山本七平botまとめ/”牢獄の中の天皇”論/~美濃部機関説「国家法人」の総攬者としての天皇に対する被統治意識を持たなかった二・二六事件の青年将校~

山本七平著『存亡の条件――日本文化の伝統と変容――』/第四章 合理と非合理/”牢獄の中の天皇”論/130頁以降より抜粋引用。
政治 青年将校 天皇囚人論 尊皇討奸 知識人党 二・二六事件 昭和維新 存亡の条件 磯部浅一 山本七平
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山本七平bot @yamamoto7hei
1】【″牢獄の中の天皇″論】「殉教者自己同定による絶対権の獲得」には三つの前提がいる。 ①殉教者の存在、 ②被害者(殉教者の側に立つゆえの)という自己規定、 ③ ″見えざる牢獄論″――その獄卒‐加害者の責任追及である。<『存亡の条件』
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2】そして昭和初期の右翼・青年将校は、この三つをことごとく持っていた。 いわば当時の″知識人党″だったわけである。 まず、②からはじめよう。 ″軍は加害者″は戦後の通説であるから、彼らが強烈な被害者意識をもっていたとは、今では信じがたいであろう。
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3】しかし私が入隊した昭和17年、いわば″勝った勝った″の絶頂期ですら、彼らは被害者意識の固まりであった。 まず、前に述べた軍縮による四個師団廃止である。 彼らはこれを外圧と受けとっていた。
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4】事実、円切上げの時と同じように、当時は政府もマスコミもこれを外圧としているから、そう受けとった責任は必ずしも彼らにはない。 現実問題としては、軍縮は軍人への″首切り″、師団駐留地の″基地経済の崩壊″を意味するから、現在における「国鉄の人員整理」よりはるかに難問であったろう。
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5】幕末以来、こういう問題はすべて外圧として処理され、 「耐え難きを耐え、忍び難きを忍ぶ」 という「内心の解決」にその最終的解決を求めたのは、伝統的に今も通用する当然の処置といわなければならない。
山本七平bot @yamamoto7hei
6】だがこれは 「堕落政治家と軟弱外交のため、戦わずして四個師団が殲滅された。」 そのため軍は不当な犠牲を常に強いられてきた、 という強烈な被害者意識となり、昭和17年当時ですら、いわば一種の「軍隊内常識」であった。
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7】従って彼らは、全ての責任をこの点に転嫁し、 日華事変でもノモンハン事件でも、その失態は全て「政治家が悪い」のであって、軍の責任ではない、 という自己正当化に生きてきた。 同時にこれは国軍を統率する天皇が″股肱″を失ったことであり、従って天皇こそ最大の被害者と規定された。
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8】彼らは自らを被害者とし、かつ被害者=天皇の側に立ったわけである。 次に①と③だが、まず維新の志士を殉教者に見立て、これと自己を同定化するとともに「皇室=見えざる牢獄論」いわば「天皇囚人論」をとり、同時に全日本人が″見えざる牢獄″にあると規定した。
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9】この間の彼らの考え方が最も的確に表れているのが、二・二六事件の将校の言動である。 もちろん彼らには、教育勅語的″口伝″以外には明確な政治思想は何一つなく、また政権を自ら奪取する考えも、具体的な将来への構想もない。
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10】否、それどころか、政治に関与する者、また政党に属する者ないしは政権獲得をめざす者を、徹底的に蔑視していた。 この点はファリサイ的といえる。 面白いことにこの態度と状態は、前述の林三郎氏の「知識人党」の規定にぴたりとあてはまるから、次に引用させていただく。
山本七平bot @yamamoto7hei
11】【知識人党は思想的には内容皆無に等しく「……自然発生主義者、社会主義者、反共産党主義者(新左翼?)、構造論者、生態学者等々の混合で、カクテルどころか、スープの混ぜ合わせで味もソッけもない……】
山本七平bot @yamamoto7hei
12】【生態学のテーマはルッソーばりで保守的、自然発生論者は古い物置小屋で見つけた十九世紀の遺物、でなければ完全な現実と古典政治の結合にナイーブな解釈を加えたもの……」】
