ほしおさなえさんの140字小説15

ほしおさなえさんの140字小説15 その150~その159です。 (まとめ1)http://togetter.com/li/371906 (まとめ2)http://togetter.com/li/373145 続きを読む
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ほしおさなえ @hoshio_s

やわらかいしずくのようなものになりたい。あわいかなしみのような、うすくとうめいないろの、なめらかなせんでできた、しずくのようなものになりたい。うみのなみのしずくのような、あめのいってきのような。そういってあなたはいきをつく。うみのにおいのかぜがふく、きらきらしたごごのことでした。

2013-06-04 15:27:17
ほしおさなえ @hoshio_s

夕暮れどき、川べりを走っていた。このまま走って行けば、自分が生まれた場所にたどりつける気がした。夕日が沈んでいく。まわりの空気から少しずつ光の粒子が消えていく。息を吸う。身体がばらばらにほぐれて、蛍のような光になって飛んでいけたらいい。息を吐く。足もとの草がそよぎ、星が光り出す。

2013-06-08 12:21:34
ほしおさなえ @hoshio_s

花の奥には甘く小さな闇がある、とその人は言った。闇の中には夢がひとつ宿っている。それはなにかが死ぬときに、最後に見た風景なのだと。それが花の美しさの秘密なのだと。花はそれをしばし世界に解放し、しぼむ。今朝咲いた花をのぞくと、その人の庭が映った。甘くやわらかな、その人の匂いがした。

2013-06-09 20:08:05
ほしおさなえ @hoshio_s

雨が降る。土の底から海がせりあがってくるようで、身体が水に浸かっていくようで、眠くなる。そういえばむかしこんなところにいたと思う。生まれる前の記憶なのか、魚だったころの記憶なのか。夢の中でわたしは運動靴を洗う。青い空の下に白い運動靴を干す。裸足で草の上に立ち、なにか、待っている。

2013-06-13 17:36:37
ほしおさなえ @hoshio_s

蒸してくる。地面から雲が立ちのぼっていくようだ。夏が近づいている。虫たちも土から出て、羽を広げて飛んでいくんだろう。炭酸水を飲む。身体から夢や悲しみが気泡のようにふわっとあふれ出す。なにもかもわたしだけのものではないのだ。空気の中でなにかと溶け合っている。雲になる練習をしている。

2013-06-18 20:14:18
ほしおさなえ @hoshio_s

夕方、かげぼうしが長くなる。僕のじゃないみたいに長くなって、僕は自分の身体も大きくなったように思う。ブランコの鎖ものびる。かげぼうしを追いかけて、走って、暗くなる。かげぼうしが消えて、僕は小さい僕にもどる。でも、ほんとの僕は、かげぼうしの国に行ってしまったのかもしれない、と思う。

2013-06-19 17:52:01
ほしおさなえ @hoshio_s

あの人と手をつないで、深い森のなかに行こう。緑を浴びて、むき出しの心になろう。そうしたら、むかしのふたりが帰って来る。向こうから、いつもより少しきれいな服のわたしと、未来におしつぶされそうな若いあの人が、笑って、言葉のひとつひとつがつやっとした木の実のように輝いて、こぼれ落ちて。

2013-06-24 21:09:57
ほしおさなえ @hoshio_s

夜の台所はひんやりしている。鍋が鈍く光り、蛇口に水滴が震えた。裸足で冷たい床を踏む。太古の巨大な動物の骨のなかにいるようだ。宇宙に浮かぶ小さな星の上で、なにもかも寄るべない。こんなふうに冴え冴えと蛍光灯の光を浴びている。土の匂いがにじみだし、地球もさびしいのかもしれないと思った。

2013-06-25 20:21:17
ほしおさなえ @hoshio_s

さわやかに晴れている。こんな日は空に穴があいて、そこからなにかがにゅっと出てくる。どんどん出て来て、引っ込まなくなる。このままではまずい気もするが、今日くらい、風にたなびかせておいてもいいんじゃないか。思うまま好きなだけ揺れて、そうすればあと少し生きてもいいと思えるかもしれない。

2013-06-27 16:22:51
ほしおさなえ @hoshio_s

男はひとりで住んでいる。ある日なにも持たずに家を出てここに来た。むかしは家族もいた。だが疲れてしまった。人の幸せも不幸せもどうでもよかった。自分のもだ。ときどき桃の缶詰を買う。幼いころ妹と桃缶を分け合ったのを思い出す。男は桃を半分に切り片方を冷蔵庫に入れる。扉を閉める。闇になる。

2013-06-30 10:26:16