モーサイダー!~Motorcycle Diary~Episode of Autumn VII~

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IngaDo type-RR @mor_cy_dar

「いて」 「……階段の天井に頭をぶつける人、はじめて見ましたわ」 「見ての通り、古い建物だからな。  何もかもいろいろしょぼいんだよ。天井は低いし、エレベーターもないしさ……」 #mor_cy_dar

2013-11-26 23:17:36
IngaDo type-RR @mor_cy_dar

 一階までおりると、集合式の郵便受けには、大量の広告や請求書が詰まり放題だった。  唯一、『三鳥栖』の部分だけはぽっかりと空洞があき、ダイヤル式の錠まで付いている。 #mor_cy_dar

2013-11-26 23:17:45
IngaDo type-RR @mor_cy_dar

「……あまり隣人には恵まれていないようですわねえ……」 「まあ、こういうところに住んでる人間なんて、そんなもんだろ。  借金抱えてたり……職がなかったり……寝たきりだったり、さ。  ウチも似たようなもんかもな」 「………………」 #mor_cy_dar

2013-11-26 23:17:55
IngaDo type-RR @mor_cy_dar

 無言のまま、二人は外に出て。  無言のまま、志智はいずこへともなく足を向け。  そして、無言のままで亞璃須がついていく。  二人の足が止まったのは、小さな公園だった。 #mor_cy_dar

2013-11-26 23:18:14
IngaDo type-RR @mor_cy_dar

「あたたかい飲み物でも買うか。亞璃須、何がいい?」 「志智の飲みかけがいいです」 「………………。  お前な━━」 #mor_cy_dar

2013-11-26 23:18:52
IngaDo type-RR @mor_cy_dar

「志智の飲みかけがいいです」 「………………」  日原院亞璃須(にっぱらいん ありす)の青と黒の瞳が、どこか頑なに少年を見つめている。 #mor_cy_dar

2013-11-26 23:19:05
IngaDo type-RR @mor_cy_dar

(なんなんだよ……今日のこいつは)  三鳥栖志智(みとす しち)は返す言葉を思いつかないまま、自販機へコインをいれると、コーヒー缶のボタンを押す。 #mor_cy_dar

2013-11-26 23:19:21
IngaDo type-RR @mor_cy_dar

「あっ」 「……どうしました?」 「しまった。冷たいの買っちまった」 「別に構いませんわ」 「いや、お前が構わなくてもだな……」 #mor_cy_dar

2013-11-26 23:19:31
IngaDo type-RR @mor_cy_dar

 志智の言葉を無視するように歩み寄った亞璃須は、自販機から冷たいコーヒー缶を取り出した。  カシュ、という音がして缶が開く。差し出されたコーヒー缶を志智は軽く一口、飲み干した。 #mor_cy_dar

2013-11-26 23:19:49
IngaDo type-RR @mor_cy_dar

「ははは、ブラックはやっぱり苦いな。こう冷たいとなおさらだ」 「そうですわね」 「っ、おい……」 #mor_cy_dar

2013-11-26 23:21:36
IngaDo type-RR @mor_cy_dar

 亞璃須の手が伸びて、志智からコーヒー缶を受け取る。  否、受け取ったという表現は正確でない。 #mor_cy_dar

2013-11-26 23:23:01
IngaDo type-RR @mor_cy_dar

 少女は奪い取るように、そして少年は抵抗するように指を絡め合う。  しばしの後、外気温よりは暖かく、しかし心臓の熱に比べれば冷たすぎるコーヒー缶は、恋する少女の手に握られていた。 #mor_cy_dar

2013-11-26 23:23:04
IngaDo type-RR @mor_cy_dar

「……んっ、く……」 「………………」 「ぷ、は」  アルミニウムとキスする亞璃須の唇を、志智は魅入られたように見つめている。微かにうごめく喉元がやたらと魅惑的に思えてくる。 #mor_cy_dar

