実態を無視して語る愚かしさ

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Naka51@神道学者 @genshin01

仏法を信じながら神道を尊ぶ。この姿勢は知っておいてよいかと思います。『日本書紀』に「天皇、仏法を信けたまひ神道を尊びたまふ」(天皇信仏法尊神道)という箇所があります。(※ここでいう天皇とは用明天皇のことです。ちなみに聖徳太子のお父様)

2013-10-14 23:39:16
竜樹 @wakaume0618

@genshin01 夏たけて 堀の蓮の花みつつ ほとけのおしへ思ふ朝かな 昭和63年の先帝陛下御製でございます。

2013-10-14 23:48:57
Naka51@神道学者 @genshin01

「きりすとも 釈迦も孔子も ゐやまひて をろがむ神の 道ぞたふとき」貞明皇后さまの御歌を思い出しました。@MtHiroandkou

2013-10-14 23:56:59
Naka51@神道学者 @genshin01

最近「少し単純に考えすぎてるんじゃないだろうか?」と思うことが、明治初年の神仏分離。「神仏分離令と廃仏毀釈」の関係の理解もさることながら、問題なのが「神仏習合状態で抑圧されていた神道側」を無視して断じる人々。政府の動向と民衆の動向。そして民衆における様々な立場を【続】

2013-10-15 00:28:49
Naka51@神道学者 @genshin01

【続】ごちゃませにして、単純化しすぎていないか?ということ。明らかな乱暴狼藉事案、それまでの経緯を勘案すると単純に正否を判じることができない事案、等々色々ありますよ。色々な人の話を聞いていて、「あ…ひょっとして…」と思うのは、江戸時代の神仏状況をパラダイスとして考えてる?【続2】

2013-10-15 00:32:49
Naka51@神道学者 @genshin01

【続2】ということ。各神社の事情を知っている人間からすると、ザックリ考えすぎじゃないかな?と思ってしまう。江戸と明治の比較をすることはおかしくないと思いますが、江戸までの経緯を踏まえないと、変な考察になってしまうのではないでしょうか。要するに簡単な問題ではありません。

2013-10-15 00:38:02
涼月(Κλήμης) @suzutuki1980

全く全く無知で恐縮なのですが、御教示頂きたく存じます。「神仏習合状態で抑圧されていた」という否定的見解が神道では主流なのでしょうか?今まで「江戸時代までの習合状態こそが伝統的だった」という肯定的見解しか見聞きした事が無かったものですから… @genshin01

2013-10-15 00:40:26
Naka51@神道学者 @genshin01

@suzutuki1980 名前を出すのが憚られますが、N県のK神社とK寺の例がよく挙げられます。また神職が神道式の葬式を自由にあげられなかった問題も有名です。神仏習合状態が伝統というのは間違っていないといえますが、その実態は注意深く見つめる必要があると考えられております。

2013-10-15 00:52:02
竜樹 @wakaume0618

@suzutuki1980 @genshin01 日本史の者から申しますと、八幡宮や祇園社感神院などは、社僧が神職の上位にありましたし、春日社のように興福寺の「支配下」のようなものもありました。

2013-10-15 00:50:43
Naka51@神道学者 @genshin01

@MtHiroandkou @suzutuki1980 あ(^_^;)伏字にした部分ですが、美馬先生のご指摘になった社寺のことです。私の在地、広島の厳島神社も、神職は事実上仏教寺院(大願寺)の配下にありました。

2013-10-15 00:55:31
涼月(Κλήμης) @suzutuki1980

いや本当に勉強になります。お二人ともお答えのし難い質問に御丁寧にお答え頂きありがとうございます…m(_ _;)m 「上下」関係につき全く意識したことがありませんでした。江戸時代の実態について、もっと注意深く見ないといけませんね… @genshin01 @MtHiroandkou

2013-10-15 00:59:28
竜樹 @wakaume0618

@suzutuki1980 @genshin01 朝廷で、神祇を司る神祇官の長官白川伯王家(源氏の公家ですが、神祇伯就任と同時に王を称す)、伊勢の神宮祭主藤波家(大中臣氏)は何れも仏教寺院に墓所があり、神祇は公家の家業ですが葬儀は仏式でした。

