- buchi_enlettres
- 2961
- 0
- 0
- 12
@hawksfan825 みんな言うようにやっぱ自分の視点の違いが重要なんやな。視点のコントロールができるようにならなあかんな。いやこれはすごく勉強になる。
2013-06-11 00:03:57@buchi_enlettres それが教育者の立場としてあるべきかというのはまた別かと思いつつ。仮に完璧な人格をもった教育者というのがいたとしたら、その人は教育に「怒り」をつかうかなぁ
2013-06-11 00:05:08@buchi_enlettres そうそう、だから100パーセント怒りを否定できないのよね。ただ、これが商業としての塾とかと結びついてくるとなかなか難しい。
2013-06-11 00:06:55「教員」なんて単位を取れば誰でもなれる。「教師」になるにはそれなりの経験が必要になる。生徒全員の「教員」になることはできる。でも生徒全員の「師」になることは不可能。それは生徒がその教員を「師」と仰ぐのはその生徒次第だから。
2013-06-11 00:09:15@tana_and_the 教育者の立場としては無しでしょうね。そういったことを想定して教育を行うのは絶対にだめだと思う。でも教師だって人だから、確実に叱るという行為を動かしているのは「怒り」じゃないのかなーとは思う。動機をどこまで洗練できるかっていうのは考えるべきことかも。
2013-06-11 00:09:26@mercy_KUL 表面だけの「叱り」方を身に付けていてもしょうがないからねー。やはり人を叱るっていうのはそれ相応の動機がいるわけで、逆に怒りがない叱りだったらそれは嘘だとも思う。
2013-06-11 00:12:12@hawksfan825 すごい。めっちゃ納得した。【教師】ってのは生徒目線からの考えなんやな。じゃあ【教師】と認めてもらえるようにがんばらないといけないってことやね。その使い分け俺も活用するわ。
2013-06-11 00:14:01@buchi_enlettres 完璧にはなれないから、どこまで自分の人格とマッチした自分の教育理念を打ち立てられるかってことになるんやろけどね。 それはどうだろうなー…心の中に怒りがあって、それが源の叱りだったとしても、捉えようによっては愛と考えることも出来るし、なんてどうかな
2013-06-11 00:14:07@mercy_KUL @tana_and_the @buchi_enlettres お前らと話すと自分が磨かれる気がする。神戸来て良かった!
2013-06-11 00:14:09@rymrymrymrymrym けど怒りって言うとどうしても個人的なイラつきみたいなのも入りそうやん。やっぱり相手も理解できるような考えを提示して叱る方がよくない?
2013-06-11 00:14:38@mercy_KUL @tana_and_the @buchi_enlettres 教員と教師の話を地元の後輩にコッソリふぁぼられた(笑)愛+怒=叱りってことかな?
2013-06-11 00:16:24@buchi_enlettres 根源的な怒りをどのようにコントロールして、より説得力のある叱りに転換できるかってことやね。その説得力は本気の怒りが無いと生まれないもんな。そのコントロールと転換が上手い人ってのが良い教育者なのかな。
2013-06-11 00:17:19@hawksfan825 @mercy_KUL @tana_and_the @buchi_enlettres 僕は正直愛情がない相手に怒りはわかんな。軽蔑と脳内からの存在抹殺する
2013-06-11 00:18:50@tana_and_the マニュアルがないのが教師の難しいところだもんね。でも私情を挟まないことは努力すれば誰でもできることだしな。 やはりそこに愛があるかっていうのは至極重要なことだとは思う。「怒り」が必要っていうのは語弊がある。
2013-06-11 00:19:25@hawksfan825 @tana_and_the @buchi_enlettres その式が一番端的に表せてるなぁと思う。ほんまに神戸きて良かった!このたった二ヶ月でこんなたくさん新しい価値観に触れられるなんてすごい!
2013-06-11 00:21:12