異文化理解の心理学

九州大学の2008年後期文系コア科目「異文化理解の心理学」を聴講した際に提出したレポート。
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倉沢 繭樹 @mayuqix

クイア・ネーションやピンク・パンサーズが、レトリックと表象の戦略のキーワードとして用いたのが「クイア」というスラングだった。これは、同性愛嫌悪の言説内だけでなく、「ゲイ」や「レズビアン」より以前に、あるいはその代わりに、

2013-12-07 20:28:38
倉沢 繭樹 @mayuqix

一部の同性愛者たちが好んで使っていた言葉だった(スパーゴ、同書)。  19世紀から20世紀にいたる非異性愛者のアイデンティティの軸の変遷を、「同性愛」から「ゲイ」「レズビアン」、そして「クイア」へというように分析し、支配的な言説や知との関係から生まれた個人や政治行動の可能性や

2013-12-07 20:29:56
倉沢 繭樹 @mayuqix

問題を、それぞれがいかに提供したかを見るのはそれほど困難ではない。だが、アイデンティティの政治学の新たな基礎として、クイアがひとつのカテゴリーとなれば、それもまた、必ず排除と制限を行うことになる。そもそも「理論上クイアは、支配的な異性愛であれ、

2013-12-07 20:32:06
倉沢 繭樹 @mayuqix

ゲイ/レズビアンのアイデンティティであれ、正常なものや規範とは永久に両立しない。それは決定的に中心から離れ、正常からは程遠いものなのである」(スパーゴ、同書)。  マイノリティが政治的運動に乗り出すにも、やはり既存の古い統一的な社会体を前提として、行動しなければならない。

2013-12-07 20:33:21
倉沢 繭樹 @mayuqix

そこでの対立は、しかし、別の視点から見れば依存とも言える。  「いかなる対立も完全に孤立した状態では存在しない。すべては他との関係のなかで作動する。たとえば、互いに依存しながらも反目している伝統的な男性/女性の対立は、理性的/感情的、強/弱、能動的/受動的などの

2013-12-07 20:34:53
倉沢 繭樹 @mayuqix

他との関連を通して階層的な構造を作りあげている。同様に、異性愛/同性愛も互いを支えあうネットワークに巻き込まれているのである」。社会の主流の内側にある異性愛と外側にある同性愛とを分断し、解放を企てる戦略には限界がある。

2013-12-07 20:35:44
倉沢 繭樹 @mayuqix

「隠蔽されたセクシュアリティというクローゼットの『外側』に出ることを宣言するのは、個人的には解放であるかもしれないが、今なおクローゼットの『内側』にいる者の周縁性を強化し、異性愛の中心性を認めることになる。要するに、完全に異性愛の外側に出ることは不可能なのだ。

2013-12-07 20:36:46
倉沢 繭樹 @mayuqix

(中略)同性愛の明確なアイデンティティの認知を要求することは、必然的に同性愛と異性愛の不平等な二項対立を再確認することになる」(スパーゴ、同書)。  また、そのアイデンティティなるものは、社会構築主義的観点から再検討されている。

2013-12-07 20:37:54
倉沢 繭樹 @mayuqix

 「個人は、言語から独立して存在する内在的、本質的なアイデンティティを持つ自立したデカルト的な主体(『我思うゆえに我あり』)とは見られないということである。かわりに、われわれが普通に何げなく『自己』と考えているものは、社会的に構築されたフィクションであり(真摯なものであっても)、

2013-12-07 20:38:50
倉沢 繭樹 @mayuqix

言語の産物であり、知の領域に結びついた言説の産物であると考えられる。むしろ、私はなぜかしら本質的に、私流に私自身であり、挫折することもあるが、言語を通じて私自身と私の考えを他人に伝えようとしていると考えてよいであろう。しかしこの考え、この個体感覚、自立感覚は、

2013-12-07 20:39:46
倉沢 繭樹 @mayuqix

自然の事実であるというよりもむしろ、それ自体が社会的に構築されたものなのである」(スパーゴ、同書)。  また、言語学の言語行為論の「行為遂行」論的観点からの説明もある。  「われわれは自分のジェンダー・アイデンティティがあるから決まった方法で行動するのではなく、

2013-12-07 20:41:10
倉沢 繭樹 @mayuqix

ジェンダーの規範を支えているその行動パターンを通してアイデンティティを獲得するのである」(スパーゴ、同書)。  双方に共通するのは、社会内の主体・事象は、「本質」が内在していたり、「客観的事実」であったりするのではなく、社会的に作られるものだという認識である。

2013-12-07 20:42:32
倉沢 繭樹 @mayuqix

確かにこの思想はマイノリティにとって、「抑圧されたり圧迫された自然な本性の解放を目的とする政治的な運動を文字どおり根底から破壊するが、その一方で、アイデンティティの政治学によって動きのとれなくなっていた抵抗と攪乱の可能性を開くものでもある」(スパーゴ、同書)。

2013-12-07 20:43:14
倉沢 繭樹 @mayuqix

 精神分析家E・H・エリクソンの心理社会的発達論におけるアイデンティティ概念には、主体の生物学的基盤を前提にしている側面がある(エヴァンズ、1981)。社会構築主義や行為遂行論は、そうした「基盤」「核」「本質」といったものを、とりあえず括弧に入れる。

2013-12-07 20:44:01
倉沢 繭樹 @mayuqix

これは、従来の民族・人種・性的マイノリティの政治的実践活動に変更を迫る考え方かもしれないが、新たな可能性でもあり得る。  ゲイ・レズビアンを社会の「異物」として扱うヘテロ・システムは、一方、その異物と相補的に成立してもいる。異性愛も同性愛も社会システムの相関物だとも言える。

2013-12-07 20:45:09
倉沢 繭樹 @mayuqix

そして相互補完関係にある。その意味で、ヘテロ・システムは消滅しない。クイアは、差異化の機能を果たす概念ではあるが、安定したアイデンティティを形成することはないのだろう。それはヘテロ・システムの効果だとも言える。にもかかわらず、彼らのカミングアウトは終わらない。

2013-12-07 20:45:55
倉沢 繭樹 @mayuqix

「そのプロセスには多くのイベントが含まれ、それらは成人期初期、特にゲイ・及びレズビアンの自己や役割、社会的関係などの発達段階で頂点に到達する。カミング・アウトは生涯にわたって展開されるものであり、その過程に真の終わりはない。

2013-12-07 20:46:35
倉沢 繭樹 @mayuqix

その背景には、ゲイ・レズビアンの加齢や社会状況の変化に従い、ゲイやレズビアンであることの意味を新しい適切な方法で彼らは表明し続けていくから、という簡潔な理由がある」(ハート、前掲書)。

2013-12-07 20:47:08
倉沢 繭樹 @mayuqix

  引用・参考文献 R・I・エヴァンズ/岡堂哲雄、中園正身訳(1981)『エリクソンは語る アイデンティティの心理学』新曜社。伏見憲明(1991)『プライベート・ゲイ・ライフ ポスト恋愛論』学陽書房。(1997)『<性>のミステリー――越境する心とからだ』講談社現代新書。

2013-12-07 20:49:40
倉沢 繭樹 @mayuqix

ギルバート・ハート/黒柳俊恭、塩野美奈訳(2002)『同性愛のカルチャー研究』現代書館。タムシン・スパーゴ/吉村育子訳(2004)『フーコーとクイア理論』岩波書店。

2013-12-07 20:51:00