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13】【そして「この『知識人党』と政党との相違は次のとおりである。 政党は自分の行為に責任を持たなければならないが『知識人党』は決してそれを持たない。 前者は権力を得ることも失うこともあるが、後者は絶えずそれを維持し拡大してゆく。】
山本七平bot @yamamoto7hei
14】【前者(註:知識人党)は世論に依存しなければならないが、後者(註:政党)は世論や政党についての審判から出発することによって権威の座についているのだから強い」と。】
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15】この文の彼らの″思想″の処を 「古事記・万葉への幼稚かつ奇妙な解釈、 古びた尊皇思想と社会主義との明治初年的結びつき、 19世紀の遺物である西欧軍国主義の銃剣絶対と日本的農本主義の結合等々」 と変えれば、(続
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16】続>それは中岡艮一以下二・二六事件の将校――否、彼らだけでなく私の接したすべての青年将校――までそのままあてはまる。 彼らの殉教者=維新の志士への自己同定は、自らの行為を昭和維新と称し、部隊を離れて横に連結することを「脱藩」と称したことにも表れている。
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17】しかし、維新はすでに終わり、どこにも安政の大獄はないから、彼らがいかに尊皇を叫んで殉教者自己同定を行おうと「死刑執行人の目が光る」はずはない。 そこで「喜劇役者であることを認める」ことを拒否するなら、尊皇思想が弾圧された幕末に生きていると信じなければならない。
山本七平bot @yamamoto7hei
18】確かに維新以前には、朱子学的思想からすれば、天皇は京都の「見えざる牢獄」におり、これを″解放″して政権の座にすえることが彼らの目的であったろう。 だが、昭和の時点では、天皇は立憲君主制の統治者であり、牢獄にいるわけではない。 否、それだけでなく、彼らの指揮官である。
山本七平bot @yamamoto7hei
19】しかしそう規定したのでは、彼らは喜劇役者になり、殉教者自己同定は成り立たない。 従って、お定まりの通り昭和の天皇も同様に牢獄にあり、そのため、全日本人が牢獄にあると規定せざるを得ない。 このことは、二・二六事件の実質的な主謀者磯部浅一の遺書にはっきりと表れている。
山本七平bot @yamamoto7hei
19】彼は、天皇が″牢獄″の中にいながら、愚かにもそれに気づかない。 おそらく、天皇の周囲の獄卒たちを殺して「その返り血をあびなければ」自らが牢獄の中にあることを自覚できないであろう、 といっている。 そして天皇さえ牢獄にいるのだから、全日本人は牢獄の中にいる。
山本七平bot @yamamoto7hei
20】軍はその最大の被害者である。 だが民衆は愚かにもその牢獄を自覚しない――これが、彼らの愛唱歌『昭和維新の歌』の一節「盲たる民、世におどる」の意味である。 この「民衆は盲目である、従って彼らを覚醒させなければならない」という奇妙な使命感は、青年将校のほぼ全員がもっていた。
山本七平bot @yamamoto7hei
21】それはしばしば入営者を見送る家族への激烈な演説になって表れている。 だがその内容は、新左翼の演説同様、聞く者には一向に通じないのが通常であった。 この例は二・二六事件の直前にもある。 だが以上の彼らの規定に一つの根拠があった事は否定できない。
山本七平bot @yamamoto7hei
22】…彼らの被統治意識が逆にたどった忠誠の対象である天皇は、伝統的儒教的尊皇思想の″口伝″に基づき、それが西欧の非合理性「殉教者自己同定」との結びつきにおいて規定されている対象であっても、西欧的合理性の産物、美濃部機関説の「国家法人」の総攬者としての天皇ではなかった。
山本七平bot @yamamoto7hei
23】彼らは、このように規定された天皇に対しては、被統治意識をもっていなかった。 従って彼らの被統治意識からすれば、立憲君主制は天皇への一つの″牢獄″と規定しうる。 従って明治憲法に基づくその権限を行使している者は、すべて″獄卒″となるであろう。
山本七平bot @yamamoto7hei
24】これが二・二六事件の標語が「尊皇討奸」であり、君側の奸すなわち″獄卒″を排除して、″見えざる牢獄″から天皇を救出するという発想が出てくるわけである。 従って、その基本にあるものはやはり、最初述べた出発点の矛盾である。
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