2013-10-15 01:05:44
涼月(Κλήμης) @suzutuki1980

公家ですらそういう扱いだったんですね… @MtHiroandkou @genshin01

2013-10-15 01:07:48
Naka51@神道学者 @genshin01

近世後期に岡熊臣(おかくまおみ)という人物が神葬祭(神道のお葬式)運動を行っております。ただ幕府は神職の離檀を認めませんし、神職支配にあたった吉田家も簡単には許可を出しませんでした。また許可されたとしても当主・嫡子のみです。@suzutuki1980 @MtHiroandkou

2013-10-15 01:19:55
松田秀樹 @kanjinsha27

@genshin01 神仏分離はなかなか難しい問題ですが、神仏共存と神仏習合の意味の違いをしっかりおさえておく必要があろうかと思います。神仏習合の実態については、東伏見稲荷神社の故葦津大成宮司が「皇道ー日本の精神文化ー」p3536で述べられている事が大変わかりやすく思いました。

2013-10-15 01:07:36
松田秀樹 @kanjinsha27

キリストも釈迦も孔子も 手をとりて み祖の家に 住み(澄み)にきまさね 松永材先生『神道と宗教』はしがきの末の歌

2013-10-15 00:27:15
Naka51@神道学者 @genshin01

「たとえ位は降りようとも、どうして今さらわが身のために祈ろうか。この世に生きる限り、皆のことを思うばかりだ」とは花園天皇の御歌です。良い御歌ですね。「今さらに わが私を いのらめや 世にあれば世を 思ふばかりぞ」

2013-10-16 16:18:54
Naka51@神道学者 @genshin01

他の学術分野で神道思想を研究された方と話していて「なぜこの人は、こんな表面的な見方しかできないのかな?」と思っていたのですが、途中であることに気づきました。それは「歌」に全く関心がないこと。御製(ぎょせい:天皇の詠まれた歌)はもちろん神道人の歌にも関心がない。【続】

2013-10-16 16:33:44
Naka51@神道学者 @genshin01

【続】「力をも入れずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、男女のなかをもやはらげ、猛き武士の心をも慰むるは、歌なり」といいますが、もう少し「歌」に注目して神道を語るべきだと思います。分かっている人にとっては当然のことですが、意外に思われる方も多いようなのでツイート。

2013-10-16 16:37:37
Naka51@神道学者 @genshin01

本居宣長(もとおりのりなが)の『玉鉾百首(たまぼこひゃくしゅ)』。そこに「たなつもの百の木草も天照す日の大神の恵みえてこそ」「朝宵に物くふごとに豊受の神の恵みを思へ世の人 」なる歌がおさめられています。【続】                             

2013-10-16 16:40:27
Naka51@神道学者 @genshin01

【続】ちなみにこの二首。神職の講習会などでは、食前・食後にみんなで詠みあげるんです。「たなつもの~ ももの~きくさもあまてらす~ ひのおおかみの~ めぐみ~えてこそ~」という感じ。

2013-10-16 16:43:11
おたくリスチャン14歳女子 @otakurisutyan

キリスト教信者や自覚宗教の徒が、神道や家の仏教に対して、ある種の軽蔑をもつんですが、これはおたくでクリスチャンの僕にはよくわかる、というかわかったような気になるんですよね。相手が「自然に」生きていることを、自覚の強い人って「考えなし」に見えるんですよ。でも結論からいえば間違いです

2013-10-16 15:11:29
Naka51@神道学者 @genshin01

神道関連の和歌が多く所載されており、現代人でも読める(※古典の知識がなくてもOK)うえに内容が良いものとしては、田中常憲『大日本明倫歌詳釈』(全3巻 昭和14~15)がおすすめ。あまり知られていない本ですが図書館や古書店で出会えたら、ぜひ一読をおすすめします。

2013-10-17 00:50:55
Naka51@神道学者 @genshin01

指導教授は「和歌」に通じてらっしゃったので、折に触れて様々な歌を教えて頂きました。その中に「天照御神ですら見直し聞き直しされるのだから人間もそれを見習うべきです」という歌があります。こういう歌から、いわゆる「神道思想」が培われるといった側面を見逃してはいけないと思います。

2013-10-17 00:57:30
Naka51@神道学者 @genshin01

喩えが不適当かもしれませんが、神道思想を古典だけで理解するのは、ピザを生地・チーズ・トッピングを別々に食べて「ピザだ!」と言っているような感じがします。それは間違いではないかもしれませんが、やはりそれらを組み合わせて食べた方が美味しい(=よくわかる)のではないかと思います。【続】

2013-10-17 01:17:12
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