「うはー、びしょびしょ」ベランダの窓を開けるなり、彼女はそう言って翼をふるわせ、水滴を払うと後ろ手に窓を閉じた。「なぁ、来るなとは言わないけどびしょ濡れになってベランダから入ってくるのはどうなんだよ」「大丈夫、水は払ったから」払えてない。制服や髪の毛先から水が滴り落ちている。
2013-07-08 16:43:58「いや、思いっきり水垂れてるからね?」「ごめん、この借りは体で返すから」「返さんでいいわ! 風呂場に雑巾とタオルあるから早く拭け!」「はいはーい」とてとてと彼女は風呂場へ早足で向かう。まったく、この鳥頭はいつになったら雨が降りそうなときに傘を持っているということを覚えるのだろう。
2013-07-08 16:51:03「ふー、助かった助かった」長い髪の水気をタオルに吸わせながら彼女が戻ってきた。「うしろ、拭いて?」僕の前で足を止めるとタオルを差し出して背中を向けた。「へいへい」タオルを翼に押し当てて水滴を拭う。「んっ……」ちょっとだけ色っぽい声が彼女の口から漏れる。「ほら、終わったぞ」
2013-07-08 16:55:21翼を拭き終わったタオルを彼女に突っ返す。「もっと拭いてもいいんだよ?」「水残ってないだろ」「むぅ~、いけずぅ……」ぷくっと頬を膨らましてベッドに腰掛けるとおもむろに彼女は身に着けているものを脱ぎ始めた。「うぉいっ!?」「きゃーえっちー、見ないでー」完全に棒読みの言葉が帰ってくる。
2013-07-08 17:01:04「大丈夫、着替えは持ってきてるから」そういう問題ではない。彼女に背を向けて壁を睨む。ぺちゃ、と濡れた衣類が床に落ちる音が時折聞こえる。「ん、もういいよ」振り向くとすでに彼女はタンクトップにホットパンツというラフな部屋着に着替えていた。「そもそも着替え持ってるなら傘持ってこいよ!」
2013-07-08 17:07:03「いや、この着替えはここに置かせてもらってるやつだし……」「いつのまに持ち込んだんだよ!?」もはや完全に我が家を侵略し始めているぞ、こいつは。「んーと……先月?」「マジかよ」「これでいつでもお泊りできるしね」「帰れ」「やん、冷たい」「頭痛くなってきた」「どうしたの? 恋の病?」
2013-07-08 17:10:51こいつと話していると、いつの間にか主導権を掌握されてしまう。水浴びの時もそうだ。「もういい、諦めた。寝る」「はい、羽毛布団」ばさっと右の翼を広げ、彼女は手招きする。「暑苦しいからやめろ!」「じゃあ抱きまくら」「いらん」「チッ」「漫画でも読んでろ」「エロ漫画ある?」「ねぇよ!」
2013-07-08 17:15:19いや、正確には何冊かあるけど見つかるとそれをダシにいろいろと言われそうなので口が裂けても言わない。ベッドに横になって天井を見上げる。 ゴロゴロ 「ん、雷か」「!」本棚を物色していた彼女の背中で翼がびくっと震えた。ピカっと窓が光り、数拍遅れて雷鳴が響く。「あ、あう……いや……」
2013-07-08 17:20:18「うわっ!?」彼女は巨大なバネに弾かれたかのように僕の寝転がるベッドに飛び込んできた。「やだ、やだぁ……」彼女の肩がプルプルと震えている。翼も小さく縮み、普段の半分ほどの大きさになっている。「あれ、お前雷ダメだっけ」僕にしがみついたまま、彼女は小さく首を縦に振った。
2013-07-08 17:23:42「飛んでる時に打たれなきゃ大丈夫だろ、もしかして音がダメとか?」「……ぜんぶ」ぎゅっとシーツを握りながら彼女は答えた。「いいこと覚えた」「うぅ、言いふらしたら殺す」学校では怖いものなしの彼女が、ただの雷を本気で怖がっている。再び窓が明るく光る「ふぇっ……」「大丈夫、遠い」
2013-07-08 17:30:06このままぎゅうぎゅう抱きつかれているとうざったいのでとりあず頭を撫でてやる。「ん……」「雷のどこが怖いの?」いちおう、優しく訊いてみる。「だって、だって、雷に見つかったら……おヘソ取られちゃうんだよ!?」「オィッ!?」感電するのが怖いとかじゃなくてそっちかよ。
2013-07-08 17:34:18ゴロゴロと、いまだに雷は鳴り止まない。音が聞こえるたびに彼女は僕にしがみつき、稲妻が落ちるたびにびくっと翼を震わせる。「よしよし、怖いくない怖くない」「馬鹿にしてるでしょ」「してる」「むぅ~」怒っているのか、それとも怖いのか、彼女はシーツを握ったまま唸る。
2013-07-08 17:40:33「はいはい、いい子いい子」「んぅ、ばかに……すぅ」彼女の頭を撫でていると、いつの間にか抗議の声は小さくなり、穏やかな寝息に変わっていた。「あ、おい、寝るな、こら」俺の胸に翼の分の体重がかかってきて息苦しい。「ただいま」「げっ、母さん!?」やばい、この状況を見られると死ぬ。
2013-07-08 17:49:49スリッパの足音が近づいてくる。「やばい、起きろ!」慌てて彼女を揺するが、安心して眠っているのか全く目を覚ます気配がない。「くぅ……すき……」本当に猛禽か、こいつは。「あんた、みらんちゃん来てるなら何かお菓子くらい――あら」ドアが開いたのは、その時だった。「違うんだ母さん!」
2013-07-08 17:57:19「あらあら、若いわねぇ」母さんは口元を覆いながらニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる。「ちっがーう!」「じゃあ、邪魔者はお赤飯を買いに行ってきますね」「やめろー! やめてくれー! 誤解だ!」覆いかぶさる彼女の体は重く、びくともしない。「避妊はしっかりするのよ」「そっちかよ!?」
2013-07-08 18:00:33