#角川小説 「エフ・エム」 vol.3

角川Twitter小説コンテスト応募作品をまとめました。 おかげさまで最優秀賞候補作品30作品にノミネートして頂きました。ありがとうございます。 「これからあなたに90分間、時間を差し上げます。何回間違っても構いません。 90分以内に私が誰か、当ててください。もし時間内に私が誰か、思い出せなかったら、」 続きを読む
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水木ナオ* @nytf_fm

だけどあそこで「席を立ちたくない」なんて変にごねたら、「なにか席を立てない事情でも?」とか逆に勘ぐられかねない。咄嗟にそう判断して席を立っちまったが……どうするのが正解だったんだろう?【17:28】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-06-19 20:00:28
水木ナオ* @nytf_fm

今だってどうするのが正しいのか、例えば次に入ってくるかもしれない誰かに向けてメッセージを残しておくとか、書くものはないから鏡に石鹸の泡で、あるいは引っ掻いて傷で、いやでも次の誰かがあの男だったら台無しだ。【17:13】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-06-19 22:00:14
水木ナオ* @nytf_fm

今頃あのサラリーマン達が警察を呼んでいると、信じてもいいだろうか。このままパトカーがやってくるまでここに籠っていたい、でももし通報していなければいたずらに時間が過ぎて、タイムリミットを迎えるだけだ。【16:50】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-06-20 12:00:29
水木ナオ* @nytf_fm

ごつ、と鏡に頭を打ち付ける。考えすぎて、訳が分からなくなってきた。あいつ一体誰なんだ。なんでこんなことやってるんだ? 自分の意志? 誰かに頼まれた? だとしたら誰に。心当たりなんてもう何も――【16:25】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-06-20 18:00:32
水木ナオ* @nytf_fm

――いや、あった。あったんだ。本当は一番最初に、頭を過ったあの人。でも絶対違うと思って言わなかった。あの人がそんなことをするわけがないし、ここまでするほどの感情を持たれているとも思えない。でも、【16:07】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-06-21 10:28:47
水木ナオ* @nytf_fm

じゃあなんであの時、あの男はあんなことをしたんだ? あの事を知っているのは、ブチのほかにはあの人しかいないはずなのに。【15:58】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-06-21 12:00:26
水木ナオ* @nytf_fm

腕時計に目をやれば、タイムリミットまであと15分。ばちん、と両手で頬を張る。戻ろう。もうできることは全部やろう。例えその結果が望まないものだったとしても、トイレで最期を迎えるなんてのよりはましだ。【15:32】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-06-21 18:00:54
水木ナオ* @nytf_fm

ぱんぱんとスーツの埃をはらい、気持ちネクタイを締め直して。よし、と声に出して気合を入れると俺は勢いよくドアを開けた。トイレに入る前と変わらない、至って平和なカフェの店内。ん? いや、違う。【14:55】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-06-21 21:00:36
水木ナオ* @nytf_fm

後ろの席のサラリーマン達が居ない。え、帰った? 慌てて店内を見渡すと、ちょうど入口に向かう二人連れの姿があった。彼らはレジの店員に何かを告げながらふと、俺に気付いて。うん、と大きく頷いてみせたのだ。【14:08】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-06-22 12:00:43
水木ナオ* @nytf_fm

背中をぶわああっと歓喜が駆け上る。やった、やった俺の勝ちだ! 本当に通じるとは、彼らはうまいこと警察を呼んでくれたんだ! 嬉しさのあまりがくがく震える膝をぐっと掴む。どうだ、俺はやってやったぞ!【13:47】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-06-22 17:59:32
水木ナオ* @nytf_fm

とはいえ、落ち着け、ここで気付かれたら意味が……と、席に座る男に目を移す。男は、――男も、入口の彼らを見ていた。そして入口の彼らも、男の視線に気付いたようだった。はっとした表情で二人で顔を見合わせ、【13:21】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-06-22 21:01:04
水木ナオ* @nytf_fm

――なんでだ。なんで、笑顔で手を振ってるんだ。あの男に向かって、二人共。どういうことだ、こちらに背を向けて座る男は一体どんな顔で、男も左手を挙げて手を振り返す、その指には白い紙がひらひらと1枚、挟まれていた。【12:46】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-06-23 12:00:24
水木ナオ* @nytf_fm