2013-11-26 23:23:18
IngaDo type-RR @mor_cy_dar

「えへへ~」 「なにをニヤニヤしてるんだよ」 「志智と間接キスですわ」 「……ばか」 #mor_cy_dar

2013-11-26 23:25:16
IngaDo type-RR @mor_cy_dar

 とろとろに溶けたような笑顔の亞璃須から、今度は志智がコーヒー缶を奪い取った。  街灯の光が妙にまぶしく感じた。  乳白色の光に照らされた亞璃須の背中に、天使の羽根が存在しているような錯覚が押し寄せる。 #mor_cy_dar

2013-11-26 23:25:21
IngaDo type-RR @mor_cy_dar

「……んく」  志智はコーヒー缶を空になるまで飲み干すと、やや離れた場所にあるゴミ箱へ放り投げる。  判定はストライクだった。かくして180mlのコーヒー缶は、あるべき場所へおさまる。 #mor_cy_dar

2013-11-26 23:25:56
IngaDo type-RR @mor_cy_dar

「それで?  こんな茶番のために俺を呼び出したわけですか、お姫様?」 「茶番、とはずいぶんな言いぐさですわね。本題はこれからです。  なんと、わたくしから志智にプレゼントがあります」 #mor_cy_dar

2013-11-26 23:29:41
IngaDo type-RR @mor_cy_dar

「プレゼント……?」 「ええ、そうですわ。  志智、あなた今月の頭が誕生日だったでしょう」 「はあ……?」 #mor_cy_dar

2013-11-26 23:29:51
IngaDo type-RR @mor_cy_dar

 亞璃須の言葉は志智にとって、まったくの予想外であり、そして意味不明なものだった。  確かに自分の誕生日は11月の2日である。  けれど、それがどうしたというのだろう。誕生日を大喜びする年ではない。  何より、既に半月以上も過去の話ではないか。 #mor_cy_dar

2013-11-26 23:30:00
IngaDo type-RR @mor_cy_dar

「まったく……教えてくれれば、ちゃんとお祝いしましたのに」 「いやまあ、何のことだか分からないが……ああ、そうか。ひょっとして大型免許を取れとか、そういう話か?  だけどな、免許を取るのにも金がかかるしなあ」 #mor_cy_dar

2013-11-26 23:30:10
IngaDo type-RR @mor_cy_dar

「本当にバイクのことばかり考えてますのね。  プレゼントがあると言ったでしょう。  かなり遅れてしまいましたけど、わたくしからの誕生祝いですわ」 #mor_cy_dar

2013-11-26 23:32:19
IngaDo type-RR @mor_cy_dar

「誕生祝い……?  プレゼントって━━えっ。ちょっと待ってくれ」  その時になって、志智の脳内では初めて誕生日という単語と、プレゼントという単語が、意味を持って結びついた。 #mor_cy_dar

2013-11-26 23:32:26
IngaDo type-RR @mor_cy_dar

「まさかお前……それを渡すために、わざわざ来たのか!?」 「何をそんなに驚いているのか分かりませんけれど……誕生日プレゼントを渡す行為は、特別なものでしょう?」 「い、いや、だけど……プレゼント、ってそんなもの俺は……」 #mor_cy_dar

2013-11-26 23:34:00
IngaDo type-RR @mor_cy_dar

「さ、受け取ってくださいな。わたくしの手編みですわよ?」 「………………」  ドヤ顔で胸を張る亞璃須から、毛糸のマフラーを受け取ると、志智は硬直したように佇む。 #mor_cy_dar

2013-11-26 23:34:22
IngaDo type-RR @mor_cy_dar

(ああ、そうか……)  これは誕生日の祝いなのだ。自分に宛てたものなのだ。 (だけど、プレゼントなんて……俺がもらっていいのかな……)  どうせ贈るなら自分より妹に━━あるいは、もっと生活に役立つ何かを━━ #mor_cy_dar

2013-11-26 23:36:23