと、 「ピンは大物になる」 と笑っていた。 楽しかったな。懐かしい。 #試衛館の青春
2013-05-21 18:07:09ここんとこピンを見かけないが・・・。 そう思っていたら、少し経ってから、大身の旗本を斬って江戸にいられなくなったと聞いた。 そう、あれは、京へ上る前の年の春だった。 #試衛館の青春
2013-05-21 18:08:01よほど慌てていたのだろうか、俺達に何も言わずに行ってしまうなんて。 それとも、試衛館に迷惑がかかるのを心配してのことだったのか。そういうところには、よく気の廻るやつだから。 #試衛館の青春
2013-05-21 18:08:50約一年の間、あいつの行方は知れなかった。 あいつのことだ。滅多な事でどうにかなるような奴じゃない。とは思うものの、やはり気にかかった。 #試衛館の青春
2013-05-21 18:09:45文の一つでも書いて寄越せ。 そう言って腹を立ててみたり、でも、あいつが、ちまちまと文を書いている様子など、とても想像出来ないと思い直してみたり。 #試衛館の青春
2013-05-21 18:10:42あいつの家にも行ってみた。 「一は勘当致しました。もう当家とは一切関わりござりませぬ」 #試衛館の青春
2013-05-21 18:11:59玄関先で、あいつの父上からそう言われて帰る俺を、あいつの母上が追ってきて、夫の非礼を詫び、息子の行方が知れたら教えてほしいと懇願した。その母上の姿を、すこし離れて、あいつの兄上と姉上が心配そうに見つめていた。 #試衛館の青春
2013-05-21 18:13:04今から思うと、あいつが京の知り合いの道場を飛び出した後だったのか。義理を欠いた息子だと、父上の態度も頷ける。 #試衛館の青春
2013-05-21 18:13:58結局、あいつの行方は、あいつの家族も誰一人知らなかった。 #試衛館の青春
2013-05-21 18:14:49ピンは何処に居るのか?無事で居るのか? 心の隅に、そんな思いを抱えながら、俺達試衛館の八人は、浪士組に加わり、京へ上った。 #試衛館の青春
2013-05-21 18:15:53清川八郎の策略で浪士組本隊が江戸に帰った後、俺達は京に残って、俺達の浪士組を立ち上げた。俺達八人と水戸脱藩の五人、総勢十三人、宿所としていた壬生村郷士八木家での旗揚げだった。 #試衛館の青春
2013-05-21 18:16:55ここにピンがいたら・・・。 口にこそ出さなかったが、俺達八人全員が、同じように、そう思っていた。 #試衛館の青春
2013-05-21 18:18:16あいつは京にいる。 今考えると、何であんな確信を持ってそう思ったのか、我ながら呆れる。が、俺たちはその確信のもと、京であいつを捜し歩いた。 #試衛館の青春
2013-05-21 18:19:24居た。やはりあいつは京に居た。俺たちはあいつを見つけた。だが、およそ一年の寄る辺の無い京での暮らし。あいつには俺たちの知らないしがらみが出来ていた。 #試衛館の青春
2013-05-21 18:21:42壬生の八木源之丞さんのところだ。 振り向かずに去っていくあいつの背中にそう言い掛けて、俺たちは一旦引いた。 #試衛館の青春
2013-05-21 18:22:37だから数日後、八木家の玄関で案内を乞うあいつの声を聞いた時、俺達八人は、安堵と喜びで沸き立った。 #試衛館の青春
2013-05-21 18:23:27しかし、あいつに再会してみて、俺達は愕然となった。 一年足らずの間に、あいつの身に一体何があったというのだろうか。あんなに明るかった奴が、暗い目をして全く笑わなくなっていた。 #試衛館の青春
2013-05-22 18:15:10「何があったんだ?」 と、訊いてやればよかったと思う、いや、訊いてやるべきだった。 だが、俺はそれをしなかった。 俺の方に、あいつを思いやる余裕がなかった。言い訳になるが、あの頃の俺の頭の中は、組の事でいっぱいだったのだ。 #試衛館の青春
2013-05-22 18:16:01あいつは、本当に役に立った。 俺の命じた事は、どんな事でも泣き言一つ言わず、きっちりとこなした。 ふっと、総司や平助と同い年なんだと思うとき、いじらしく愛しくなった。 #試衛館の青春
2013-05-22 18:17:01だが、それは一瞬のことだった。 俺は、すぐにそのことを忘れた。 あいつの仕事ぶりが、俺にそのことを忘れさせた。 あいつは役に立ちすぎた。だから、ついつい便利に使ってしまった。 #試衛館の青春
2013-05-22 18:18:04平助が死んだ夜、あいつは俺の部屋に来て、黙って頭を下げた。 泣いていた。 京へ来てから見る、あいつの初めての涙、いや、あいつの初めての感情だった。 #試衛館の青春
2013-05-22 18:19:11今思うと、 「お前のせいじゃないぞ」 と言ってやったらよかった。抱きしめて、いや、せめて肩に手を置いてでもそう言ってやればよかったと・・・。 #試衛館の青春
2013-05-22 18:20:30しかし、あの時、俺は、涙に気付かれないようにそっぽを向いて、 「気にするな」 の一言を言うのが精一杯だった。 俺だって辛かったんだ。平助に死なれたこと、そして、あいつにあんな辛い思いさせたことが。 #試衛館の青春
2013-05-22 18:21:27あいつが来た。 「容保公に援軍を連れてくるよう命ぜられた」 その一言で、あいつは、ただ一つの事を除いて、全てを理解した。 ただ一つの事、それは、あいつを会津に残していくことだった。 #試衛館の青春
2013-05-22 18:22:43あいつは剣でしか生きる術を知らない。 戦のあるうちはいい。だが、やがて戦は終わる。おそらくあいつは生きてるだろう。どんな激しい戦に出たとしても。 その後、どうやって生きていく? 会津藩の人達と一緒なら、何とか生きる術を見付けられるんじゃないか。 #試衛館の青春
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