NNNドキュメント 3・11大震災 シリーズ  消せない放射能 ~65年後の警鐘~ 

放   送 :11月3日(日)24:50~ ナレーター :石原 良 制   作 :札幌テレビ 再 放 送:11月10日(日)11:00~BS日テレ 11月10日(日)18:30~ CS「日テレNEWS24」 続きを読む
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まどママ @mama_jp
子どもが小学校に行ったので、NNNドキュメント「消せない放射能」の録画をみる。

テチャ川流域に暮らす人々と健康被害(7年前の取材時)

まどママ @mama_jp
予告にでてきていた、大きな瘤ができたおじさんは、生まれつきじゃなく、40代でこの村に引っ越してきてからでてきた症状なんだ。手術してとってもらった。医者はテチャ川が原因だと。
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2006年の取材時には村の集落には家々が。その後、ロシア政府が村を閉鎖し、家は消え、野っぱらに。取材班のガイガーカウンターの警報音が鳴り止まない。20μSv/hを超えている。放射能の標識が立つ。
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ムスリュモワ村。多くの人が奇妙な病に悩んでいると聞き、7年前に取材へ。ラムジズさん(当時22歳)は疲れやすく、いつも頭痛に悩まされている。両親が違いに気づいたのは2歳の頃。頭だけが異常に大きく、病名は水頭症と。医者は原因については何も語らず。2歳まで歩くこともできなかった。
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両親はテチャ川と共に暮らしてきた。しかし、ある日川岸に有刺鉄線が張り巡らされた。近づこうとすると、警官や兵士に銃で追い散らされることもあった。テチャ川を遡ること50km余り。外国人の立ち入りを阻む看板。その先、400m先に核関連施設マヤークが。地図にも載らない秘密施設。
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そこでは核兵器用のプルトニウムを生産。使用済み核燃料から抽出。人が近づけば死に至る強い放射線を出す高レベル放射性廃棄物が残る。隔離して10万年以上管理しなければならないものを、マヤークでは1948年から3年間、これをテチャ川に投棄
まどママ @mama_jp
テチャ川に投棄されたのは、10万テラベクレル。単純には比較できないが、福島第一ではその9倍を大気中の放出。(海には現在もだだ漏れ継続中だね…)
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酪農家ファミラさん(牛乳をごくっと飲んで)「おいしい。最高の牛乳です」 記者「でも牛は放射能汚染した川の水を飲んでいますよ。おいしいかもしれないけど、危険でしょ?」 ファミラさん「そうらしい…だけど、そんなこと私には分からないんだよ。放射能のことなんか…」
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妻「(牛乳の)検査はしているけど、結果を教えてはくれないんですよ」 記者「体の調子はいかがですか?」 ファミラさん「どこもかしこも病気だらけ…骨が痛いし…腎臓も肝臓もおかしいよ。2回も手術したんだ」
まどママ @mama_jp
取材当時14歳のデニス君。右膝から下がない状態で産まれた。義足が手放せない。両手も指がなかったが、手術でほんの少し回復できた。 記者「息子さんの原因はマヤーク?」 父「疑う余地はありません。それはマヤークのせいです」
まどママ @mama_jp
テチャ川の放射能汚染から9年後の1957年。高レベル放射性廃棄物の貯蔵タンクが爆発した。 村人「爆発があったんだよ。向こうに煙が立ち上って。それから霧のように広がってこっちの方に来たんだよ」 噴煙は1000mの高さに達し、70km離れたカラボルカ村でもその様子が目撃された。
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放射能は東京都の10倍もの大地を覆い尽くし、付近の牧草からは、半世紀を超えた今でも通常の100倍もの放射線が検出さっっる。 セルゲイさん「たくさんの住民が遠くの町まで避難しました。もちろん病気にかかったり、亡くなった人もたくさんいました
まどママ @mama_jp
マヤーク。1967年、三度目の放射能汚染。鉛に覆われた特殊なトラックが向かうのは、かつて高レベル放射性廃棄物を投棄した敷地内のカラチャイ湖。水が涸れて、地表に顔を出したセシウムなどが風に舞い、周辺地域に降り注いだ。土をかぶせて封じ込めようとしているが、作業は困難を極め、今も拡散。
まどママ @mama_jp
一度目はテチャ川への核廃棄物の投棄。二度目は貯蔵タンクの爆発。三度目はカラチャイ湖からの放射能の拡散。これらをウラルの核惨事と呼ぶが、この事実を住民が知ったのは、発生から40年も後のことだった。
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「ウラル放射線医学研究センター」被曝者とみられる人や、その家族10万人を対象に治療や健康診断にあたっている。ウラルの核惨事による被害者は推定27万人。しかし、ソビエト時代の調査は、正確な数を明らかにしていない
まどママ @mama_jp
アレキサンドル所長「放射線とがんや白血病などとの因果関係はまだ分かっていません。がんや白血病のリスクが高くなるのかそれもわからないです
まどママ @mama_jp
マヤークの放射能汚染と住民の健康被害。その「因果関係は正確には分からない」それが政府の見解。だが、放射能が原因とみられる症状、そして被曝に苦しむ人たちは世代を超えて広がっている。 7年前ロシア政府は決断を下した。核に汚染された村の「閉鎖」と「移転」を決めたのだ。

2006年。ムスリュモワ村の閉鎖と移転。

まどママ @mama_jp
ウラルの核惨事から半世紀を経た2006年。ロシア原子力省は、放射能被害が最も顕著だったムスリュモワ村の移転を決めた。 チェパイン局長「年間の放射線量が1mSvを超えたため、ムスリュモワ村を移転させる決定を下しました」 政府が村の移転を決断した数値は年間1mSv。
まどママ @mama_jp
新ムスリュモワ村。同じ企画の新しい住宅が建ち並ぶ。 村民の選択は、 1.新ムスリュモワ村への移住 2.「300万円」他の町に移住二者択一を迫られた。結局、村の3分の1の800人ほどが新しい村へ移住。
まどママ @mama_jp
アイラット村長「ここは水道やセントラルヒーティングなどインフラが整備されているので村の人たちは満足しています」 住民の多くは農民だったが、提供されたのは新しい住宅のみで農地はなく、仕事はない。住宅も荒さが目立つ。壁も薄く冬は寒さに震える。
まどママ @mama_jp
住民「一人では暮らせないので移住しました。古い村には店もないし…除雪もしてくれません」 首にできた瘤に悩んでいたワキリさんも新しい村に移住していた。(7年前よりも、首周りの肥大化が随分進んでいる…)
まどママ @mama_jp
ワキリさん「瘤はあまり気にならないよ」 妻「違いますよ。寒くなると痛がっています。お酒を飲んで酔っぱらっている間だけ、痛みを忘れるみたいです」 ワキリさんはこれまで4度の手術を受けたが、瘤があまりにも大きく固くなり、今はもう手術もできない
まどママ @mama_jp
水頭症に悩んでいたラムジズさん。 記者「体調はどうですか?」 ラムジズさん「治ったとは言えませんが、生きて行く為には仕事も必要ですから…。先生になってもう6年目です」 教師になる夢を叶えたラムジズさん。
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コメント

まどママ @mama_jp 2013年11月6日
まとめを更新しました。
吉岡 豊 @YutakaYoshioka 2013年11月6日
消せない放射能 ~65年後の警鐘~ - Dailymotion動画 http://bit.ly/1hg5EJs
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