#角川小説 「エフ・エム」 vol.3

角川Twitter小説コンテスト応募作品をまとめました。 おかげさまで最優秀賞候補作品30作品にノミネートして頂きました。ありがとうございます。 「これからあなたに90分間、時間を差し上げます。何回間違っても構いません。 90分以内に私が誰か、当ててください。もし時間内に私が誰か、思い出せなかったら、」 続きを読む
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水木ナオ* @nytf_fm

サラリーマンに聞き返す間を与えずさっと身を放し、ことさら明るい声で言い放つ。「すいませんお騒がせして、そちらには珈琲飛んでませんか?」「え?あ、いや大丈夫ですけど、それより今」「ならよかったあ!」【29:43】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-06-12 20:00:28
水木ナオ* @nytf_fm

口調は明るく、しかし目は必死に。ばち、と目配せをして、俺は前に向き直った。ちょうど体を起こした男と目が合う。「スーツ、平気か?」「ええ。例え染みが落ちなくても、明日以降着られるかはあなた次第ですし」【29:18】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-06-12 22:00:35
水木ナオ* @nytf_fm

思い出せなければ死なばもろとも、を暗に匂わせるさせる言いざまよりも、まず自分の声が上擦らなかったかという方が気に掛かっていた。掃除を終えた店員に礼を言う間も、意識は背後に向いていて。通じたか? 通じたよな?【28:49】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-06-13 08:00:30
水木ナオ* @nytf_fm

「そうだ」椅子に腰かけ直そうとして、男はズボンのポケットからスマホを取り出した。「少し珈琲跳ねましたけど、大丈夫ですので」「ええ……あ、あっ!」「……まさかフカダさん、スマホのこと忘れてました?」【28:27】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-06-13 12:00:12
水木ナオ* @nytf_fm

忘れてた。確かにあの瞬間、この男の意識はスイッチを持つ手に行っていた。でもそれは俺もそうであって、あの時その気になれば、スマホを取り返せていたかもしれないのに! 思わず頭を抱える。【28:06】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-06-13 17:00:38
水木ナオ* @nytf_fm

「てっきりそのつもりであんな真似をされたのかと思いましたが、違いましたか」一瞬ぎくりとするが、どうやらこれで本当の目的はうまく誤魔化せたみたいだ。スマホは迂闊だったが、肉は切らせても骨を断てばいい。【27:41】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-06-13 20:00:36
水木ナオ* @nytf_fm

後ろの席の二人はさっきからぼそぼそ声を潜めている。「後ろ……」「マジ、……」「……でも爆弾って……」「そうだ高校の時の話はまだだったよな!」微かに漏れ聞こえた会話をかき消すように俺は声を張り上げた。【27:20】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-06-13 22:00:14
水木ナオ* @nytf_fm

「もう少し声抑えてください」顔をしかめる男にすまんと謝って、はっ、と息を吐くと、「高校にはブチと、……ゴミブチと同じ高校に進学したんだが」ちょっと前まで泣きながら思い返していた高校時代を口にする。【27:03】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-06-14 08:00:55
水木ナオ* @nytf_fm

「高校の時聴いてたラジオに投稿してたヤツか?」「違います」1年の頃からの、思い出せる奴を手当たり次第に男にぶつけながら、答えを聞くはずの耳はとにかく後ろの会話を捉えることに集中していた。【26:12】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-06-14 12:00:35
水木ナオ* @nytf_fm

「……、冗談じゃ……」「真剣だったし、……」「もう一度聞いて……」! それは困る!「高2んときはとにかくモテたくて必死でさ! じゃあバンドやればもてるんじゃねえのとかまあ単純な思考回路で俺はギター担当で!」【25:08】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-06-14 17:00:12
水木ナオ* @nytf_fm

話に熱中したように早口でまくし立てる俺の勢いに、背後から戸惑う気配が伝わる。そうだ頼む察してくれ、ここで「爆弾ってマジですか?」なんて聞かれてみろ、さっきまでの苦労はなんだったのかと。【25:00】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-06-14 20:00:59
水木ナオ* @nytf_fm

話しかけられることを拒否するような俺の口調に何かを感じ取ってくれたのか、後ろのサラリーマン達が声をかけてくることはなく、そして。「……警察に……」彼らからついに零れた単語に、心臓がばくん、と跳ねた。【24:45】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-06-14 22:00:54
水木ナオ* @nytf_fm

