- isibasitomo
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マフラーを巻き、コートのボタンを留める。 星が良く見える空を見上げれば半月だけが雲の向こうに隠れていた。 自転車に跨って桜の花びらが転々と散る路面を走る。 桜は散り始めているものの――― 「さすがに夜は冷えるな………」 2
2013-11-05 18:34:32―――わざわざ口に出すまでもなく、寒く。 自転車に乗ると少し風が強く感じられた。 「手袋もして来ればよかった」 片方ずつポケットに入れて冷気を凌ぐ、雲が流れて半分だけの月がその半分だけを顔を見せた頃、指定の公園に到着した。 Kは――― 3
2013-11-05 18:35:15「いた………」 ―――冷冷とした風を受けて公園のグラウンドに立ち、足元、桜の花びらが砂利に交じり合う音を確かめるようにして歩いていた。 4
2013-11-05 18:36:00夕方別れた時と同じ、学校の制服のまま、鞄を左手に、右手に携帯電話を持って。 静かに歩を進めるその横顔を僅かに顔を見せている月が薄明るく照らす。 少し俯いて一人歩いている彼女の姿は得も言われぬ、不安や憂い、寂しさを秘める蕭索(しょうさく)とした佇まいだった。 5
2013-11-05 18:36:33その蒼白い輝きが風に揺れる淫雨を思わせる長い髪を更に神秘的な流動としていた。 「来たよ―――」 大きな声を出したつもりはなかったが、僕の声にKが肩を震わせた。 「―――待った?」 6
2013-11-05 18:37:03改めて掛けた僕の声にこちらを向いた同級生(クラスメイト)が。 愁色を秘めた横顔が動き、両の瞳でこちらを見つめた時には――― 「そうでもないわ」 ―――あの深泥色の大きな瞳が僕が背にしていた強い水銀灯の光で僅かに窄まった。 7
2013-11-05 18:37:27「ねえ………」 呼び掛けたのは僕の方だった。 視線が交じり合う。 僕を見つめる笑顔に似た、安堵と悲哀とが混じったような貌。 「………………………」 その先を告げられない僕に。 「どうしたの?」 彼女の言葉。 「いつから待ってたの?」 9
2013-11-06 18:25:53「待っていたのは―――」 一瞬。 Kは何かを噛み締めるようにして口を噤(つぐ)む。 冷冽(れいれつ)とした大気に桜の花びらを伴った風が長い黒髪と制服のスカートを大きく揺らし、顫(はた)めく裾から覗き見える脚の傷痕を隠そうともせずに僕を見つめたまま。 10
2013-11-06 18:27:36「―――あなたとの電話を切ってからよ」 僕は追撃の手を緩めなかった。 「いつからここにいたの?」 「そんなこと―――」 消え入るようなKの声は。 もはや聞き慣れたとおり擦れた雑音のようであったが、そこに普段通りの強い意思は感じ取れず。 風の音に隠れてしまうようであった。 11
2013-11-06 18:30:57「―――どうでもいいことじゃない?」 その言葉に反して彼女にとってはとても重要で、だけどとても言い出しづらい告白なのだろうか。 僕は首を振った。 「帰ってないんだね?」 「………………」 「答えて」 「………………………ええ」 「どうして?」 12
2013-11-06 18:31:47どうしよう………とKは俯き、その雑音めいた音色(こえ)は消え入るように小さくなって行った。 「―――だいじょうぶだよ」 だから僕はその声に上書きした。 その願いを消さないように。 「………………………!」 その想いを支えるように。 14
2013-11-06 18:34:49僕の言葉に彼女の深泥色の瞳に潤んだ、清らかな耀(かがや)きが宿ったように見えたのは蒼白んだ月光のいたずらか。 15
2013-11-06 18:35:30それも一瞬。 「いいえ、もう帰るわ。でも―――」 Kはその貌を隠すように薬指の欠損(かけ)た左手を翳(かざ)して。 16
2013-11-06 18:35:53「―――私のお願いを一つ聞いて欲しいの」 その手が僕の頬に触れる。 彼女の指はどれもやわらかかった。 17
2013-11-06 18:38:31