「おい」店から出るサラリーマン達を見届けることなく俺は、つかつかと男に歩み寄るとその白い紙を奪い取った。最初から気付いていたのだろう、「遅かったですね」男も平然としたものだった。「なんだよこれ」【12:23】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-06-23 18:00:44
水木ナオ* @nytf_fm

「ああ、お隣の方たちの伝票ですよ」アイスコーヒー×2、と殴り書きされたそれをぐしゃりと握り締める。「なんで、あんたが、」「いやなに、フカダさんが席を外されている間に少々お話をさせていただきましてね」【12:02】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-06-23 21:00:21
水木ナオ* @nytf_fm

ざあっ、と血の気の引く音が聞こえた気がした。横に立ち尽くす俺を見上げて、男はにこにこと続ける。「いろいろとお話ししたらご納得いただけたようで。彼らの分の勘定を私が持つということで、早々にお帰りいただきました」【11:45】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-06-24 12:00:25
水木ナオ* @nytf_fm

「何を……」喉の奥から声を絞り出す。「何を、話したんだ」「いやあ、そんな大した話じゃないですよ。フカダさんだってさっきお話ししてたみたいじゃないですか。――何を、話したんですか?」男はす、と目を細めた。【11:30】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-06-24 18:01:04
水木ナオ* @nytf_fm

腹の底で暴れるあらゆる感情を、手の平と一緒に、爪が食い込むほどにぐぐぐと握り締め、そしてぱっと逃がす。分かってたことじゃないか、どんなに足掻いても、結局この男の用意した舞台の上でのことだと。だから、もう。【11:04】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-06-24 22:00:10
水木ナオ* @nytf_fm

「……大したことじゃないよ」ほう、と息をついて男の向かいに座る。「そうですか。では、高校生の頃のお話の途中でしたね」十数分前の会話に頭を巡らし、「あーもういいわ、思い出せることは話した。それよりさ」【10:27】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-06-25 13:19:24
水木ナオ* @nytf_fm

「あんたなんで、俺が苦いもんが苦手って知ってたんだ」「……なんのことです?」「とぼけんなよ。あんた、この店にきて最初に珈琲頼んだとき、俺に自分の砂糖をくれたじゃないか。『僕は苦いの平気なので』って」【10:06】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-06-25 21:00:42
水木ナオ* @nytf_fm

「俺、あん時自分から『苦いのは駄目で』とかそういうこと、何にも言わなかったよな?」言うわけがない。よりによって営業相手だと思い込んでいる人間に、珈琲が美味い店なんで、と連れてこられた店でそんなこと。【09:51】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-06-26 12:00:58
水木ナオ* @nytf_fm

「アメリカンなら砂糖とミルク入れりゃまだ我慢して飲めるからな、今までだってずっとそうやってきたんだ。だからこんな格好悪いこと、俺は今まで誰にもわざわざ言ったことがなかったんだよ。ブチと、――ハルミ以外は」【09:32】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-06-26 20:00:31
水木ナオ* @nytf_fm

その名を口にした瞬間の表情を窺うが、男は黙ったまま笑みを崩さない。この男はそういうやつだよな。なら、「なあ、誰から聞いたんだ」「それは教えられません」「てことは、誰かから聞いたのは確かなんだな」「……さあ?」【08:58】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-06-28 12:01:52
水木ナオ* @nytf_fm

ああもう、がしがしと頭を掻いて。「分かったこんなカマかけ今更意味ないよな、ブチじゃなきゃハルミしかいないんだよ。でもハルミはこんなことする女じゃないんだ。こんなことするほど、俺に関心は、きっと、もう」【08:37】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-07-01 08:00:26
水木ナオ* @nytf_fm

最後は消え入りそうな声になった。「確かにハルミと出会ってすぐに、俺はノリコと別れたよ。でもそれはハルミと付き合うためじゃない。ハルミと恋人になれたのは、俺が30のとき。逢ってから8年もかかったんだ」【08:15】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-07-01 12:00:46
水木ナオ* @nytf_fm

「俺より2つ年上だったハルミは、その頃から落ち着いた雰囲気でさ。決して美人ってわけじゃないけど、さばさばして気が利いて。旅行んときも仲居さんにチップをさりげなく渡すとかさ」【07:58】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-07-01 17:00:25