私的まとめ 浸透戦術の概念と過去の戦訓ならび記述の信憑性について

全くもって専門外の話でしたが、面白そうだったので纏めてみました。
ww1 軍事 歴史 浸透戦術 日本軍 ww2 戦訓
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ふるたか @furutakatoyo
南京攻略戦の師団経理部の陣中日誌を読むと、よくこんな無茶な作戦やらせたなという気がする。
ふるたか @furutakatoyo
手元にある歩33で南京戦に従軍した方の日記を読むと、兵站が完全に破たんしているので個人で4升も米を追加でかついで、副食は全部○○で賄うほどであった。※陸軍省検閲済
ふるたか @furutakatoyo
このような状況で被服の追送など最前線に間に合うはずもなく、夏衣のまま南京陥落(昭和12年12月)まで戦い続けた部隊もあったという。
宮守 励@Web漫画 @Rascal1937japan
@furutakatoyo 追激戦で続々とでた捕虜にも食料を与えたりと大変だったようですね。物品の徴発などもあったそうですが、市街地の道端に色々転がってたそうなので拾ってきたそうですね。
ふるたか @furutakatoyo
@Rascal1987japan この日記だと、拾ったなんて生易しいもんじゃないですね。捕虜をとるような余裕も命令もなかったようです。
ふるたか @furutakatoyo
@hokazonogumi 汚い話ですが、その夏衣のまま戦った人の記録では、南京の市街戦なんかで陣地に飛び込んだら下が全部糞尿でうまってて寒いわクソまみれだわ決死だわで惨々たる状況だったと書いておりました・・・
ふるたか @furutakatoyo
この歩33兵士の南京戦日記もそのうち公開しないといかんのだが…物議をかもしそうな身も蓋もない内容である。日記というのは様々で、読んで気まずいことは書かない人が多いのだが、稀に無遠慮に書く人もいる。これは後者である。 http://t.co/G0ywqzQ9tk
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赤城毅/大木毅 @akagitsuyoshi
日本陸軍が第二次上海事変、さらには太平洋戦争で浸透戦術を使ったという意味のツイートをいくつか見かけたが、いったい、どこから、そんな話が出てきたんだろう?
K.Linerfil @Linerfil
@akagitsuyoshi http://t.co/l2axLIrMqA 別宮暖朗さんの「第一次大戦」あたりからではないでしょうか。
赤城毅/大木毅 @akagitsuyoshi
オレ、昔、第九師団の上海・南京戦体験者(中隊長とか大隊副官、機関銃小隊長ぐらい)の座談会の構成やったことあるけど、そのときも浸透戦術なんて話は出てこなかったぞ。だいたい陣地帯にひっかかって、WWⅠ前半の西部戦線をほうふつとさせるような大損害を出してるし。
赤城毅/大木毅 @akagitsuyoshi
@boreford は、ははは……。笑いが乾燥してしまう。また、あれですか。
赤城毅/大木毅 @akagitsuyoshi
第九師団歩兵第三十五連隊第二大隊副官の第二次上海事変に関する証言。「第一大隊が(十月)四日に突撃して、逆襲を何度も受けているんです。そこで大隊長の判断で攻撃築城ということになり、五日は攻撃準備となりました」(続)
K.Linerfil @Linerfil
http://t.co/JwcxiCTG2g >日中両軍の戦闘方法の顕著な差は、日本軍が分隊攻撃法を採用し、浸透戦術で臨んだのに対して、中国軍は密集戦術をとったことであった。
赤城毅/大木毅 @akagitsuyoshi
(承前)「壕を掘って、それを推進していく攻撃法です。縦に堀り、また横に掘るなど、いろんなやり方がありますが、逐次壕を推進して突撃陣地を構成、砲兵支援のもとに歩兵が出ていくというやり方です」(続)
dragoner@4日目西て02a @dragoner_JP
ベッキーのあの出典、マジでなんなんだろう。色んなとこで言われているが
dragoner@4日目西て02a @dragoner_JP
【もしかして】HOI2で日本陸軍のドクトリンが縦深浸透なの、ベッキーさんが原因?
