黒と白~斎藤一~
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井戸端まで桶を運び、空の桶に井戸水を張る。 手にかかった飛沫すら解けた氷のような冷たさだ。 俺は踵を返し、雪村と鉢合わせないように別路で勝手場に戻る。 燻っていた火を再び起こし、水をたっぷり入れた鍋を火にかける。そろそろ巡察に出なくてはならない。
2013-11-03 17:43:12京都ってとても寒い。 しかも朝になると雪が積もっていた。 僕はお酒で体を温めようなんていうあの三人なんかより、お茶を飲む方を選ぶのだから、よっぽど真面目だと思う。
2013-11-03 17:44:25千鶴ちゃんにちょっかいを出しながらお茶を淹れてもらおうと行ってみると、千鶴ちゃんじゃなくて一くんがいて、少し驚いた。 巡察の時間が迫っているのに、こんな所で何をしているんだろう。
2013-11-03 17:44:57それはもう、殆ど鬼気迫っているというか、面倒くさいなんて言わせないとばかりで、僕は押し負けてしまい、 今こうしているのはそういう理由からなのだった____。
2013-11-03 17:45:57たっぷりのお湯を持って井戸の桶に入れること。 それが一くんのお願い事だったんだけど。行ってみてああなるほどと思った。 そこには耳も鼻も真っ赤にした千鶴ちゃんがいたから。
2013-11-03 17:46:23僕の足音に気付いて顔を上げた千鶴ちゃんの目が、ちょっと潤んでいた。 「沖田さん、そんな薄着のまま外に出ては風邪をひいてしまいますよ」 そんなことを言う声も、涙声。
2013-11-03 17:47:04気休めにしかならないかもしれないけど、雪水よりはましになっただろう。 「わあ……ありがとうございます」 にこにこする千鶴ちゃんだけど、やっぱりちょっと泣いていたみたい。
2013-11-03 17:47:55聞かない方がいいのかなとも思ったけど、 放っておくのも胸の痞えになる……。 僕は千鶴ちゃんの顔が見えないように斜め後ろの井戸の淵に腰掛けた。
2013-11-03 17:48:12「……どうして泣いてたの?」 千鶴ちゃんは小さく肩を震わせた。 手が止まってしまうくらい動揺している。 もちろん僕は、なんでもないなんて言わせない。
2013-11-03 17:48:36「斎藤さんに、黒がお好きなのですかって尋ねたら、そうでもないって仰られて」 うん。嫌いでもないだろうけど。 「……」 それっきり黙り込んでしまって、僕も少し困ってしまう。ただの好奇心だったのに、千鶴ちゃんの問題は深刻そうだ。
2013-11-03 17:49:53千鶴ちゃんがなかなか口を開かないから、僕はどうして一くんが黒い着物を着ているのかを話すことにした。 「一くんはね、返り血が目立たないように黒ばっかり着るんだよ」
2013-11-03 17:50:11本当は知らなくてもいいこと。 一くんは千鶴ちゃんが思っている以上に、人を斬っている。 そういう仕事を任せる土方さんも悪い。 一くんだって土方さんの命令でなければ素直に従うこともないかもしれない。
2013-11-03 17:50:58僕が近藤さんのために剣を振るうのとは違う理由で、一くんは剣を手にしている。 土方さんの命令だからという理由以外の、本当の理由がある。
2013-11-03 17:51:16「沖田さん。人を斬らなくて良い時代が、来ると思いますか?」 懇願にも似た言い方。 そしてこの時勢、それは時代を創って行く人にしか持てない発想。 目の前を振り払う刹那的な生き方しか残されていない僕が見ることのない明日。
2013-11-03 17:51:37「それはきっと、新選組が……近藤さんや土方さんが叶えてくれるよ」 見届けることはできないかもしれないけど、きっとそうなる。僕にはそれがわかっている。
2013-11-03 17:51:57桶にお湯を注ぎ足し、ふと千鶴ちゃんを見ると、今度は隠しきれない大粒の涙がこぼれていた。 歯を食いしばって、必死に耐えているけれど、水面を乱す涙には、きっと複雑な思いが詰まっているんだろう。
2013-11-03 17:52:18「こんな気を遣って下さって、斎藤さんのお嫁さんになる人は幸せですねって言ったんです」 言っちゃったんだ。 「そうしたら、斎藤さんは、嫁をもらうなど考えたこともないって」 ああ、それで傷ついているのか。一くんもひどいことを言うなあ。
2013-11-03 17:52:57