モーサイダー!~Motorcycle Diary~Episode of Summer X~
- IngaSakimori
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そして駅前で別れるとき、難西(なんぜい)は思い出したように振り返って谷川に訊ねた。 「なあ、淳。一つ訊きたいんだがな」 「なんだ?」 「あのスパーダ……お前が乗ってたやつだよな?」 #mor_cy_dar
2013-09-25 12:13:22「さあな……気のせいじゃないか。VTは耐久性がいいからな。そこら中で生き残ってるよ」 「とぼけやがって。あのワンオフマフラー付けるの手伝ったのは、誰だと思ってるんだ。 まあいいか……あのボーヤがお前のスパーダにふさわしいかどうか。試してみるのも悪くない」 #mor_cy_dar
2013-09-25 12:13:49「よろしく頼むよ」 薄い笑顔で見送る谷川に対して、難西は軽く右手だけを挙げた。 やや猫背な後ろ姿が、駅ビルへ消えたころを見計らって、吉脇が谷川に声を掛ける。 #mor_cy_dar
2013-09-25 12:14:00「彼は……まだ、陽子ちゃんのことを引きずっているのですか?」 「ええ、今もあいつの傷は癒えていない。 ただ志智くんと走ることで……何かが変わるかもしれない。そんなふうに僕は思っているんですよ」 #mor_cy_dar
2013-09-25 12:14:15「それは……そうなればいいですが」 吉脇の表情には分厚い雲がかかり、不意に吹き始めた風は秋の冷たさを含んでいた。 辻立ちの托鉢僧が錫杖をカラリと鳴らし、転がる空き缶を猫が追いかける。 #mor_cy_dar
2013-09-25 12:14:29「……かもしれない、ですよ」 谷川淳の踏み下ろした右足が空き缶をプレスし、猫はにゃあと鳴いて走り去った。 #mor_cy_dar
2013-09-25 12:14:38それから数日。土曜日の午後。 「トラスフレームにどんな意味があるか、ですって?」 「ああ、ちょっと知りたくてさ」 #mor_cy_dar
2013-09-25 12:15:28いつものように大多磨周遊道路・川野駐車場には、志智のスパーダがあり、紅茶を楽しむゴシックロリータ姿の亞璃須(ありす)がいて。 そして、どことなく手持ちぶさたな様子のティックが、グロムのシートに腰掛けていた。 #mor_cy_dar
2013-09-25 12:15:43いや、今日に限ってはもう一人。 「そりゃあお前、志智よ。トラスフレームって言ったら、ある意味いちばんの安全パイってやつだな」 #mor_cy_dar
2013-09-25 12:16:03横から口を挟まれた亞璃須が、眉をひそめるのにも構わず━━いや、気づかずに講釈顔でそう言ったのは、ZRX1200の『おやっさん』である。 #mor_cy_dar
2013-09-25 12:16:25「おやっさん、安全パイっていうと?」 「トラスフレームってのはな、アルミみたいな高ぇパーツを使わなくて済む割に、強度もしっかり出るし適度にしなりもする……まあ、いいとこ取りなんだ」 #mor_cy_dar
2013-09-25 12:16:54「そりゃ絶対的な剛性では、スパーダとか『モタロリ』ちゃんのXRみたいなアルミフレームには負けるけどな」 「へえ……」 「俺ぁ建築やってるからヨ。 トラス構造ってのは橋とかでもよく使われるんだぜ」 #mor_cy_dar
2013-09-25 12:18:32「……年は取りたくないものですわね。 そんな当たり前のことを、わざわざ説明するために出しゃばるなんて、自尊心が歪んでいるというものですわ」 #mor_cy_dar
2013-09-25 12:18:47「相変わらず『モタロリ』ちゃんは厳しいなあ……とほほ」 「前々から言ってますけど、その呼び方。気に入らないんですけど?」 嫌悪に限りなく近い視線を『おやっさん』に向けると、亞璃須(ありす)は気を取り直すように腰へ手を当てた。 #mor_cy_dar
2013-09-25 12:19:00「まっ。 今みたいなジョーシキは当然! わたくしも存じていますが……あえて補足するなら、コストパフォーマンスが良いというところですわね」 「えーと、よくわからないけど、そこそこいい性能のフレームが安く造れるのが、トラスフレームってことなのか?」 #mor_cy_dar
2013-09-25 12:19:11「そこそこどころか、レースでも使えるフレームが出来ますわ」 「ドゥカティのレーシングマシンとか、ずっとトラスフレームだったんですよ、お兄さん」 「へえ」 ティックの言葉に志智が振り向くと、姉はますます不機嫌そうな表情になった。 #mor_cy_dar
2013-09-25 12:19:30「ティック。わたくしが言おうとしたことを勝手に先読みしないように」 「そんな無茶な……」 「姉とは弟に対して無茶で尊大で非道なものですわ。 ……ですけど、志智? どうして急にトラスフレームなんかに興味を持ったんです?」 #mor_cy_dar
2013-09-25 12:19:41「いや、ちょっと、さ」 じんわりと熱を持ったスパーダのアルミフレームへ手を当てながら、志智は視線をアスファルトの地面へ落とす。 #mor_cy_dar
2013-09-25 12:19:51「なんて言うかな……すごく腕のいいライダーに会って、さ。 乗ってるバイクがトラスフレームだったから、それが速さの秘密なのかなって思っただけだよ」 #mor_cy_dar
2013-09-25 12:20:06「ふぅん……志智がそんなことを言うなんて、よっぽどの相手なのでしょうね。 マシンは? 1098かTRX? まさかデスモセディチ?」 「VTRだよ。250ccのVTR」 「VTRぅ?」 #mor_cy_dar
2013-09-25 12:20:19亞璃須の声に志智は思わず吹き出してしまった。 あきれかえったような表情が原因ではない。そのイントネーションが祇園田(ぎおんだ)の時とまったく同じだったのだ。 #mor_cy_dar
2013-09-25 12:20:47「あんな誰でも乗れるマシン。志智なら簡単に抜けるでしょうに」 「いや、それがさ、めちゃくちゃ速いんだって。俺なんかよりずっと上手いライダーだったよ」 #mor_cy_dar
2013-09-25 12:21:08「でも、なんであんなに速いのか考えてもよく分からないからさ。マシンの違いとか、そういうところからいろいろと聞いてみようかと思ったんだ」 #mor_cy_dar
2013-09-25 12:21:24「それでフレームの話になりますのね。 まあ……それは確かにVTRでも腕次第で……でも、わたくしの志智が格下のマシンに……むむむっ」 「なんでお前が深刻そうに悩んでいるんだよ」 #mor_cy_dar
2013-09-25 12:21:36