赤城毅/大木毅 @akagitsuyoshi
(承前)この証言からもわかるように、最初歩兵の突撃で一気に陣地を占領しようとしたのがうまくいかず、正攻法に切り替えたのがわかる。しかし、浸透戦術の採用なんてことはないでしょう。
dragoner@4日目西て02a @dragoner_JP
Wikiの「浸透戦術」項目、『大日本帝国陸軍が第一次世界大戦の戦訓を元に戦間期の陸軍基本戦術としたのがこの浸透戦術である。』なんてあるけど、出典明記無しだ
赤城毅/大木毅 @akagitsuyoshi
そもそも大隊長が続々戦死したり、将校がいなくなって准尉さんが中隊を指揮してるような状況で、浸透戦術なんかできなかろう。
名無し整備兵 @seibihei
WW1の歩兵戦術の教訓として、渡辺錠太郎大佐の帰朝報告では「軽機関銃を中心とする戦闘群戦法、散兵間隔6歩、突撃は分隊ごとの新戦闘法」というのを提唱していたか
赤城毅/大木毅 @akagitsuyoshi
どうも、浸透戦術というのは、後方まで突進して、火点を孤立させ、より容易に占領できるようにする戦術、というよりも戦闘法と誤解されているのではないか。(続)
赤城毅/大木毅 @akagitsuyoshi
(承前)浸透戦術で重要なのは、後方に突進して、通信や兵站の要点を衝き、いわばマヒ状態に追い込んで、陣地を覆滅すること。でなければ、浸透戦術から電撃戦構想が生まれたという議論の意味が通らなくなってしまう。
赤城毅/大木毅 @akagitsuyoshi
@boreford 糸畑さんにうかがうのは筋違いだとわかっているのですが……「密集戦術」ってナニ?
K.Linerfil @Linerfil
@akagitsuyoshi ええと、私がかの説を読み解くと「大規模で密度の濃いトーチカ陣地を作って敵を待ち受ける戦術」を指しているのではないかなと思います。
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コメント

愛清帝国の人@ハイチ帝国サン=マルク公 @ICQ_aisinn 2013年11月3日
そもそもHOI2の陸軍ドクトリンも Infiltration Assault Doctrine だしこれを浸透戦術と訳したのは、‥サイバーフロント社。 歩兵突撃ドクトリンと訳した方が良いと思うんだよな
愛清帝国の人@ハイチ帝国サン=マルク公 @ICQ_aisinn 2013年11月3日
あ、そうか。バンザイ突撃ドクトリンなのか‥
四式戦闘機 @ki84type4 2013年11月3日
石原莞爾が浸透戦術に凝ってたって話は聞くので、そこから何か誤解か錯誤が生じたような気もする。
プルフェイド・リュパール @purufeido 2013年11月3日
オススメの参考文献を聞くと英書ばっかだから困る。和訳を待たずに自分で読まなきゃいけないのか・・・
対馬守 @enanji 2013年11月3日
確か宇垣軍縮の方針に、分隊戦術とかの近代戦に対応するとかがあったから、それが拡大解釈されたんじゃないかな? まぁ、南京戦の頃には大量動員と現役軍人の消耗で浸透戦術なんてとてもできそうにないが...
honeplus @honeplus 2013年11月3日
別宮氏のサイトは、日本のネット上では数少ない第1次大戦や日中戦争を詳細に解説してるサイトなので、影響力は甚大な気がする(自分も一通り読んで、へーと思ってたし)。対向しそうなのは #jawp だけど、Wikipediaの記述はそういう無料で公開してる専門家のサイトを元に書かれることが多いので(ry
冷たい熱湯 @Tuny1028 2013年11月6日
で、浸透戦術が何かってことをネット上で調べようと思ったらどこを見たらいいので? このまとめ?
こぎつね @KogituneJPN 2013年11月10日
ICQ_aisinn 原語はそれだったんですか・・・
こぎつね @KogituneJPN 2013年11月10日
honeplus そうですね。コンテンツとして面白いですから。
こぎつね @KogituneJPN 2013年11月10日
honeplus ネット上の伝播力だけならwikipediaの方が上だと思います。それが編集のモチベーションになるわけなんですけど、自分らが書いたのがこんなに簡単に広がっていいのかって思う事がよくあるので、デマ発生装置としても優秀だと思います
こぎつね @KogituneJPN 2013年11月10日
正直、日本の意識の高い現場の将校下士官が独断専行でどんどん進撃しちゃうことを、浸透戦術って表現することがあったけど、よく考えたら確かに違う。反省。
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