モーサイダー!~Motorcycle Diary~Episode of Summer VII~
- IngaSakimori
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(なんでだ……ブレーキランプが……?) 体を全方位から痛めつけるGに耐えつつ、前を走るDR-Zの車体を睨みつけていると、志智はそのブレーキランプが見慣れない光り方をしていることに気がつく。 #mor_cy_dar
2013-08-31 23:36:16コーナーの入り口をすぎても点灯し続けている。 通常、減速操作はコーナリングの開始前に終わらせるものだ。 リアブレーキで微調整をしているかと思えば、早間の右足はコーナリング中に仕事をしている様子はない。 #mor_cy_dar
2013-08-31 23:36:22(フロントブレーキをコーナーに入ってからもかけ続けているのか……そうか、あれは……!) 志智の脳裏によぎった記憶は、かつて4ミニの集団と競ったときは、自分を一瞬で抜き去った谷川淳の『深紫(ディープ・パープル)のYZF-R1』だった。 #mor_cy_dar
2013-08-31 23:36:46(あのR1もコーナーの途中でずっとブレーキランプが光っていたな……やってみるか……) それが速さを生むテクニックだというのならば、三鳥栖志智の心に迷いはない。恐怖よりも、今のは目の前を走るマシンに追いつきたいという気持ちの方が圧倒的に勝っているのだ。 #mor_cy_dar
2013-08-31 23:36:57まず最初のコーナーでは、ブレーキを少し『甘く』した形でコーナーへ進入した。 そして途中でレバーへ力をこめてみる。すると、バンクしていた車体が起き上がり、あわや壁面へ突進しそうになってしまった。#mor_cy_dar
2013-08-31 23:37:19「あぶねっ」 スロットルを緩め、シフトダウン。リアがロックし、尻を無様に振りつつもスパーダは路肩へタイヤをすりつけながら、コーナーをクリアする。 #mor_cy_dar
2013-08-31 23:37:26(今のじゃダメなのか……) 力が強すぎるのだろうか。次に志智が試したのは、掛け値なしのフルブレーキングだった。 しかし、ブレーキレバーはコーナリングをはじめても完全にリリースせず、僅かだけ力をかけておく。 #mor_cy_dar
2013-08-31 23:37:39(おっと……!?) 前のめりの姿勢が長続きしていることが、よく分かった。 フロントフォークが沈み続けている。旋回がはじまると、これまで何百回と繰り返したコーナーの曲がり方と明らかに違う。 #mor_cy_dar
2013-08-31 23:37:48(コンパクトに曲がっている……そうか、これか!) その瞬間、コーナーの途中までブレーキングを引っ張るテクニックが減速のためではなく、旋回性を高めるためなのだと三鳥栖志智は悟る。 #mor_cy_dar
2013-08-31 23:38:04「いける……ついていけるぜ!」 一人のライダーが新しいテクニックに開眼した瞬間である。 #mor_cy_dar
2013-08-31 23:38:15慣れ親しんだスパーダがこんなにも曲がる。さらに曲がる。その快感は乗り手でなければわからないものだった。 前方を走る早間との差がじわじわ詰まってくる。ふるさと村の信号が見える頃には、ほとんどテールトゥノーズの状態にまでなっていた。 #mor_cy_dar
2013-08-31 23:38:24「まさかここまでやるとはな……!!」 登りで突き放せるはずだった。下りになればさらに差は広がるはずだった。 それがどうだ。結局、今の自分はすぐ後方から煽られているではないか。 #mor_cy_dar
2013-08-31 23:38:42(VTにここまでのポテンシャルがあるとは、恐れ入ったぜ……) そのポテンシャルを引き出す『コツ』を与えてしまったのが、他ならぬ自分であることなど早間は知るはずもない。 #mor_cy_dar
2013-08-31 23:38:53コークスクリューの進入では、追突しそうなほどの至近でスパーダが背中をつついてくる。向こうの方が速い。もはやそれを隠せる状況ではない。 #mor_cy_dar
2013-08-31 23:39:01「だがな……それでも前にいた奴が、勝ちなんだよ!」 吹っ飛ぶように減速帯の上をひた走り、揺れるサスペンションを押さえつけながらコーナーを抜ける。 #mor_cy_dar
2013-08-31 23:39:09それは爽快でありつつも、恐怖だった。震災後、福島の浜通りで目にした地獄が早間の脳裏によぎる。 #mor_cy_dar
2013-08-31 23:39:15(どうしようもないほど死んだ……どうしようもないほどひどかった……だが、それでもこんなことをしている!) モーターサイクルになぜ乗っているのだろうかと考えたこともある。 #mor_cy_dar
2013-08-31 23:39:24ひとたび事故に巻き込まれれば、高確率で死んでしまう乗り物。 なぜ天から与えられた命をむやみに散らすのか、危険に晒すのか、その答えは今もわからない。 #mor_cy_dar
2013-08-31 23:39:31(死に急いでるみたいに突っ込んできやがって……ふざけんなよ! お前に何がわかる! 何がわかってる! 本当の悲惨も、地獄も、何もしらない東京もんのお前に!!) 川野駐車場まで残すところコーナー二つ━━そのロングストレートで、耳元に両親の声が響いた気がした。#mor_cy_dar
2013-08-31 23:39:43「………………っ!」 目元からあふれそうになる涙にも構わず、ブレーキング競争へ突入する。 イン側に滑りこむスパーダ。しかし、前に出さなければいいことだ。 もともとこちらの方が先にいる……ブレーキングで負けない限りはこれで。 #mor_cy_dar
2013-08-31 23:39:52「俺の……」 彼、早間仁の━━ 「………………負け、か」 視界の右手に赤いスパーダの車体が見えたその時、早間はDR-Z400SMのスロットルから手を離していた。 #mor_cy_dar
2013-08-31 23:40:02「三鳥栖、お前……死にかけた経験とか、ないか? さもなくば、死のうとした事とか」 川野駐車場へ戻ってきた早間仁(そうま じん)が最初に発した言葉はそれだった。 #mor_cy_dar
2013-08-31 23:40:23刹那、志智と━━そして亞璃須が表情を固くするが、額いっぱいに汗を浮かべた早間は、その変化に気づく余裕も残っていなかったらしい。 #mor_cy_dar
2013-08-31 23:40:30