「けっきょ、結局、ユミには振られちまったんだけどっ、」からからになった口の中で舌がもつれかける。手をつけないまま、すっかり汗をかいた水のグラス をぐいと煽ると、「んん? フカダさん」ふと男が首を傾げた。【24:02】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-06-16 21:59:42
水木ナオ* @nytf_fm

「なんだ?」ごくりと水を飲み下し、普通の声を出した自分を褒めてやりたい。首を傾げたままの男の視線の先を恐る恐る辿ると、俺のグラスを持つ手をじっと見つめていた。「ほら、ここ」男が俺の袖口を指差す。【23:46】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-06-17 08:00:59
水木ナオ* @nytf_fm

「先ほどの珈琲が。染みになってますよ」「ああ、本当だ……」言われてみれば確かに、テーブルを拭いていたときに染みてしまったのだろう、白いシャツの袖口がじんわりと、茶色に染まってしまっていた。【23:31】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-06-17 12:00:46
水木ナオ* @nytf_fm

「今ならまだ落ちるもしれませんね。洗ってきたらいかがですか?」「は?」何だって? 男の勧めに、自分の耳を疑う。「トイレに小さいですが洗面台がありますので」え、おい、待て待て!「いいのか? 席を立っても」【23:04】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-06-17 17:00:10
水木ナオ* @nytf_fm

俺のうろたえぶりなんか意にも介さず、男はしれっと、「だってトイレに行って、洗って、戻ってくるだけのことでしょう?」そこでつと、声を落として。「その時に、私の目的が果たせないような何かが起きなければ、ね」【22:43】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-06-17 21:20:35
水木ナオ* @nytf_fm

何か……逃げたり、警察に知らせたり、か。ごくりと唾を飲む。トイレは男の背後の一つのみ、他のどの客ともすれ違うことなく行き来できてしまう。途中で下手な素振りはできない、が。【22:25】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-06-17 22:00:51
水木ナオ* @nytf_fm

「あんたは付いてこないよな?」「お望みならご一緒しますが?」「一人で大丈夫だ!」慌ててがたりと席を立つ。そのまま脇目も振らずにトイレに向かう俺に、後ろから声がかかった。「時間がないのでお早めに」【22:04】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-06-18 08:00:50
水木ナオ* @nytf_fm

バタン、とやや乱暴にトイレのドアを閉める。そしてそのままずるずると、俺は背を預けて床に座り込んだ。はああ、と深い溜息が漏れる。やっと、あの男の目から逃れた。その開放感たるや……! 自然に頬が緩んでしまう。【21:45】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-06-18 12:00:49
水木ナオ* @nytf_fm

腰を落としたまま、きょろりとトイレを見やる。店の造りからだいたい予想はしていたが、ここに窓はなかった。外に逃げる、または助けを求めることはできない。じゃなきゃあの男が行ってこいなんて勧めるわけがない。【21:32】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-06-18 17:00:43
水木ナオ* @nytf_fm

やや古い型の洋式便器のすぐ横に備え付けられた洗面台。その上の壁には鏡がはめ込んであって、俺はゆらりと立ち上がると、洗面台から身を乗り出すようにしてその鏡を覗き込んだ。うはあ、酷い顔してやがる。【21:11】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-06-18 20:00:24
水木ナオ* @nytf_fm

水道の蛇口をきゅきゅっと捻れば勢い良く冷水が溢れ出た。顔を洗おうと腕をまくって、そうだ袖を洗いにきたんだと思い出す。備え付けの石鹸を擦り付けて手揉み洗いを繰り返していると、少し染みが薄れた気がした。【18:46】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-06-18 22:00:32
水木ナオ* @nytf_fm

続けてコンタクトレンズも入れたままに、ばしゃばしゃ顔を洗う。冷水を頭からかぶって、血の上った頭も冷えたようだった。ぶるっと頭を振って鏡を睨めば、うん、さっきより少しはましな顔つきになった。【17:57】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-06-19 12:00:19
水木ナオ* @nytf_fm

さあて、どうするかなあ。正直、珈琲なんか染みようが何しようが構わなかった。後ろの彼らが事態に気付いて動いてくれるか否か、よりによってそんな正念場であの男、余計な親切心出しやがって。【17:44】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-06-19 17:00:54