丸山天寿さん@tenjumaruyamaの「本日「豆腐の日」。日本豆腐協会が制定。」

本来「豆腐」の「腐」は「納屋の中で肉を熟成させる」という字から転じて「柔らかく弾力性のあるもの」の意味。(中国には発酵させた物もあるが)日本では食品に「腐る」の字を嫌って「豆富」「問冨」と書くこともある
食文化史 tenjumaruyama 豆腐 丸山天寿
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丸山天寿 @tenjumaruyama

古本屋。田舎の物書き。郷土史研究者。 ほらふき爺と呼ばれています。怪しい物・伝説・言い伝え大好き。強い視力障害があり全てのツイートが読めずに、よく誤字、脱字やツイートの見逃しをやらかします。体調の関係で午前中のわずかな時間しか呟きません。ご容赦下さい。アイコンはイラストレーターのイクタケマコト ‏先生に描いて頂きました

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丸山天寿 @tenjumaruyama
本日「豆腐の日」。日本豆腐協会が制定。「とう(10)ふ(2)」の語呂合わせ。本来「豆腐」の「腐」は「納屋の中で肉を熟成させる」という字から転じて「柔らかく弾力性のあるもの」の意味。(中国には発酵させた物もあるが)日本では食品に「腐る」の字を嫌って「豆富」「問冨」と書くこともある→
丸山天寿 @tenjumaruyama
豆腐は紀元前2世紀、前漢時代の淮南王・劉安公が考案したものという説があるが真偽は不明。この時代は私の好きな時代だが、当時の漢には大豆がなかったようだ。宋代に入ると明らかに豆腐と思える物を食べている。ただ、日本と違って生ではなく、発酵豆腐や油で揚げたりして食べたようだ。 →
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豆腐を日本にもたらしたのは弘法大師とも言われる。別説ではゆばやこんにゃくとともに帰化僧が持って来たとも。鎌倉末期には民間に伝わり、室町期には日本中に広まり、江戸期には庶民が食べる普通の食品になった。この時代は木綿豆腐が主流。司馬遼太郎先生によると大村益次郎公の大好物だったそうだ→
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豆腐の調理方法の種類は驚くほど多い。江戸期の「豆腐百珍」には様々な豆腐料理が載っているが、個人的には(夏には「冷奴」)これからの季節は単純な「湯豆腐」が一番美味いと思う。生醤油に少し酒を落して、青じそと晒し葱の薬味で食べるのが大好き。「湯豆腐やいのちのはてのうすあかり 万太郎

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